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 宿を出て路地伝いに行くと、直ぐに大きな通りに出た。そこは城の外堀を取り囲む道で綺麗な石畳が敷かれ、警備の者が見回りに歩いている。露店は一つも無く、出そうとすれば直ぐに警備隊に取り囲まれ、全てを没収された上に城壁の外へと放り出される。

 それでもまだ殺されないだけマシと言えた。城内で不審者として見つかれば、その場で死刑にしてよいことになっている。そういう現場にウッドも何度か遭遇した。自らが手を下したことは無いが、それでも城内に居ただけで不審者として処罰されるのは見ていてあまり気持ちの良いものでは無かった。それに己の欲望の為に殺している者もいたから、尚更のことだった。


 ウッドは警備員の目を気にしつつ、外堀を裏手へと回る。

 茂みに身を隠し、その時を待った。

 城の外周の警備をしているのは城壁の見張りの新入りよりは多少腕の立つ連中だったが、それでもウッドからしてみれば軽くあしらえる程度の奴らだ。

 やってきた一体に狙いをつけ、その背後に忍び寄って首を絞めた。命こそ奪わないが、意識は完全に失われていた。

 ウッドはその警備員から甲冑かっちゅうを引き剥がし、自分で着込む。それは久しぶりの帝国製の甲冑の感触だった。サイズは小さ過ぎないようにと見た目で判断したつもりだが、思いのほかそれはぴったりだった。それを着た一瞬だけ、ウッドは五十歳の頃の自分に戻ったような気がした。あの頃は毎日何に必死だったのだろう。強く。ただ強く。それだけが生きる道しるべだった。

 どれくらいの間見つからずにいられるか分からないが、とりあえず裸にした警備員を茂みの中に隠し、ウッドは外堀の周囲を歩いて城門の前に戻った。

 かつてに比べて随分ずいぶんと警備は手薄になっているようで、ウッド以外に一体が門の傍に立っているだけだった。

 ウッドは軽く頭を下げ、そのまま中へ入ってしまおうとした。


「交代の時間はまだかな」


 ウッドに訊ねているようだ。


「間もなくだ。訊いてくる」


 短く答え、そのまま歩いて行く。だがその肩が不意につかまれた。


「何だ」

「君はさ、何の為にここに来たんだ」

「急に何だ」


 平静を保っていたが、ウッドの心臓は徐々に早くなっていた。


「僕はさ、小さな里の生まれで、特別強かった訳じゃないんだけど、それでも貧しい里を何とかしようと思って、帝都へやってきたんだ。それなりの地位に就ければ、物資を里に送ることも出来る。何だったら部隊を引き連れて敵にやられないような城壁を築いたり、治水工事を行ったり出来る。そう聞いて、やってきたんだ」


 そう言えばウッドが軍に入隊したての頃にも、今彼が語っているような内容の志望動機を話していた奴がいたような気がする。


「でも、ここに来てもう三年になるけれど、やっと城門周辺の警備をやらせてもらえるようになった程度だ。いつになったら里を助けてあげられるんだろうかって、近頃考えてしまって」

「あんた、名前は」

「え?」

「名前」

「僕は……クロウ」

「そうか。憶えておく」


 憮然とするクロウを残し、ウッドは歩いて行く。


 今は橋になっているが、夜にはこれが跳ね上がり城門の扉となる。巨大な樹を削り下方がやや膨らみ湾曲したような形にしたものだ。

 朝夜にこの跳ね橋を上げ下げするのも下級兵士たちの仕事だった。彼もきっと毎日その仕事をこなしていることだろう。以前ならそれを馬鹿馬鹿しいと思っていた。けれど今のウッドには己の強さを試そうという輩よりもずっと、こういう者が上に立つのが正しい世のあり方なのではないかと思い始めていた。


 城門を潜ると、広々とした空間に訓練している兵士たちの掛け声が響いていた。

 誰もが月に一度の競技会でより高い地位に就く為に努力している。自分にもそんな頃があったなと、ウッドは微笑んだ。微笑んでからふと気づいた。あんなに嫌いだった昔の生活の中に、何とも言い難い温かいものを今感じたのだ。

 アルタイ族は昔の記憶は持っているが、それを殊更に自慢したり、引っ張り出してきて懐かしんだりはしない。それほど過去には囚われない。それは今この瞬間の実力こそが全てだからだ。歳を取って弱くなれば、駆逐されても当然と考えられているのだ。

 ウッドは沢山の訓練している兵士を尻目に真っ直ぐに城の内堀へと向かった。


 堀を裏手に回ると向かって右と左に巨大な塔が建てられている。その右手の塔が王立の研究所になっている。沢山の貴重な資料が保存されていて、日夜武器防具や日常生活の為の道具などといった実用品から、何千年にも及ぶアルタイ族の歴史、またこの世界についてなんていうとても深遠な謎の解明に挑んでいる研究者たちが居るらしい。

 帝国軍時代にウッドは殆ど立ち入ることが無かった場所だった。

 見上げればそれは、どこまでも、本当に天まで届くのではないかと思うほどに高い。


「ブバオか」


 それがどんな奴なのかウッドは知らない。ただフロスの倍は生きていて、この研究所の中ではとびきりの変わり者らしい。

 城門のように入り口に見張りの兵は居なかった。重要な資料や研究資材が沢山置いてあるが、そもそもそれを利用出来る者が限られているから警備は手薄なのだという。確かにウッドも帝国軍に入っていなければ字を書くこと以前に読むことすら出来なかっただろう。多くの者が未だ文盲だった。

 入り口には扉も無く、常に誰かが出入りしている。ウッドもその流れに紛れて塔の中へと入った。

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