第7話 ブルライン視点2

 アエルと別れて帰宅途中、私はどうしたらいいかわからず悩みっぱなしだ。



 アエルが私の頼みを聞いてくれなかった。

 結婚するんだから、お金くらい貸してくれたっていいだろう……。

 公爵令嬢ともなれば、私がお願いした額など端金に過ぎないはずだというのに。


 貸してくれないどころか、私が困ることばかり言ってくるのだから焦ってしまった。

 嘘はバレていないはずだが、どうしてこうなってしまったのだ……。


 キャンベルと食べに行った店は今までで最高によかった。

 だが、ツケの支払い期限が明日に迫ってしまったのだ。

 もしも払えなかった場合、私の立ち位置からすると王都から追放されてしまう可能性だってある。


 そんなことになれば結婚どころではない。


 アエルは何もわかってくれない。

 私はアエルのために、地位を守るためにお金を借りようとしただけだというのに……。


 仕方がない。

 父上はいつもうるさく厳しい。教育も小言も多いし、息子のことを分かっていないダメな親だ。なるべく避けていたけど、この際父上から借りるしかないだろう。


 ♢


 家に帰ると使用人しかいなかったことに気が付く。

 普段は家にいるはずなのに……。


「父上はどこだ?」

「奥様とご一緒に挨拶回りに行かれていますが」


「な……なんの挨拶だ? いつ帰ってくる?」

「知り合いの民衆たちの下へ、若様が結婚されることを報告しに出かけました。三日後には帰られるかと」


「──!?」


 それでは支払いが間に合わない。

 使用人に借りるなどすれば、父上にバレたら勘当もありえる。


 私は部屋に戻り、必死に考えて考えて、更に考えてようやく閃いた。


「そうか!」


 よく考えてみれば簡単なことだった。

 アエルがさっき言っていたではないか。


『お父様に買っていただいたティーカップや本、そういう物まで全て共有物になってしまいますよ。全て新居に運ばなければいけないことになりますね』


 つまり、この言葉には裏がある。今、この家にある物は家族の共有物ということなんだろう?

 ならば父上の財産だって共有物だ。

 私はなんで今までこんな簡単なことに気がつかなかったのだろうか。


 それに、あくまで借りるだけだし。

 結婚した後、こっそりと返しておけば丸く収まるだろう。


 私の抱えていた悩みがあっという間に解決してスッキリした。

 そうと決まれば、早速父上の部屋にある金庫からお金を借りてこよう。

 鍵の場所も知っているし、きっと父上もいざとなったらいつでも使っていいぞと思ってくれていたんだろうな。


 あぁスッキリした。

 アエル、君のことは愛していないけれど、婚約者としては最高だよ。

 お金も沢山持っているだろうし。


 いつでも借りていいと言っても、流石にバレてしまえば、『なんでそんなにお金が必要なんだ』と聞かれてしまうかもしれない。

 それはまずいので、なるべくバレないようにしたい。


 使用人の目を盗んでコッソリと父上の部屋に侵入した。

 金庫を開けてみると、思ったより紙幣の束が多かった。


 今後もキャンベルに必要なお金も考えると多い方がいいかもしれない……。

 一萬紙幣の束を二つで合計二百枚、お借りします。



 早速店に向かって支払いを済ませた。

 これで一安心だ。





「一大事だ!!」


 夜明けから騒がしい。

 父上の大声で起きてしまった。


「どうしたのですか父上」

「あぁブルラインよ……起こしてすまなかったな。金庫の札束が足りないのだ。何度数えて確認しても二つ足りない」


 すぐにバレてしまったようだ。


 でも借りているのが私だと報告するタイミングが早くなっただけだから、まずは落ち着かせよう。

 ……と、思っていた。


「大至急窃盗事件として被害届を提出、いや、諜報部隊に依頼する!」

「諜報部隊!?」


「当たり前だ。今回の窃盗は巧妙な手口だろう?」

「と、いいますと……」


「全て奪わず、一部しか奪わないからだ。少し減った程度ならバレないとでも思っていたんだろうが、常に帳簿もつけていた。私にはこのような卑劣な手は通じない。たとえ誰が相手でも必ず犯人を捕まえてみせる」

「誰が相手でもですか?」


 父上の言うことがおかしい。嫌な予感がしたので、報告する前に確認をしておきたかった。


「もちろんだ。例え家族身内、親戚だろうとも、私の財産を奪うような者は絶対に許せない。ブルラインよ、当たり前のことだが、いくらお金に困るようなことが起こっても、このような泥棒をしてはダメだぞ」

「は……はい……」


『借りたのは私です』と言える状況ではなくなってしまった。

 私はどうしたらいいのだろう。


 今ここで白状するのもダメだ。怒鳴られてすぐに返せと言ってくるはず。

 だが、すでに借りたお金はキャンベルと買い物したり遊んでいて、気がついたら全部使ってしまっていたから返せない。


 とにかく誤魔化すしかない!


 例え諜報部隊とはいえ証拠を掴むまでには時間がかかるはずだ。

 その前にコッソリと金庫に戻しておけばいいだけのことじゃないか。


 ならば、一刻も早くアエルと入籍だけでも済ませておけば良いんだ。

 そうすればアエルからだって資金援助くらいしてくれるだろう。


 よし! 今日もキャンベルと会う予定だったけど、真っ先にアエルに会ってさっさと入籍してしまおう。

 私は大急ぎで準備して、アエルの屋敷へ向かった。

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