ある船乗りの懺悔

第9話 海賊らしからぬ海賊


 港の船着き場にて。


「もうすぐで着きますね!」


「ああ、ご苦労さん。にしても、物好きな奴らだなあ……。なんもねえ場所に来たいとは」


「え、そうなんですか? 立派な漁港に見えますけどねぇ」


「船のひとつもないのにか? 全部出払ってるってのも無理があるだろうが」


「た、確かに……。でも、なんで断言できるんです?」

 

「そういえば船長、前にもココに来た事があるって?」


「おう、昔な。まあ、あの頃は船長どころか下っ端だったけどよ!」


 停泊中の船内には、賑やかな声が響いていました。船員たちは、航海の途中に偶然見つけた漁港に立ち寄ることに決めたのです。


「大出世っすね」


「ああ……そうだな」


「なんでそんなにテンション低いんです? 二日酔いですか?」


「いや、そういうわけじゃねえよ…………。なあ、お前ら。この船にはそんな奴ァいねえが……『海賊らしい海賊』にだけは、死んでもなるんじゃねえぞ」


 船長はいつも船員たちに口を酸っぱくして言います。『海賊らしい海賊にならない事』……、それは自由なこの船におけるたったひとつのルールでした。


「ったりめーだ! オレらが欲しいのは『まだ誰のものでもねえ秘宝』で、『他人の大切にしてる財産』じゃあねえ!!」


「そうだそうだ! おいらは最高の仲間と冒険がしたいんだ! だから、宝探しはゲームっつうか、オマケみたいなもんさあ!」


「そうかそうか……。お前らは顔も口も悪いが、本当にいい男たちだよ。昔の俺に見習わせてえな……」


 船長が余計なひとことを付け加えるのはいつものことでしたが、彼の表情が翳るのは滅多にない事でした。


「おいおい、らしくねェな。お頭。過去になにがあったってんだ」 


「そうさ。昔、どんだけワルだったか知らんが、いまのアンタは立派で尊敬できる男じゃねえかい」


 乗組員たちは口々に囃し立てます。この船に乗っている者は、一人残らず船長を心から慕っていました。


「だな。でなきゃ、誰が好き好んでこんなゴロツキ集団拾うかよ」


「しかも、酒も肉も大量にかっ食らうわ、屁もイビキもでけえわのむさくるしい野郎どもをだ!! こんなお人好しがどこにいる?」


「船長がいなきゃ、俺ら誰一人として生きちゃいなかっただろうよ……」


 ある者は豪快に笑い、またある者は過去に思いを馳せながら、恩人への想いを言葉にします。男たちは、自分たちに対する不名誉な評価よりも、浮かない様子の船長が気掛かりで仕方ありませんでした。



 


 彼らは労働者階級の生まれで、幼少期にはすでに工場労働に従事させられていました。朝から晩まで働きづめで、授業にもほとんど出席できず、友達と遊ぶ暇もありませんでしたが、それでも彼らの貴重な時間は安く買い叩かれます。


 子どもたちの稼ぎと両親の収入と合わせても家計は火の車。視力が低下しても、骨が曲がっても、長時間労働からは逃れられません。働き口があるだけありがたいと、毎日重い足を引き摺って工場へ向かいました。


 ところが、外国から訪れた活動家が、その国の児童労働の現状を問題視した事で事態は一変。彼らの勤める工場は、作業員の超過勤務を摘発され、閉鎖に追い込まれてしまいます。


 突然、職を失った彼らは途方に暮れました。本来ならば、不当な重労働からの解放は喜ばしい出来事のはずですが、彼らも彼らの家族もその日を生き抜く事でいっぱいいっぱい。まだ幼い子どもたちのわずかな稼ぎも、一家の命運を左右するものでした。


 次を探そうにも、劣悪な環境下での低賃金労働にありつくのさえ難しい状況のなか、子どもたちは必死に雇ってくれるあてを探して駆けずり回ります。


 以前と似たような工場に就職した子や家業の手伝いに戻った子もいますが、彼らは運の良いひと握り。大抵の子は、毎日仕事を求めて町中を彷徨います。つらく厳しい日々でしたが、職にあぶれた者同士、協力し、励まし合えていた事は唯一の救いでした。

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