第26話 2.りんご色の風船に手を伸ばしたら(12)

 あれは確かに昔の弟だった。どうして子供のころの姿だったのだろうか。


 口の中を懐かしい味で満たしながら、僕はポツリとつぶやく。


「保、あんなにかわいかったかな……」

「古森さん〜。どうかされましたか~? あ、転送始まりましたから、お話はまた後程聞きますね〜」


 小鬼の声がだんだんと遠ざかり、視界がグニャリと歪む。


「小野さま~。お待たせ致しました〜」


 間延びした声が耳に届き、僕の意識は引き戻された。目に入ってきたのは白い壁。どうやら僕は、冥界区役所所有の宿泊所と言われるあの部屋へ戻ってきたようだ。


 口に入れたばかりのキャンディは、いつの間にか無くなっていた。あの懐かしい味の余韻すら口の中に残っていない。物凄い状況の変わり様に僕の処理能力は全く追いつかない。


 突っ立ったままぼんやりとしていると、背後で鋭い声がした。


「遅い! 退所時間を四十五秒も過ぎているぞ」


 振り返ると、スーツをビシッと着こなし細めの眼鏡をかけた、いかにもやり手ビジネスマン風の長身痩躯の男性、冥界区役所事務官の小野おのたかむらが腕を組んで仁王立ちしていた。


「お待たせして、申し訳ありません〜」


 小鬼は事務官小野に向かって本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げる。


「まぁ、良い。急ぎ報告を」

「はい〜。では、始めます〜」


 そして、小鬼は先程までの出来事をツラツラと報告し始めた。小鬼からの報告を事務官小野は全く表情を変えずに聞いている。


「結果、古森さんは本日の研修内容を終了致しました〜」

「分かった。御苦労」

「ありがとう〜ございます〜」


 小鬼は軽く一礼すると、事務官小野の足元へテテテと駆けて行き一歩下がって控えた。小鬼の行動を視線だけで確認した事務官小野は、眼鏡を外しポケットからハンカチを取り出すと眼鏡をサッと拭って掛け直す。


「さて、古森」

「はい?」

「本日の研修で得た物はあるか?」

「得た物?」

「何か感じたことはないか?」

「感じたこと……」


 事務官小野は腕を組み、しばらくの間僕の答えを待っていたようだったが、僕がすぐには答えられないと判断したのか、質問を終わらせた。


「まぁ、良い。この研修期間が終わるまでに答えられるようにしておけ」

「はぁ……」


 僕は困惑の声で返事をした。そんな僕には構わず、事務官小野はどんどん話を進める。


「では、本日の研修終了の証を」

「はい〜」


 事務官小野の足元に控えていた小鬼が僕の元へとやってきた。何やら先端に突起のついた細長い棒を手にしている。

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