第19話

「若いシライ博士。わたしが動機を話すわ!」


 ハンサム博士の音声に反応して、研究室に女性の声が反響した。扉の前にいたのは、白衣をまとった高橋ツグミさんだった。


「ツグミくん……」

 研究室にいたみんなの視線は、彼女に注がれていた。声のトーンを抑え、天然パーマのシライ博士に話した。

「はかせ……いいえ、おじさま」

 おじ、さま……!? どういうことなんだ?

 僕は訳がわからくなっていた。

「………もう隠し通すことはできそうにないからを話すわよ」

 博士は黙ったままうなずいた。

「お姉ちゃん……」

「あなたにもあとでちゃんと話すわ」

 スクリーンの前に出て彼女ツグミは、ハンサム博士と対峙した。


「聞いてください。わたしとしては、あなたともっと話がしたかったのですが、この時代に帰ることばかり考えていて、チャンスがありませんでした」

『うん、僕ももっとあなたのことは調べておくべきだった。名前が【ツグミ(黙)】というところからつけた名であるならなおのこと』

「ええ、仰るとおりです。動機を話す前に、わたしと博士との繋がりを話しておかなければなりません。2020年のシライ博士であれば、『館林』ときいて思い当たることがあるのではないでしょうか」

『タテバヤシ……。『館林総合研究所』か?』

「はい!」

 そういえば、科学雑誌で、館林研究所の所長がインタビューに答えていたような、記事を当時みた記憶がある。

「あなたであれば、テレビ局やメディアの記憶がまだ鮮明かと思います。わたしの戸籍上の名前は『館林多恵たてばやしたえ』なのです。勘がいいあなたであれば……」

『ふむ、確かに僕はあなたのいう総合研究所に出向いている記憶はある。だが、何かのきっかけで、そこの責任者とは、面識にならなかった』

「おそらくは、世界線が分岐したところかも知れません。こちら側の博士は、責任者と面識があり、研究を共同でおこなった経緯があります」

『なるほど、そうなると、君はそこの責任者である娘さんというところか? だが、高橋という苗字は?』

「察しがよろしいですね。家庭の事情があって高橋の姓名になりました。動機というのは、これからの研究開発や維持によって、財力面が乏しくなるところです。今のところ、軍からの資金によって賄われておりますが、いつ滞りが発生するか不透明な状況なのです。そこで今のうちに……」

 時代がすすんでも、財力は研究には不可欠なのだなと、僕は思った。

「……博士のお爺さまが開発したという……」

『……発明品か……』

 あの、発明品?

「はい。あなたの想像する品の設計図、もしくはそれに相当する知識が目的であり、動機です。そこから財力を回復させようかと……」

 ハンサム博士も、どうやら思い当たる品が彼女の説明でわかったらしく、数分間腕組みをして考えこんでいた。

『うん、財源面は僕の方でも厳しいところがある。だが、もとは僕の方の世界線が分岐した世界だ。研究面では全面的に協力ができるはずだ。ただ、僕も行方知れずになった祖父の品の知識の取得できる権利を保障してもらいたい。ツグミくん!』

「もちろんです。その際には、あなたのいる時代へ行った経験をもつ、戸岐原龍美さんにお願いしようかと」

 ふたりの視線は急に僕へと注がれ、

「えっ?! い、いや、ちょ、ちょっと……」

 勝手に決められても……。

『それはいい考えだ!』

 否定する暇もなく、ふたりの間で決まってしまった。

『祖父の情報は、準備ができ次第、リンを向かわせる。リンから情報を受け取ってほしい!』

「了解しました」

 その後、紬さんや九籐さんともすこし話を交わした。


 通信を終えてから、天然パーマのシライ博士が、改めてみんなの前で語り出した。

「みんな、すまない。特に……」

 高橋姉妹に深々とお辞儀をした。

「博士、自分を責めないでください。わたしは自身で選んだことです! 後悔はしていません。それに、があらわれて感謝しているくらいです」

「そうだな」

 僕に注目が集まった。

「僕のことですか?」

「龍美しかいないわよ。あのプロトタイプ機、人を選ぶのかしら?」

「人を……?」

 知奈美の補足に橘花さんが笑みを浮かべつつ、

「ええ、今だからいうけど、あなたの前に事故があってね。プロジェクトが中止になりかけていたの」

 と、僕にとって衝撃的な事実を打ち明けた。

 今思えば、激しい偏頭痛で済んだのは、軽いものだったのかと、自分のとんでもなくつよい空間知覚に感謝した。


「ところで、多恵、さん……」

「龍美さん、ツグミでいいわ! なじみのある名前の方が言いやすいでしょ?」

「わかりました。ツグミさん、妹として接している知奈美とは、血が繋がっているんですか?」

 僕の発言に知奈美も姉として接してきた以上気になることだった。

「ええ、もちろんよ。戸籍上では、『館林知奈美』。高橋というのは、母が再婚してを変えてそのまま使っていたの」

 彼女は知奈美に向きあい、

「ごめんなさい。心配かけたわね」

 と心をこめて謝っていた。

 知奈美は、子供のように首を数回振り、

「もう、わたしにも家族を支えなきゃって思うようになったの! 子供のためにも」

 とタブレットのホーム画面にある赤ちゃんの画像をみつめる。輝実だった。

 僕も輝実の画像を見つめながら、知奈美と同じ気持ちになっていた。



 数日後、リンちゃんが研究所に到着した。

 僕が、以前に乗った時のシンプルな卵型プロトタイプ機の印象からガラリと変わり、女の子らしいポップな装飾が施されている。外観を遠くからながめた僕は、彼女のデザインセンスに度肝を抜かれた。

 簡素な検査を受けたあと、特別な許可のもと、リンちゃんがみんなの集ったレストルームにあらわれた。直にはじめて会う人がほとんどだけに賑わいと緊張感につつまれた。

 彼女は、会話の中で、テスト機の相変わらずを着なければ、機内で操縦はおろか重力圧に耐えられない、ということばかりを気にしていた。


 彼女が来てから1ヶ月が経った。

 全ての準備が整い、彼女と長いタイムトリップが始まろうとする。

 僕は知奈美と輝実に別れを惜しみながら、リンちゃんの後に続き、タイムマシンに乗りこむ。

 深呼吸して眼をゆっくりと閉じ、アナウンスのカウントダウンに胸を高ならせた。

「戸岐原さん、行くわよ!」

 リンちゃんが親指を立てた。


つづく

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