第15話
巨大なスクリーンは僕にとって、1週間ぶりのはずの場所だ。出発前のかつての光景が浮かんだ。不思議な感じでもあった。
知奈美や橘花さんは元気だろうか。
画面越しの向こうでも、喜びのある声が聞こえてきた。真っ先に現れたのは橘花さんだ。彼女が画面越しに話しかけてくる。
『お久しぶりです。紬さん!』
「お久しぶりね。橘花さん! どう? その後の経過の方は?」
『順調よ……。彼女の体力も……』
「こちらも……問題はないわ!」
紬さんと橘花さんは、近況報告の会話をはじめた。
橘花さんの言葉に妙な感覚を覚えた。僕が
その年月に目を丸くして驚いた。
【Aug.25th/2049(2049年8月25日)】
僕が出発をした日からすでに、1年以上が経過していたのだ。
「博士、年月日は僕が出発してからすでに1年が経過していますけど……どういう?」
「うん。君の出発した日、つまり、2048年6月ごろから毎日、君のいた時代に何度も周波数を合わせていたのだが、何かの妨害があってどうしても繋がらなかったんだ。やっと繋がったのは半年後の12月ごろだった。その時に、いままでどうして周波数を合わせられなかったか、と理由を訊いたが、メンテナンスをしていたらしい」
「メンテナンス……? そんな……」
画面越しの橘花さんが、僕が画面に映っていることを認識してか、話しかけてきた。
『戸岐原さんにはビッグニュースがあるわ。待ってて!』
橘花さんは、嬉しそうに画面から
声が聞こえはじめ、橘花さんと知奈美、そして知奈美が何かを胸に抱きかかえてあらわれた。
僕は、彼女の抱えているものに釘付けになった。明らかに赤ん坊だった。まさか……、と思いたくなかった。1年以上も経過しているなら……。
『たつみ……わたしたちの赤ちゃん……』
僕は率直に母親顔の彼女に訊いた。
「いつ、生まれたんだ……?」
『5月の末よ。ちょうど、あなたのお父さまが亡くなった頃かしら……』
画面横から橘花さんが、
『生まれて数ヶ月経ったのだけど、
と言ってきた。
「龍美くん!」
博士が僕の肩に手をおき、
「君は、しっかりと責任を持ってこたえるんだ。男として、父親として、この先の未来のことを見据えて、果たさねばならないぞ!」
博士の顔に、一瞬、親父の面影が浮かんできた。
親父……
「高橋くん、シライだ! 龍美くんの子どもの性別はどちらだね?」
『女の子です!』
「……だ、そうだ」
「名前は……」
どうしても、僕と知奈美の名前から一文字入れたかった。この時、ツグミさんの偽名が一瞬、頭に浮かんだ。
「
僕はすぐさま、近くにあったマジックペンを取り出し、手の平に漢字で「輝実」と大きく書き、スクリーンにむかって掲げた。
『輝実……。いいかも……』
知奈美の横顔の隣から罵声を浴びせるように、橘花さんが大声を張りあげた。
『龍美さんにしてはシャレてるわね。いい? この子のためにも、ちゃんと帰ってきなさいよ!』
彼女の言葉は僕の胸にささった。自分からわけ与えた血が生命をもち、成長しようとする姿を見届ける義務があるのだと。そのためにも、僕はなんとしても、無事もとの時代に戻らなければならない。そう自分自身に言い聞かせた。
画面向こうの知奈美は、さっそく子どもにあだ名をつけてあやしつけている。
紬さんと九籐さんは、会話のテンポが途切れたことで、次の連絡のアポイントの話に移った。だが、通話ができないほど突然にスクリーンの画像が乱れはじめる。
「どうした!?」
画像の乱れに気づいたシライ博士は、彼女たちに駆け寄った。
「ダメです。さっきから橘花さんに声かけをしているのですが、映像が乱れてしまって。それに、突然、何かの障害がみられて……」
紬さんがどうにもやるせない表情を見せ、首を振った。
タブレットの通信解析をしていた九籐さんは、キーボードから手を離す。
「その障害の発生元と思われる場所を割り出したのですが……」
「なんだね……?」
「それが……どうやら、この時代でしかも、研究所内部から発信されているようなんです!」
「なんだって!? 場所は……? 特定できたかね?」
「それなんですけど……」
紬さんが
「向こうも特殊な装置を使っているようで、
博士は、この上ない深刻な顔で深いため息を洩らした。
「……仕方ない。九籐くん、あとで障害の起こった時のログを、僕のPCに送っておいてくれ! 僕の方でも、解析してみる」
「わかりました」
「紬くん、あとを頼む……」
釈然としないまま、博士は研究室を出て行ってしまった。
僕は、気になることを紬さんに訊いてみた。
「結局、橘花さんとのやりとりで、次のコンタクトの日程は決まったんですか?」
「具体的な日時は決められなかったわ。そもそも、ツグミさんが昏睡状態だったから」
「それじゃあ、ツグミさんが目覚めたら、コンタクトを取るってこと、ですか?」
「そうね。何か進展があったり、トラブルが起こった時にこちら側だけとは限らず、向こうからコンタクトをとってくるかもしれない。だから、絶えず監視は怠らずにやっているわ!」
「ねぇ、わたしからも訊いていい?」
今度は隣にいた九籐さんが、彼女のほうを向いた。
「この記号みたいなもの、研究所のどこかでみた覚え、ない?」
「えっ?!」
タブレットのコマンドプロンプトをじっくりみていた紬さんは、首をひねり考えていた。
僕にはさっぱりわからなかった。記号の様なものは、どこかの国の文字に使われている様な独特で奇妙な形をしている。
「さあ、みたことない表示の記号ね」
「そう? わたし、どこかでみた覚えがあるのよね。どこだったか、思い出せなくて……」
僕は、その独特な文字を角度をかえて考えてみたが、結局わからなかった。
「このタブレットのコマンドプロンプトは、奇妙な文字でも識別されるんですね」
「ええ、ベースはシライ博士の祖父が、独自に開発した
突如として、九籐さんは大声を張りあげた。
「思い出したわ!!」
彼女の突然の声にぴくりと反応して、
「思い出したの?」
「あの子よ、あの子の服に同じ文字があったわ! やっぱり、あの子、この時代に来ているんだわ!」
あの子と九籐さんは何度も連呼した。僕には、予想がついていた。だが、本当にあの少女がやったのなら、いったい、どうして……なのだ、とますます不可解さが増してくる。少女の目的が、コンタクトの妨害なのか、それとも、不可抗力によるものなのか、どちらにしても、少女を探し訊いてみるほかない。
つづく
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