第2話 役者が出揃いました!

とうとうメンバーとの初顔合わせや、今後の予定が発表される日がやってきた。せいらは前日に美容院に行って、さらさらなミディアムロングの手入れをした。臨戦態勢ばっちりである。


 ローシュタインのために新設された事務所に向かう。最近の大人数アイドルならないこともないが、5人だけのグループにわざわざ新しい事務所がつくられるなんて、相当な期待がかかっていることが分かる。大東京の巨大ビルの中に位置しているので、さすがのせいらも入るのに気後れした。途中、何人ものスカウトに声をかけれたのが煩わしかったので、東京に生まれなくてよかったなあ、なんて思いながら一歩を踏み出す。


 案外簡単にセキュリティーを通して貰えたので、すぐに事務所に目の前にたどり着いてしまう。まだ、事務所の構造はわからないが、この扉を開いたらきっとすぐに今後のライバルとなる者たちとまみえることになるだろう。せいらは大きな深呼吸をして、(一発かましてやるぞ!)と決意をした。


 ライバルとなるものたちはすぐに分かった。流石、10万人のオーディションを勝ち上がっただけあって華がある。自分をいれて4人だから、あと1人はまだ来ていないのか、とせいらは思った。


「お、星川来たか」

 視界にいっさい入っていなかった中年男性が声をかけてくる。


「俺はゼネラルマネージャーの前島だ。困ったことがあったらなんでも声をかけてくれな」


 どういう役職なのかよくわからないが、この場を取り仕切っていることから偉い立場の人間なのだと推測できる。そういえば最終審査の場でプロディーサーの横にいたような気もした。


「えげつない美少女きたや〜ん! うち宵空みちる。よろしくなぁ。ああ、あんた覚えてるわ、絶対合格すると思っとったで!」


 スタイルの良いポニーテールの少女が馴れ馴れしく声をかけてくるが、別に嫌な気はしない。それにせいらもこの場にいる3人はおそらく合格するだろうと思っていた。ちなみにあと一人は全く見当がつかない。


 オーディション会場以外でも見たことがある気がしたので聞いてみると、彼女はティーン雑誌でモデルをしていたらしい。雑誌を読まないせいらにも見覚えがあるということは、結構有名なはずだ。いわゆるカリスマモデルというやつだろう。(なるほどメンバーは素人だけではないのだな)とせいらは思った。齢はせいらと同じ17の高校2年生らしい。


「わ、わたし、雪町さなです。16歳の高校一年生です。引っ込み思案な自分を変えたくて、アイドルになりました。」


 次に自己紹介をしてきた子を言い表すなら、かわいいの化身だ。とはいっても男向けに特化したかわいいである。色白で小動物を思わせる顔立ちをしており、身長が低めで、なにより胸が大きい。マシュマロボディというやつだろうか。女の子らしい、か細い声や引っ込み思案というキャラ設定も男心をくすぐるだろう。彼女がキャラ付けでオドオドしていると既に決めつけているせいらは、(先に一発かまされてしまったのか⁉)と悔しさを感じる。


「全員が集まってから、一気に自己紹介した方が良いんじゃないですか? でもまたすればいいか。私は姫宮マリア、十二歳です。子役をしていたことがあります。よく聞かれるので先に言っておきますが、日本人とイギリス人のハーフです」


 小生意気な喋り方をする子供は、お人形さんのようなかわいさがある。確かピアノのCMで見たような気がするが、もっとハツラツとした子供らしい感じだった。(あれが演技なのか、なかなか恐ろしいだな)とせいらは思う。カメラが向いたら、きっと豹変して愛想を振りまくのだろう。あえて小学生らしいツインテールにする自己プロデュース能力も伺える。


 女性ファンが既に多数いて、フランクな性格が魅力的な宵空みちる。持ち前のあざとさから、オタクを虜にするであろう雪町さな。計算高い一方で、あどけなさを武器にすることもできる姫宮マリア。こういう強敵たちと勝負することを望んでいたのだ、と心がおどる。


「じゃあ、最後は私。星川せいら17さいです。絶対にセンターになります!」


 3人の目が妖しく光り、鋭い視線がせいらに突き刺さってくる。どうやら、アイドルになっただけで満足している者は1人もいないようだ。期待通りの反応にせいらは燃えてきた。


 その刹那、2つの人影が入り口から飛び込んできた。


「あなたがセンター? 笑わせてくれるわね。ていうか、自己紹介なんて仲良しこよしをしてんじゃないわよ」


 聞き覚えある、よく通る声が一気に注目を掻っ攫う。


「え、炎城りり⁉」


 みちるが驚嘆の声をあげる。せいらたちは面食らってしまい声をあげることもできない。


 炎城りりは現トップアイドルグループ”ビタミンC100”の元センターである。しかもデビューから4年間一度もセンターを譲っていない不動のセンターだったのだ。100人のアイドルがポジション争いをするグループで常に一番人気をとっていた彼女が伝説の域に足を踏み入れかけていたことは、せいらでもよく分かっている。完璧なアイドルを演じきり、圧巻のパフォーマンスをする彼女はせいらが参考にしようと思っていた1人でもあった。


 しかし、彼女は1年前に男性絡みのスキャンダルをおこして、引退に追い込まれた。たかがアイドルの色恋沙汰が連日連夜報道され、人気がすごかった分、非情なバッシングもかなり見られたのは記憶から遠くない。


「あんた、左遷でローシュタインにきたんか?! ズルすぎるやろ!」

 静寂を破ったのもみちるの声だった。


「こうなるだろうと思って、僕がりりと一緒にきたんだ」


 炎城りりの反論よりも先に、もう一つの影が口を開いた。プロデューサーの春元功だ。確かまだ三十代のはずだが、偉丈夫なので貫禄がある。

そして彼は、ビタミンC100も含めた大手アイドルを多数輩出したやり手プロデューサーである。


「りりにはちゃんとオーディションを受けさせたよ。会場にいたら、大騒ぎになってしまうから、1人だけ時間をずらしていたけど。それに、彼女にオーディションを受けるようにいったのは僕だ。腐らせておくには、もったいない逸材だからね」


 (結局、プロデューサーの裁量で合格してるじゃないか…)というツッコミは全員の頭に浮かんでいた。しかし、彼の迫力におされて、誰も口に出すことはできない。


 せいらは不思議に思うことがあった。プロデューサー春元功には、異常な嫌悪感を感じるのだ。オーディションの時、目にするどころか話したこともあるのに、その時はむしろ堂々とした彼に好感さえおぼえた。しかし、今は身の毛がよだつような、ゴキブリに身体を這い回られているような不快感を感じる。炎城りりの参加に関しては、より面白くなってラッキーとしか思っていないせいらが何故今になってこんな感覚に襲われるのか原因がわからなかった。


 とりあえず、せいらは嫌悪感を顔に出さないように気をつけることにした。


「このローシュタインには、全員が主役となりうるポテンシャルを持つものだけを集めた。消費的に大人数を競わせるアイドルへのアンチテーゼとして、結成したグループなんだ」


 声高らかに春元は語る。


 (大人数アイドルを流行らせたのもあんただろ…)というツッコミも誰もしなかった。


 しかし、マッチポンプでつくられたグループであっても、こっちの方が面白いとせいらは思っていた。


 その後、予定がマネージャー前島から説明され今日はお開きとなった。次に彼女たちが揃うのはレッスンを行う3日後である。


 せいらは人生において初めてライバルとなり得る者たちを実際に見たことで、苛烈な戦いに身を投じるを覚悟を更に決めた。

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