3

 その日は何とか焼け落ちずに屋根が残っていたその里の端の方にあった民家を借りて、それぞれの体を休めた。

 ウッドの方は見つけた井戸から何とかくみ上げた水で喉を潤したが、ネモは自分でどこかから採ってきた木の実をかじってそれでお腹を満たしていた。


「そういうものを、いつも食べているのか」


 ウッドからやや距離を取って座っているネモが、小さく頷く。


「ペグ族のことは何も知らない。歌。あれは何故、歌うのだ」


 思い出そうとすれば、今でも己の耳にあの音の波がこだましてくるようだ。

 鳥や動物は鳴くことで相手に危険などを伝える。時にはそれが相手に対する威嚇いかくとなる。何か意味があって奴らは鳴くのだ。

 だがあの「歌」というものは一体何なのか。

 確かにアルタイ族にとってはとても影響の強い音だ。しかし彼女たちにアルタイ族を攻撃する意志は無いように思える。


「歌にはどんな意味がある」


 ネモが声を出せないことは分かっていた。ただそれでも何かしら答の感触のようなものをくれるのではないかと思って、ウッドは訊ねてみた。けれどネモは困ったように何度も目をまたたかせて、視線をあちこちにやって、散々思案した挙句に、ゆっくりと口を動かしてこう答えてくれた。


 ――い、の、ち。


 命。確かにそう、彼女の口は動いた。

 それは歌そのものが彼女たちの命と何か関わりがあるのか、それとも歌は命のようなものだという意味なのか、ウッドにはそれ以上のことは分からない。

 でも彼女は二度「いのち」と繰り返した。

 歌は命。それはアルタイ族にとっての戦闘のようなものかも知れない。ネモの感覚を共有出来ないウッドには、そんな想像をすることしか出来なかった。


「俺にも歌のようなものがあればいいが」


 ウッドは剣を取り出してそれを磨きながら、剣を振るった時のことを思い返す。肉にぶち当たり、それが千切れる感触。血が飛び出て、それが撒き散らされる。かつては平気でやっていたことが今は、何とも胸が気持ち悪くなる。出来ればもう二度と、剣を使いたくはなかった。

 戦えず、今や墓守ですら無く、ウッドにとっては何を糧として生きていけばいいのか分からなくなっていた。少なくとも彼女の処遇を何とかするまでは、ある意味それがウッドの生きる方向かも知れなかったが、彼女を失ってしまったらそれこそ、何をすればいいのか分からなくなる。


「それでも、自分の里に帰りたいよな」


 唐突なウッドのつぶやきに、ネモは小首を傾げていた。


「いや、いい。答えなくてもな」


 目の細かい仕上げ石を当て、刀身に艶が出るように丁寧に磨く。

 家の燃え滓や枯れ草を集めてきて焚いた火にかざして、その光具合を眺める。毎日綺麗に磨き上げているが、それを積極的に使いたい訳では無い。なら何故毎日磨いているのか。自問しても答は出てこない。

 ふと視線を移せば、ネモは横になり膝を折って丸まって眠っていた。その小さく上下する命を見つめていると、不思議と体の中に温かいものが生まれゆくような気がした。

 ウッドは頭陀袋の中から大きめの布を取り出し、それをネモに被せる。その頭にそっと手を伸ばし、撫でた。ウッドはこの小さな存在を、決して傷つけない、そう自分に誓っていた。

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