第10話 国境を越えたプロポーズ
「姫様、アズリエル王子がおみえになっていますが……いかがいたしましょう?」
少し困ったことに、ルクセンブルク王国の第一王子であるアズリエル様が、度々私の元へ来られるのだ。
最初のうちは、こちらで行われている重要な式典や行事に親善大使として参加されるためだったはずだ。その際、弟が迷惑をかけたお詫びと、何か困った事はないだろうかという気遣いから、私によく声をかけて下さっていた。
それから参加してくださったお礼の手紙を送るついでに、お互いの近況報告をするようになって一年が経った。
アズリエル様はとても丁寧で真心のこもったお手紙を下さるから、少しずつそれが楽しみになって、待ち遠しかったのよね。
でも最近は……赤い薔薇の花束を携えて求婚に来られるから、困っていた。
「フィオラニア姫、貴方の事を考えると夜も眠れません。どうか私と、結婚して頂けませんか?」
責任から『正妻に迎えたい』と仰っていた時とは違って、熱を含んだ瞳はとても情熱的だ。
ジルベール様の事で、色々お話を聞いて頂いて、陛下にも口添えして下さって、当時はとてもお世話になった。
正直、婚約者がジルベール様じゃなくてアズリエル様だったらよかったのにって、思っていた時もあるくらい好感をいだいている。けれど……
「わしの可愛いフィオは、絶対に嫁には出さんからな!」
私を溺愛しているお祖父様は、そう反対なさる。
「貴方の存在は、フィオに辛い記憶を呼び覚まします。どうぞ他国の王子様は、即刻お帰りください」
「そうだ、そうだ! 僕たちのフィオちゃんを拐っていこうなんて、絶対許さないからね!」
従兄弟の皇子達、カイルとライオスも私を庇うようにして前に立つ。
こーんな攻防戦を半年以上も続けているのだ。
隣国までわざわざ足を運ばれるアズリエル様も大変だろうし、そろそろ終止符を打たなければならないだろう。
私はユグドラシル様に命を助けて頂いた。
だからその恩返しをしたい。
『其方達の幸せが、我の幸せじゃ!』
とユグドラシル様は仰ってくれるけれど、それでも何かしたいのだ。
そこで私は聖女として困っている人を手助けしながら、ユグドラシル様の存在をもっと皆に知って欲しいと思っている。だからルクセンブルク王国へ嫁ぐ事は出来ないのだ。
いくら、彼に惹かれているとしても……
「アズリエル様。私も貴方をお慕いしております。ですが私はローザンヌ帝国の聖女です。他国へ嫁ぐ事は出来ません。なので私を本当に愛して下さっているのなら、お婿に来ていただけますか?」
相手を諦めさせるには、無理難題を最初に提示すればいい。責任感の強いアズリエル様の事だ。ここまで言えば諦めてくれるだろう。そう思っていると……
「はい、喜んで!」
…………えっ?!
信じられない言葉が返って来た。
いやいや、貴方は将来ルクセンブルク王国の王になられる方ですよね?!
「とても嬉しいです! ローザンヌ帝国の作法に早く馴染めるよう努力致しますね!」
「えっと、その……ルクセンブルク王国の王位はどうなされるおつもりなんでしょうか?」
「王位は三番目の弟オリバーが継いでくれますのでご安心下さい。私に似ず、とても優秀な弟なので立派に国を統治してくれる事でしょう」
まさか承諾してくださるなんて思わず、私は固まっていた。
嬉しくないわけではないけれど、国を捨ててまで来てくださるなんて……断られることを前提で話していたため、包み隠さず本心をぶちまけた。
だって、私、さっき……アズリエル様の事をお慕いしていますって、言っちゃったよ?!
自覚すると、後からどんどん羞恥心が湧き上がってくる。
「フィオ……そうか、それがお前の望みなら、わしは応援するぞ!」
「フィオ、お前の気持ちはよくわかった。幸せになるんだぞ?」
「こっちに来てくれるんならいいや! でも、フィオを泣かせたら承知しないんだからね!」
みるみると埋まっていく外堀り。
いつのまにか応援モードに入ってしまった外野に、いまさら引き返す事なんて出来ない。
「あの、アズリエル様……」
「私の事は、どうかエルとお呼び下さい。その代わり私も、フィオと呼んでもよろしいですか?」
「あ、はい……構いませんよ……エル」
「ありがとうございます、フィオ」
嬉しそうに微笑みかけてくれるアズリエル様の笑顔が、眩しすぎる!
こうして私は、アズリエル様を婿入りさせる事になってしまったのだった。
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