イモート王国の出来事

アネーデス王国で『元』男爵令嬢が王太子妃になってから1年後、イモート王国でも激震が走った。


「フレイ・ミスティーノ公爵令嬢!貴様との婚約を破棄させてもらう!理由はわかっているなっ!?」


ざわざわ!!!

ざわざわ!!!


現在、この場では貴族の子供達が通う王立学園の卒業パーティの最中であった。


婚約破棄と声を高々に叫んだ人物は、この国の王太子であるユリウス・イモート王子である。


「…………ユリウス様、ワインの飲み過ぎでは?いったいなんの冗談ですの?」

「黙れ!そんな言い逃れができると思っているのか!貴様との婚約を破棄すると言ったのだ!冗談ではないっ!」


そこまで言われてフレイ公爵令嬢は目を細めて扇で顔を半分隠した。


「はぁ、それで婚約破棄の【理由】はなんなのですか?貴方の後ろにいる令嬢が関係しているみたいですが?」


ユリウスの後ろには隠れるように、薄いピンク色の珍しい髪色をした可憐な少女がいた。


そしてユリウスは再度声を高々に言った。


「貴様が私の寵愛を受けられないからと、『聖女リリス』を虐げていた事を知らないと思ったかっ!?この国で王族と並ぶ重要人物である【聖女】を虐げた罪は許しがたい!故に貴様との婚約は破棄させてもらう!そして、聖女リリスを新たな婚約者として迎えると宣言する!」


ざわざわ!!!!

ざわざわ!!!!


パーティーの参加者のざわめきが大きくなった。


「失礼ながらご確認致します。そちらの令嬢は本当に聖女様なのでしょうか?証拠はあるのですか?」


とある伯爵子息がユリウス王子に質問した。

この質問が来るのをわかっていたかのように、ユリウスは側近に命じた。


ユリウスの側には二人の側近がいて、1人は宰相の子息インテーリ。

今回のパーティーでの計画を立案した人物だった。


「ユリウス様、ガイルの準備が整いました」

「わかった。ガイル、すまないが頼めるか?」


はっ!と、ユリウス王子と同級生であり、騎士団長を父親に持つ、側近のガイルが前にでた。

鍛えているのがわかるほど筋肉が付いており、体格も大きかった。


卒業パーティーでは帯刀が禁止の為、ガイルは料理の肉を切り分けるナイフを手に取ると、腕を軽く切った。


周囲から息を飲むような音が聞こえた。


「すまないガイル。リリス、頼めるか?」

「は、はい!」


少し緊張した様子でガイルの腕に両手をかざすと、金色の光が会場を覆った。


「お、おおっ!傷が治っているぞ!?」


光が収まるとガイルの腕の傷は綺麗に治っていた。それを見た卒業生達はそれぞれ、頭を高速回転させてどちらに付くのか考えた。


この世界には魔法はあるが、回復魔法は聖女しか使えないとされている。怪我をした場合はポーションで治すのが普通なのだ。


そして、この約100年聖女は現れていない。

故に、その価値は高いと言える。


「見たか!これが聖女リリスの力である!この尊い存在を虐げた罪は重いと知れ!」


フレイ公爵令嬢は深いため息を付いて、ユリウス王子に綺麗なカーテシーをして言った。


「ユリウス王子の婚約破棄、承りました。これより我が父に経緯を説明せねばなりませんので、この場を失礼させて頂きます」


フレイ公爵令嬢は優雅に会場の出口に向かった。そして、会場を出る前に振り返って一言いった。


「ああ、そうそう、リリス令嬢は貴族のマナーがまるでなってないので、注意した事があります。ユリウス王子、本当にリリス令嬢を伴侶に迎えるおつもりですか?」

(本当に王妃が務まると思っているの?)


「無論だ。聖女リリスの事は皆も知っているだろう。幼い頃、平民として過ごしていたが、オリオン男爵家に引き取られた経緯がある。父親が男爵ではあるが、れっきとした貴族の血を引いている。何も問題はない!それに、1年前に隣国で男爵令嬢が王太子妃になった前例もある。聖女としての肩書のあるリリスがダメな理由はない!」


フレイ公爵令嬢はまた、ため息を付いて、そうですかと言って出ていった。

まったく意味が伝わっていないからだ。


その後を一部の参加者も一緒に出ていく事になる。


こうして、ユリウスの聖女派と国を動かすフレイの貴族派でイモート王国は二分する事となった。


後に、この事が国王の耳に入るとユリウスは呼び出される事になった。


「やってくれたな。卒業パーティーで、よく私の許可なくフレイ・ミスティーノ公爵令嬢との婚約を破棄してくれた!どう落とし前をつけるつもりだ!!!」


クワッと、急に怒号が響き渡り、ユリウスは心構えが出来ていなかったため、その場で腰を抜かした。


「お、落とし前とはどういうことですか!フレイは聖女リリスを虐めていたのです!向こうの有責です!」


虚勢を張りながら言い張るユリウスに国王はこめかみを押えながら言った。


「すでに調べている。フレイ令嬢がリリス令嬢をイジメた事実は無かった」


!?


「そんな訳ありません!リリスがフレイ虐められたと涙ながらに言ってきたのです!無論、他の生徒からも聴き取りをして、その時間、フレイがリリスに虐めている所を目撃しています!」


はぁ、とため息を付いて国王は話した。


「その虐めというのは、貴族としてのマナーを注意した事か?その程度当たり前であろうが!ただでさえ、リリス令嬢はマナーがなっていないと『全校生徒』が知っている事だ」


「そ、それだけではありません!私物を隠されたり、ノートを破られたりと被害を受けているのです!」

「確かにそれは『余り』良くない事ではある」


「そ、そうでしょう!だから───」


「なら、婚約者のいる男性に近付き、男女の仲になるのは悪い事ではないのか?」


国王の冷たい声にビクッとユリウスは震えた。


「リリス令嬢が親しくしていたのはお前だけではない。騎士団長の息子ガイルや宰相の子息インテーリなどとも親しくしており、その婚約者達が注意しても聞く耳もたないお前達に、業を煮やして嫌がらせに走っても、文句は言えまい」


ユリウスはリリスとの関係を指摘され何も言えなかった。


「しかし、お前のように『聖女』を神格化する者が多くいる事も事実だ。それに、あのような大勢の前で言った事はもう隠すことはできない。故に、【条件】付きでお前とリリス令嬢の婚約を認めよう」


!?


今まで激怒してキツイことばかり言っていた国王が認めてくれた!?

ユリウスは驚きの目を向けた。


「本当ですか!?」


国王は無言で頷いた。


「まったく、【王太子】を指名していなくて良かったぞ」


ユリウスは国王の呟きにどういう意味ですかと尋ねた。


「まだ貴様はただの第一王子に過ぎん。弟の第二王子が『王太子』になると言うことだ」

「そんなバカな!代々、長兄が王位を受け継ぐはずです!」


国王は心底、残念そうにユリウスを見た。


「そんな訳なかろう。確かに長兄が優先はされるが絶対ではない。身体が弱かったり、致命的な失敗をした場合は他に移る。貴様は致命的な失敗を侵した。本当に気付いていないのか?我がイモート王国は、聖女派と貴族派で大きく二分され、内乱になってもおかしくない状況なのだぞっ!」


「はぁっ!?どういう事ですか!意味がわかりません!」


国王は何度目かのため息を付いた。

そこへ、隣の部屋にいたであろう母親である王妃が入ってきた。


「母上…………」

「国王様はお疲れ様の様なので私から説明しましょう。ユリウス、国を動かしているのは我々『王族』と『貴族』です。『聖女』や『教会』ではないのよ?」


ユリウスはどうしてここで教会がでてくるのか分からなかった。


「どうして教会が出てくるのですか?」


王妃もユリウスの様子を見てため息を付いた。


「聖女はその性質上、教会預かりとなるのです。その聖女をもし王妃に迎え入れるとどうなるかわかりますか?教会の力が肥大化し、政治にも介入してくるでしょう」


「そんなバカなっ!教会がそのような事をするはず───」

「あるのです!この愚か者!!!」


王妃は手に持っていた扇子でユリウスを叩いた。


「がっ!?」


「すでに、卒業パーティーの後に、【聖女派】と【貴族派】で国が割れてしまいました。そして、すでに教会は聖女派に力を貸しています。本来であれば王族である我々が貴族派に介入してバランスを取る役目なのですが、貴方が聖女派筆頭になってしまい、すでに『力』のバランスが聖女派に傾いています。まだ手はあるとは言え、非常にマズイ状態なのですよ!」


「ど、どうして教会が介入してきたらいけないのですか!?」


王妃はとても残念な者を見る目に変わった。それは国王も同じであった。


「本気で聞いているのですか?慈善活動を民の為に行う教会とて、権威と資金、権力を求めているのです。政治に教会が介入してこれば、教会に有利になる様な政策を献上してくるのは、火を見るよりも明らか。かつて、大陸の北方の国では、教会が認めなければ王位に付けなかった所もあったのよ。すでに滅びましたが。そして、政治の事がわからない素人である教会が、自分の所にお金を流すよう法案や政策を行っていけばどうなるか…………バカな貴方でもわかるでしょう?」


インフラなどで必要な資金が廻せなくなり、国は乱れ、内乱が起き、他国に攻め込まれて国が滅ぶ可能性がある。


恋に盲目になっていたとはいえ、元々それなりに頭の廻るユリウスもようやく事の重大さに気付き始めて顔色を悪くした。


「はぁ、国王様が条件付きで『婚約』を認めると言いましたが、あくまでも【婚約者】としてです。最低限の王子妃としての教養を身に着けなければ【結婚】は認めません。国の恥を他国に見せる訳にはいきませんので。現状では、王族から抜いて、王位継承権を剥奪してから、ユリウスに適当な爵位を与えて、聖女と一緒になってもらう予定です。王位継承権を失くせば教会も多少は身を引くでしょう」


ユリウスは自分の輝かしい未来が崩れていく事に恐怖した。

王族から籍を抜かれて一貴族として暮らしていく。そこまではいい。問題はどこの領地拝命するかだ。


今の話では遠い辺境になる可能性が高い。

国王は近衛騎士を呼び、ユリウスを引き摺るように部屋に連れて行かせた。


「王妃よ。卒業パーティーの計画したのは宰相の子息と言う事だがどう思う?」

「宰相殿と国王様の【信頼】は20年以上に続いております。子息の独断でしょう。その証拠に、宰相殿が責任を取って辞職すると言ってきました」


国王は王妃の言葉に目を開いた。


「安心して下さい。国の派閥が割れている時に、貴族派の筆頭の宰相殿が居なくなっては、この国は教会に支配されてしまいます。責任をとるならこの事態を終結させる事ですと伝えておきました。それと騎士団長も同じことを言ってきたので、宰相と同じことを言っておきました」


「どうして私ではなく王妃に言ってきたのだ…………」


「それは当然でしょう。立場があるとは言え、【親友】である貴方に言い辛かったのですわ。できればユリウスにもそんな関係を築いて欲しかったのですけれどね」


「バカ共が。いや、愚息の管理が出来ていなかった私もバカではあるか…………」


王妃が国王の手を取り力強く言った。


「まだ手はあると言ったはずです。早急に【2人】の婚約者を決めましょう」


「そうだな。第二王子であるクロードとフレイ公爵令嬢の婚約をまとめ上げて、王族と貴族派の結びつきを強固にしなければな」


問題は、娘を傷付けた王家にミスティーノ公爵が認めるかどうかなのだが。


国王のため息が止まる事はないのであった。

しかし、ミスティーノ公爵は意外にもすんなりと承諾したのだった。


国王も内心で驚きを隠せなかったのだが、実は第二王子クロードとフレイ公爵令嬢はお互いに好意を寄せている間柄だったのだ。


しかし、王族と貴族の義務を果たすべく、想いを胸に隠していたのであった。


クロード王子は国王からフレイ令嬢との婚約を打診された時、その日の内に薔薇の花束を持ってプロポーズに行ったほどであった。


こうして晴れて二人は初恋を実らせる事に成功したのだった。










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