第5話 未来を変えてみせる

皆が寝静まった後、私はユグドラシル様と作戦会議を開いていた。


「お母様は私が十歳の頃、馬車の事故に遭って亡くなりました。その馬車はリリアナが細工をして壊れやすくしていたそうなんです」


『ふむ、なるほどな。それなら馬車に乗せなければよいのではないか?』


「それができたら良いのですが、移動に馬車を使わないとなると、とても大変なのです」


『我のようにゲートを作って、シュパッと移動できればよいのにな。人間とは不便なものだな』


瞬間移動をしたり、自然現象を操ったりと、ユグドラシル様は人間には到底真似できない事を涼しい顔でなさるから驚きだ。

それでも、人間の立場になって考えようとして下さるからとても優しい方のようだ。


「やはり馬車に乗る前に、再度不備がないかを念入りに確認してもらう必要がありますね。安全確認を最優先にして……」


『なぁ、フィオラ。馬車は壊れても、お前の大事な者達に傷がつかねばよいのであろう?』


「はい、そうですが……」


『我が絶対防御の祝福を与えよう。全体に張ったバリアが、害を為そうとする者を全て弾く。そうすれば、外傷がつくことはないぞ』


「馬車の事故に巻き込まれたとしても、無事ってことでしょうか?」


『ああ、傷一つつかない。ただ祝福を与えるためには、我の存在を認識してもらう必要があるのだ』


「ユグドラシル様、その祝福はお兄様にも出来ますか?」


『ああ。我の存在を認識さえしてもらえれば可能だ』


お兄様は戦争に出て命を落とされた。絶対防御の祝福に、お兄様の優れた武術があれば向かうところ敵なしのような気がしてきたわ。そうすれば、もしリリアナが殺し屋を雇ったとしても、返り討ちにしてくださるはずだわ!


「ユグドラシル様。よければ今度、お母様とお兄様をご紹介させていただいてもよろしいですか?」


『ああ、もちろんだ!』





私は思いきって、お母様とお兄様にこれまでの出来事を打ち明ける事にした。

すぐに信じてもらえるかは分からないけれど、それでユグドラシル様の存在を認識してもらうことは出来る。


まずは命の危険を取り除くことが最優先事項だろう。

それに子供の私には出来る事が限られている。

だからこそ、お母様とお兄様の知恵と力を貸してもらいたい。


根気強く説得すれば、きっと協力してくれるはずだ。

一人では厳しくても、四人でやればきっと未来をよい方向に変えられるはずだと私は必死に訴えた。


「……という事なのです。お母様、お兄様、未来を変えるために、私に協力してもらえませんか?」


信じてもらえただろうか? 恐る恐る反応を待つと


「一人でよく頑張ったわね、フィオちゃん。辛かったでしょう、怖かったでしょう。そんな大変だった時に、傍に居てあげられなくてごめんね……っ」


お母様はポロポロと涙を流しながら、私を抱きしめてくれた。


「ゆっるせねぇ! 俺の可愛いフィオにそんな事をするなんて! リリアナの奴、絶対に許せねぇ!」


お兄様は怒りが頂点に達したようで、拳を振り回しておられる。

剣の腕もすごかったけど、それよりも拳で殴り合う方がさらに強かったわよね、お兄様。


「それでね、お母様とお兄様に紹介したい方が居るの。我が呼びかけに応じおいで下さい、ユグドラシル様」


『フィレオニアの民達よ、久方ぶりだな。我は精霊王ユグドラシルだ』


神々しい光を放つユグドラシル様の登場に、お兄様の目はキラキラと輝いている。


「ユグドラシル様、こちらが私の母エレオノーラ・ロバーツと、兄のレイス・ロバーツです」


「すっげー! 空に浮いてる! 翼がはえてるぞ! なぁなぁ、触ってみてもいいか?」


「お兄様! ユグドラシル様に失礼だよ!」


『ははっ! レイスは元気だな! よいぞ、触ってみるがいい』


「ありがとな! 何だこれ、すげー! 柔らかくて、温かくて、気持ちいぞ!」


ユグドラシル様の白い翼を、お兄様は楽しそうに触っている。


そんなに気持ちいいのだろうか?

いいな、私も触りたい……


「ほら、フィオも触ってみろよ!」


「えっ……でも……」


『なに、遠慮することはないぞ』


「それならお言葉に甘えて……あっ、すごく気持ちいい!」


『そうであろう? 我の翼は精霊界一の毛並みじゃからな!』


好奇心旺盛なお兄様はこうして、すぐにユグドラシル様と打ち解けられた。


「ユグドラシル様。大切な娘を救って頂き本当に感謝致します」


『我にとって、其方達は恩人の子孫だからな! 言わば子供のようなもの。助けるのは当然じゃ!』


「ありがたきお言葉、本当に感謝致します」


『それじゃあ、お前達の身の安全のために、祝福を施そう!』


それからユグドラシル様は、お母様とお兄様に、絶対防御の加護を与えて下さった。どんな危険が身に及ぼうが防いでくれるという、なんともありがたい祝福だ。


これでお二人が、事故や戦争で命を落とすことはない。思わずほっと安堵のため息がもれた。





さぁ、復讐劇の幕開けね。


私達を蔑ろにしたお父様。

家族を破滅においやった愛人のミレイユ。

残虐な手段で私達に嫌がらせをしてきたリリアナ。

そして、そんな糞女に溺れて私を見捨てたジルベール王子。


みんなしっかりと復讐してあげるから待っていてね。


貴方達にバレないように、少しずつ羽をもいで自由を奪ってあげるわ。


気付いた時にはもう手遅れよ、羽も手足も千切られた惨めな蝶は、朽ちるだけなんだから。

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