第30話 問答


「……そうですか。少しわかってきたかもしれません。あなたは、自分で思っているほど海賊という存在を嫌ってはいないんじゃないですかね。むしろ『海賊』である事に誇りを持っていて……って、それも自分のしてきた事を正当化するための思い込みかもしれないんですけど。ともあれ、『海賊』という現在の肩書きにふさわしくない行為をした自分が嫌になってしまってる……みたいな感じじゃないかなぁ、いまの状態って」


 癖毛の男がひととおり話すと、人魚の男は腕を組んだ姿勢で率直な感想を述べ、船の影に佇む彼の出方を窺います。

 

「そう……かもしれないな。海賊は略奪者だが、目の前の相手に力の差を見せつけて、そいつから戦利品としてなにかを頂戴するものだ。家主のいない隙に押し入ったあげく、奪うだけ奪ってトンズラこくなんてのは空き巣のする事だろ。俺たちをそんな腰抜けどもと一緒にしないでくれ」


 種類の違う悪党について話す癖毛の男は苛立ちが隠せていません。船の前をせわしなく行ったり来たりしながら、両手を広げて熱弁します。ここにきてはじめて彼が声を荒らげる場面に遭遇した人魚の男は、己の立てた仮説が正しかった事を確信し、二度頷きました。


「たぶん、最後に言ってた事が答えです。僕からしたら、どっちもとんでもない悪人なんですけどね。まぁ、あなたにとって普段の海賊行為は『正々堂々』してるんだなって事は理解しました、一応。やっぱりそのへんが引っ掛かっちゃってるんでしょうね……。なんて、偉そうに言っといて見当違いだったらごめんなさい」


「…………いや、そのとおりだな。結局、俺の知ってる強さは暴力以外になかった。俺はああはならねえと誓ってたのに、このザマだ。海賊になって、それらしい事をするうちに気が大きくなっちまった」


 そう言うと、癖毛の男はその場にしゃがみ込んでしまいました。けれど、言葉は止まらず、彼は懺悔を続けます。隠しておくのも苦痛でした。かといって、話せば楽になれるとも思っていませんでしたが、自分の犯した最大の罪と向き合わなければ先へ進めない事はわかっていました。


「下っ端の俺でも怖がられるんだから、他の仲間みたいにもっと海賊っぽくなったら、もっとすごい奴になれるんじゃないかと思った。恐怖心を与える側になれば、何者にも怯えずに済むってさ……。暴力に頼って、見せかけの強さを誇示して……本当にろくでもないな。弱虫なうえに卑怯者なんだ、俺は」


 癖毛の男は、自分の通ったあとにできた水たまりに映るみじめな顔を眺めます。ですが、彼はすぐに陰鬱な気分を振り払い、人魚に笑顔を向けて言いました。

 

「お前、本当にすごいな。俺の葛藤がこんなに簡単に言語化できるものだとは思ってなかったよ」


「それほどでもないですよ。僕とあなたは初対面ですし、俯瞰しやすいっていうか。それで、答えは出ましたか?」 


 人魚の男はまたも話が脱線しそうな気配を感じ、癖毛の男をそれとなく本題へ誘導します。


「海賊を続けるかどうか、か……。というより、あんな事をしたあとでも『海賊と名乗っていいのか』迷ってるんだろうな、俺は」 


「……話にならないなぁ。そんなの、他の人たちだってそうだったでしょ?」


 融通の利かない癖毛の男に呆れ顔の人魚。突き放すような物言いには『あなただけが悪いわけじゃない』という意味が込められていましたが、癖毛の男はますます自分を責め立てます。


「そうさ。俺もあいつらと一緒に死んじまえばよかったんだ……」


「いきなりですか?」


 予想だにしない台詞に動転した人魚の男ですが、どうにか平静を装って短く問います。あまり視力のよくない彼は癖毛の男を心配し、急いで彼の近くまでやってきましたが、再び俯いてしまった彼は感情の継ぎ目のないのっぺり顔で譫言を連ねます。


「あのとき、俺も死ぬべきだったんだ。同じ罪を犯したのに、一人だけ助かるなんて不公平だろう…………。なあ、いまから死ぬのは遅すぎるか……?」


 人魚の男はわかっていました。癖毛の男が欲しているのは『死なないでください』のひと言であると。けれど、生存競争の激しい海で生まれ育った彼には、命を粗末にする発言を看過する事はできませんでした。


「そんな事言わないでくださいよ。僕はあなたが死にたがってる理由なんかどうでもいいですけど、仮にも命の恩人に向かって言う事ですか?」

 

「人魚じゃなかったのかよ」


 すかさずツッコミを入れる癖毛の男に、人魚の男の苛立ちは募っていきます。これだけの思考力を備えておきながら、自身のすべき事を見誤っている彼を放ってはおけないと思いました。しかし、気持ちとは裏腹に、飛び出してくるのは憎まれ口ばかり。


「人魚ですけど。ほんっと……頭がいい人って、揚げ足取りばっかりでうんざりするなぁ……。まるでみたいで気に入りません」


 人魚の男は、いましがた自分の口を衝いて出た単語に目を見開きました。透き通ったふたつのガラス玉はいまにも零れ落ちてしまいそうです。


「アイツ?」


「あなたには関係ないでしょ。死にたきゃ勝手に死ねばいいんです。でも、僕の目の届かないところでお願いしますね!」


 人魚の男に撥ね付けられた事で、癖毛の男の心の裡に先ほどまで立ち込めていた暗雲のごとき希死念慮は霧散しました。ここまで基本的に親切で温厚だった恩人の変貌ぶりを見て、ようやく自分の曝した衝動の愚かさを省みる事ができたのです。

 

「止めねえのか」


「なんで止めてもらえると思ったんですか? 図々しい人ですね」


「……いや、毒にも薬にもならねえ綺麗事で諭されるだろうと思ってたからな。意外だったんだ」


 人魚の繰り出す辛辣な言葉たちは確かに癖毛の男を傷付けはしましたが、一般論に染まった美辞麗句を並べ立てられるほうが彼にはよほど堪えたことでしょう。


「じゃあ聞きますけど。あなたはそのほうがよかったんですか?」


「いいや、ありがとよ。お前のおかげで目が覚めた。さっきの言葉で、そもそもなんで死にたいのか考えてみたんだが……かえって生き残ってよかったのかもしれねえと思い始めてさ」


「理由、聞かせてくれますよね」


 人魚の尖った声には有無を言わせぬ響きがありました。人間らしい表情を取り戻した癖毛の男は声を上げて笑います。屈託を乗り越えた彼の髪は、その晴れやかな気分を表すかのように風に踊っていました。

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