第21話 ポリシー
#8
事務所で大画面テレビに向かう諭明。
「遅かったよ。当該の女子高生?もう戸籍が無い。」
画面の向こう、刑事の着いた机の隅にポケットボトルが見えた。勤務が明けたら飲むつもりなのだろうか。刑事の顔は未だ紅潮してはいなかった。
「他の手掛かりは?」
「データ検索ではちょっと」
この前言った時に判っていた事だった。
戸籍が無いのだ。此の国では居ないのと同じこと。電算機にも其の個人としての情報は何も残っていないだろう。しかし。
「戸籍喪失はどうやって?」
「届け出が出された。」
「御両親?」
「ではなく、男子高校生。」
#9
「授業中は困るよ間十日君」
本法を校舎の屋上に呼び出した。
疲れたのでフェンスに背もたれて座っていたら眠ってしまったようだ。
見上げると本法が此方を覗き込んでいた。
「バイト疲れ?」
「意外と忙しくて」
「だから払えるのかって聞いたのに」
本法は例の探偵の料金を稼いでいると思っているらしい。
「御心配なく。本法の処は給料いい?」
少し考えて本法は答えた。
「最低時給の二倍ぐらい。そっちは?」
「依頼主に依るな」
「お誘い?」
「女子高生オンリーで」
「――辞めとく。間十日(まどか)の所、身持ちが悪くなるって、噂だよ」
目の前に立つ本法は無邪気に笑った。
見上げて見た本法の背景に、白い綿雲と青い空が見えた。
もう物騒な空のウェ―キは立っていない。
日はそろそろ南中。
視線を落とすと足元のコンクリを蟻が徘徊していた。
「失踪者探しもしてるしな――」
立ち上がって土埃を払う。これ、と名刺を渡す。
「――気が向いたら声かけて。常時募集中」。
#10
「衝突の開始は領土問題で、両国とも領有権を主張して対立しました。その後両国の協定で非武装中立地帯として当該領土は設定され、先日までその設定のまま領土問題は不問に付されていました。我が国としてはかなり譲った外交だったわけです。国内では領有をなお主張する団体も多数で、その後の選挙の争点にもなりました。前例があるのですが、領有は根拠を持って最後まで戦わないと奪取されることがある、と考えなければなりません。」
聞きかじった感じでは世界史のように聞こえる授業。だが此処は私塾。生徒の年齢は十代の若者から還暦の壮年までと多様。講義の内容は概ね思想、だった。敗戦前なら私塾は国威高揚の為も有ってもてはやされたが、敗戦後はすっかり息をひそめ、殆どは学習塾の看板を盾に、授業と生徒と授業参観の形式で秘かに行われていた。今日の授業は開戦前の社会状況と敗戦後との状況比較だった。
演壇の上にコップを置く。
一時間以上話し続けたのですっかり喉が渇いていた。
夜の暗闇の中、生徒たちが帰っていく。
助役が教室に入ってくる。
「先生。」
助役は主に経理を担当している。
「今日の授業ですが。」
「何か難点がありましたか」
「最近、地下活動のような事を目論んでませんか」
「社会人講座で、現代思想史ですが、逸脱していましたか」
「監査が入りそうで。公式に」
思想信教の自由など随分前に敗退していた。
「焚書の件、マークされてますよ」
個人の所有物をどう処分しようと自由のはずだが、私有財産の制度がなくなれば、焚書によるレジスタンスでもないだろう。恐るべき未来と言うところか。
「御忠告有り難うございました」
ホワイトボードをクリアして教室を後にした。
♯11
都会の、ビルの谷間の、此れと言って遊具もない。900㎡程の敷地に街灯の下を中心に人がたむろって居た。時刻は午後十時を回っている。
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