第17話 天秤
「なんなんだ、ここは……」
「宝の山って事だけはわかるが、想像してたのとはだいぶ違うな」
やはりと言うべきか、玄関にも鍵は掛かっておらず、まんまと侵入に成功した二人の海賊ですが、予想と異なる内部の様子に絶句してしまいました。
入ってすぐのロビーには、古めかしいドレスが何着も飾られています。ヴィンテージとでも呼ぶべきそれらはただ並べてあるだけでなく調度品とも調和しており、統一感のあるそのディスプレイ方法は、ここでいままさに展示会が開催されているとでも言いたげでした。
「この部屋だけでこんなに……? 二人じゃ持てねえよ」
と呟いた傷の男は、いちばん近くにあった左手の扉を開けます。男の読みどおり、その部屋にも見映えのするドレスが何点も飾られていました。
「持てる分だけ持っていけばいいだろうが」
癖毛の男は平静を装いますが、目にしているものすべてがこの家の住人の大切なものである事をひしひしと感じた彼は、侵入を拒んだとき以上に及び腰になっていました。
「おいおい。お前、そんなに忘れっぽかったか? 思い出せよ、キャプテンの命令を」
傷の男は全部屋の確認に走ります。癖毛の男は玄関から一歩も動かずにいましたが、どこにいても声がよく反響するので、会話に不便はしませんでした。
「…………『宝を見つけたら、必ずすべて奪い尽くせ』。それと『砂金一粒残すんじゃねぇ』、だったか」
癖毛の男はため息交じりに言います。基本的に短気で前のめりになりがちな傷の男は、変な場面で冷静でした。癖毛の彼は頭を抱えます。とうとう、この家にある金品を奪っていかない理由がなくなってしまいました。
「根こそぎ、な。まあ……ちょいと
いましがた提案したとおりに下手なごまかしをし、宝を一部しか持って帰らなかった事が露見すれば、今度こそ命はないでしょう。癖毛の男は、自分一人であれば、なにも盗まずに無残に殺されるほうを選んだかもしれません。しかし、天秤は大切な相棒の命に傾きました。
「ああ、そうだな……。みんなの手を借りよう。…………これでいいか?」
「最高だぜ。とりあえず、キャプテンに言っとかねえとな」
探索から戻ってきた傷の男は素早く無線機を取り出し、手短に一報を入れました。宝を発見したが、運べる量ではないと。報告を受けたキャプテンは大喜びで各隊に指示を出し、それぞれの小隊が荷馬車とともに駆けつけるまでにそう時間はかかりませんでした。
集まった団員たちは見事な連携を見せ、屋敷の中にあった金目の物を一つ残らず運び出しました。荷馬車の列は海まで連なり、醜い海賊と美しい宝を乗せて走ります。日暮れが近いせいで一面同じ色調になった村の全景は、本に挟んだまま忘れ去られた一枚の写真のようでした。
「さっきの家、なんだったんだろうな」
同じ馬車に大きく揺られながら、二人は宝物庫のような不思議な邸宅について話し合います。
「…………さあな」
癖毛の男は、罪悪感で潰れそうな胸を押さえつけて素っ気なく答えます。隣にどっかり座る傷の男は達成感に浸り切っていますが、彼はそんな気分にはなれませんでした。あの家の住人は空になった自宅を見て、なにを思うのか……。考えただけで独特の痛みが鼻の奥を突き抜けます。
彼は財宝の類に興味を持った事はありませんが、大切なものを失うつらさは知っていました。奴隷として売られ、離れ離れになった家族。仲間とも沢山別れました。目の前で死んでいった人たちもいます。生死など関係なく、生きているうちに彼らと再会する事は不可能でしょう。ただ一人残った大切な人といえば、奴隷時代からの腐れ縁の、右腕に深い傷痕のある男。
彼は人差し指に癖毛を巻き付けながら、最後に残されたお調子者の相棒を失ったあとの自分を想像します。その心情は、ほぼすべてのものが運び出されたあとの豪邸の主と似通った部分もあるかもしれません。彼は想像します。あそこには何人の人が住んでいたのでしょう。あれだけの敷地面積です、まさか単身世帯ではないでしょうが、見当もつきません。膨らみ始めたイメージは架空の人物像を生み出していきます。もしかして、何不自由なく暮らしてきた、鼻持ちならない富裕層の一族でしょうか。
しかし、自分たちの盗みを正当化する理由など、どこにもないのです。彼は馬車から船へ宝を運び込んでいるあいだも心ここにあらずといった具合だったので気付いてはいませんでしたが、力自慢の野蛮な海賊たちは、屋敷の住人が大切にしてきた衣装も調度品も乱雑に扱い、平気な顔でとっとと作業を終わらせました。
「全部積み込んだな? ご苦労だった。出港するぞ!」
ほとんどなにもせずに休んでいたキャプテンの号令で、来たときよりもいくぶん重くなった船は、その港を離れていきます。遥か彼方に輝く銀朱の夕陽は傾き、海の向こうに消える準備をしていました。
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