第77話 5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと(5)

「はい」

「しかし、研修時間外にもそなたと接しておった小鬼から、そなたには十分に謝意を示す心根がある。自分は何度も謝意を示されているため、それを研修のカウントに含めてほしいと進言があった」

「えっ?」


 俯いたままの僕は小鬼と視線がぶつかる。小鬼は嬉しそうに、うんうんと頷いている。


「今回、研修用に定めた規定に則れば、研修時間内に遂行できなかったのだから、認証印の付与などすべきではないと判断できる。しかし、研修の目的は、そなたの心根を観ることにあるため、小鬼の進言を無下にしてしまうことも出来ぬ」

「はぁ」

「そこで、そなたの小鬼に対する謝意をカウントに加え、研修完遂と見做す。認証印を追加で与えたうえで、そなたには新たな研修を受けてもらうことにした」

「はっ? えっ? 新しい研修?」

「そうだ」


 事務官小野は、あくまでも事務的だ。足元の小鬼は待機モードが解除されたのか、ブンブンと頭を縦に振っている。


「えっと……それは?」


 今度はどんな突飛な研修を言い渡されるのか。聞きたくはないが聞くしか無い。どうせ、僕には拒否権などないのだから。


「そなたには、これから現世へ行ってもらう」

「えっ? 現世?」

「そうだ。そなたの自我は強すぎる。これだけの期間、我らと時を共にしてもなお、そなたの自我は現世に囚われているため、ここでは今後の研修を行えないと判断した。よって、そなたの次の研修場所は現世となる」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 僕は顔の前に両手を突き出し、事務官の話を遮る。相変わらず話が飛びすぎていてよくわからない。


「話が掴めないのですが、なぜ僕は、また研修を受けなければいけないのですか?」

「それは、古森さんが、に就任するからです〜」


 もうこれ以上は口を継ぐんでいられないと言うように、小鬼が勢いよく口を開く。


「事務官付特別補佐?」


 僕の頭の中は疑問符で溢れ返る。それが表情に現れていたのだろう。事務官が小鬼を制す。


「小鬼。しばし待て。古森が呆けておる。まずは、認証印を済ませよ。話はそれからだ」

「畏まりました〜」


 小鬼は事務官小野に一礼すると、話についていけず一人呆然とする僕に向かって、少し大きな声で指示を出す。


「古森さん〜。すみません〜。腰掛けてもらってもよろしいですか〜?」

「う、うん」


 僕は指示された通りベッドの縁に這って戻ると足を下す。


「右膝を出してください〜」


 ズボンの裾を捲りあげ右膝を小鬼に向けた。

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