5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと
第73話 5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと(1)
事務官が姿を消しどことなく室内の空気が緩む。
ヘナヘナとベッドの縁へ腰を下ろした僕の元へ、小鬼が
「古森さん〜。早速、認証印を押してしまいましょう」
「ああ。うん」
僕はズボンの裾を捲りあげ、三つの焼印が付いた右膝を小鬼に向ける。
「では、行きますよ〜。はい、三、二、一〜」
小鬼の掛け声の後に、ジュウと肉の焼ける音が耳に届く。
音が聞こえなくなり、しばらくして右膝を確認すると、三つ目の傷と同じライン上、二つ目の傷の右斜め上に新たに赤く焼け焦げた小さな傷が付けられていた。
「はい。古森さん、終わりました〜。お疲れ様です〜」
僕はしばらく右膝の傷痕を眺めてから、小鬼に声をかけた。
「ねぇ。小鬼?」
「はい。何でしょう〜?」
「これから僕はどうなるのかな?」
僕のポツリとしたつぶやきのあと、小鬼は手にした焼鏝をポンとベッドに置き、ヨッと掛け声を掛けつつベッドへと飛び乗る。僕の右隣に腰を下ろすと、僕を見上げながらニカッと笑う。
「きっと、大丈夫ですよ~。古森さんは、頑張りましたから~」
「そうかな? ほとんど小鬼のおかげだよ。励ましてくれたり、ヒントをくれたりしてくれたから」
「いえいえ~。僕はお仕事をしただけですよ~。お母上にしっかりとお話をされていたのは、古森さんご自身ではないですか~」
「母さんか……。本物の母さんとも、しっかりと話をすれば良かったな……」
「古森さん……」
感傷的になり、口籠る僕につられてか小鬼も俯いてしまう。室内を静寂だけが過ぎていく。
その静寂を終わらせたのは、小鬼の遠慮がちな問いだった。
「あの、古森さん?」
「うん?」
「もしも、ですよ? もし、もう一度お母上に会えたら何をしますか~?」
「もう一度? う~ん。そうだなぁ」
僕は顔を上に向け腕を組み目を閉じて考える。頭の中ではあれやこれやと僕と母が二人で過ごすイメージが駆け巡る。
やがて僕は小鬼の方へと向き直る。
「母さんと、お茶を飲むかな」
「お茶ですか~?」
「うん。そう。今回の研修みたいに、お茶を飲みながらいろいろ話したい。なんなら、何も話さなくてもいい。ただ、まったりとした時間を一緒に過ごすだけでも。これまでそういうことしてこなかったから」
「それはいいですね~。素敵な親孝行だと思います。僕も今日帰ったら、母上とお茶しようかな~」
小鬼は足をプラプラとさせながら楽し気に思いを馳せている。そんな姿を見ていると少し羨ましくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます