第4話

 当たり前だけど、セレデリナとの恋人関係は続いている。

 今で大体5年目だ。


 会えるのは年に一度、大体一ヶ月ぐらい。

 長生きする分時間間隔の短い〈里人種エルフ〉なはずなのに、いつも待ち遠しい。

 でも彼女を独り占めになんてしてはいけない。だってセレデリナは世界最強になりたいんだから。夢を応援するのも恋人の勤めだ。


 そして今日、彼女は僕の家に帰ってきた。



「例の武道大会で優勝したわ!」


「嘘、そんなの世界最強同然じゃん!?」


「いいえ、まだまだ勝負すべき相手はたくさんいるわ。妥協なんて許されないんだから!」



 セレデリナはいつも僕に語る。

 旅の話を。


 クジラを素手で捕まえたとか、地底を潜った先の遺跡で古代兵器と戦ったとか、雲をも突き抜ける山の頂上に住む仙人を倒したとか。

 荒唐無稽で信じ難い話なのに、それが真実なのだと瞳を見ずともわかる。だって、僕はセレデリナの理解者だから。

 


「それにしても、セレデリナは出会ってからもう5年経ってるのに老けてないよね。〈人種ヒューマン〉だと少しぐらい顔つきが変わってもおかしくないんだけど」



 そんな、独り善がりな感情を持ち始めたせいか、ある日の僕はもっとセレデリナのことが知りたくて質問してしまった。彼女の謎を。

 年々違和感が強くなっていたんだ。


 見間違えじゃなく、彼女の顔は


 ただこれにもセレデリナはさっぱりした面持ちのまま、真っ直ぐに答えてくれた。



「アタシは“魔女”よ? それぐらい普通じゃなくて?」



 魔女。

 やっぱり魔女なんだ。


 伝説にだけ存在するとされている、何かの種族にも囚われない不老不死の、世界の異端者。

 よかった。自 分 が 魔 女 だ と 分 か っ て く れ て い て 。

 おかげでもっともっとキミのことを特別な、唯一無二の存在に思えるよ。僕なんかには似合わないその言葉を以て今キミは僕の前にいるんだ。









***


 僕らは仕事期間と称した間ずっと共に過ごしている。ずっと至近距離で、一緒にご飯を食べて、遠くへ行って遊んだり、逆に一緒に仕事したり。

 もちろん恋愛としてはキスどころかその先も……まあ、そこの話はいいや。



「じゃあ、今年はこれでお別れだね」


「ええ、次に会うときはすっごい報告をするわ」



 別れ際にも僕らは涙を流さない。

 どうせまた来年に会えるから。

 それで充分じゃないか。









***


 ――そろそろ植物研究の仕事も論文執筆も全部セレデリナと関わることが目的になっているような気がするけど、それはもう諦めよう。一緒に同じ仕事をするのもまた楽しいんだからやめられないんだ。



「『オージェ草』は黄金の花ですが、やはり花粉に金が混ざっているのは事実でした。しかも栽培自体は検証の通り難しく、悪用されないためにも自然保護の体制を強めていく必要があります」



 今年の研究発表も好評だった。

 セレデリナの手を借りればなんだって手に入る。

 僕はまたも彼らに称賛されていた。


 しかもなんと今回の発表を機に他国からの支援者まで現れるようになったのだ。今や僕は大金持ちである。

 ……正直お金の使い道があんまりないんだけどね。


 しかし、恵まれていゆく中で、僕の耳に嫌な言葉が入る。

 


「流石は植物界の“魔女”、今年の発表も素晴らしかったよ」


「魔女様は最高の学者だ」


「これからもずっと居てくれ」



 やめろ、その言葉は僕のためにあるんじゃない。


 怒りを抑えなきゃ。


 僕は非力な女だ、セレデリナみたいに強くはない。問題を起こしたところで自力で解決する能力だってない。



「魔女様ー! 貴女は国の英雄だー!」


「流石ぁ!」


「これからも伝説を残してくれーッ!」


「魔女様バンザーイ!」


「「「「バンザーイ!」」」」



 山への帰り道も、皆が僕を魔女と呼ぶ。

 まるで崇拝するように。


 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。



 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。




 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。




 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。





 魔女を崇拝するのだって僕の役目なんだ。

 僕はあくまで魔女と契約した愚者に過ぎないのだから。







***


 3年後、つまりはセレデリナと出会って9年目。


 また彼女が帰ってきた。

 家のリビングでのんびりしているセレデリナに僕は――ホットコーヒーを振舞う。

 香ばしい香りの、カップに入った熱々の黒い、人の心を落ち着かせる魔法の飲み物を。



「えっ、どうしたの急に……」



 前に苦いのがダメだと言っていただけあって、セレデリナは案の定嫌そうな顔をする。

 もちろんそんな反応、僕は織り込み済みだ。



「じゃじゃーん、これ、なんだと思う?」



 彼女に見せつけてやった。

 白い液体の入った大瓶を。



「――それって」



 そう、ミルクだ。


 なんと僕は、有り余ったお金の使い道を考えに考え、山に牛牧場を作った。

 これならミルクの確保にも困らず、しかも搾りたての新鮮な物を提供できる。


 もちろん牛の手入れは欠かせていない。

 ここ最近は、研究題材を定めたあとはセレデリナが家に来るのを待つ期間に入り、暇を持て余すような仕事になりつつある、だから彼女のために思いきったことをしてみた。


 それにコーヒー豆だって、普通じゃ手に入らない国外の高級品を輸入した。

 僕は最高のコーヒータイム環境を完成させたのだ。



「ハハハハハハハ」


「どうしてそんな笑うんだよ」


「いや、エマの愛が重すぎて笑っちゃっただけよ。アタシとコーヒーを飲むためにだけに牧場を作るだなんて」


「僕ってそんなに重いかい!?」



 何がともあれ、セレデリナはミルクで割ったコーヒーを美味しく頂いてくれた。


 まだあまり冷めてもいないのに豪快に飲み干すセレデリナ。

 その姿には惚れ惚れしてしまう。



「僕は単に君と好きな物を共有したかっただけだよ」


「ふふっ、そこまで言ってくれるのは嬉しいわね」



 この年、僕らは新しい2人の時間を手に入れた。








***



 今年の論文発表は目立った質問もなく、僕の話を全肯定するように皆聞いていた。

 なんだか癪だ。薄気味悪い。



「おお魔女様!」


「流石は魔女様です!」


「魔女様すごい!」


「今回の発表は大きく歴史が動きますぞ」



 うるさいうるさい!

 僕は魔女なんかじゃない!

 勝手に人を神聖視して崇るな!


 もうセレデリナをここに連れてきた方がいいかもしれない。

 匿名の協力者は彼女だって突きつけてやらないと。


 しかも……



「キミが例の魔女、エマ・O・ノンナだな?」

 


 行事が終わった帰り道、僕の前にスーツ姿ながら腰には剣を据えた男が声をかけてきた。

 ひと目でわかる。彼はこの国の王に従える側近騎士だ。



「王から命だ。あの山から離れ、宮廷にて王家直属の学者になれ」



 彼の言葉は、客観的に見ればあらゆる学者が求める世界最高の誘いだった。

 言い切った命令口調。おそらく断る選択肢はないんだろう。

 けど、



「嫌だ」



 僕はセレデリナと一緒にいられるあの山暮らしの環境を理想としている。この手の話は基本的に付き添い人の存在を許しはしない。

 だから断ってやった。



「そうか……」



 側近騎士は嘆息したものの、ひとまずは引き下がってくれたようだ。

 しかし、この選択は後々に起きる大きな事態の引き金となってしまう……

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