第12話 採用

#12

蛍光灯の照明が付き、モーターが回りだした。五分も経たない内に、室内の気温が下がったのか、二人の息が白くなった。

「凍死させる気、なんだろうな」

女の方は何も言わなかった。

男は冷蔵室のハッチの前に立ち止まる。

何か唱えるとハッチの分厚い金属が白熱しだし、鍵を溶かし去ってしまった。

冷蔵室ならば気温や湿度の関係で炎が成立しがたいと考えたらしいが、あまり役に立っていないようだった。

前回の戦闘記録から、男が炎の精霊使いらしいことが分かった。今回の収穫は冷蔵室の中でも、即ち自然発火しがたい低温環境でも、炎が成立することが判ったことだろう。次の会敵では、無酸素状況での戦闘記録でも撮る事にしよう。他、後は前回同様で、軽機関銃の銃弾は全て炎の壁で蒸発させられ、人員は幻覚にやられて一時的にパニックに陥ってしまい、戦線は維持不能になった。

この男はよほど甘いのか自信があるのか、とどめを刺さない。下士官とその配下は全員敗走したが、捕縛されずに逃走に成功した。


VTRの視聴席を立つ。

「片づけておいてくれ」

未だ記録再生中のディスプレイを後に去ろうとした。

「you lose.」

ディスプレイの此方に向けて、そう言うと、男は親指を立てて、水平に空を切り、指を下げた。カメラの存在を見切られたらしい。

「……残しておいてくれ」

視聴覚室を後にした。


#13

潮の音が繰り返し繰り返し響いている。船室の外は雨の大洋。時々緩やかに揺れるが余り不安にはならない。

「彼は?」

前任の下士官は敗走で職務遂行不能状態になっていた。

客室に設置してある短波帯無線機。

デジタル変調の声は少し硬い。

「医師(ドクター)が面倒を見ています。サナトリウム送りだそうです」

少し休めばよくなるらしいが、前線勤務は退くことになった。

「繰り上げで私が?」

事業の継続には現地の新しい指導者が必要だった。

「後任をよろしく頼みます教師(ティーチャー)」



#14

敗走して去っていく相手の車両を緊急車両が赤色灯を回しながら追って行った。


「お疲れ。」

緊急車両を目で追っていた外事係の刑事が諭明に向き直った。少し褪せた白いステンカラー。綿製のようだがよく持つと思う。冷蔵庫程ではないが外の気温もかなり下がっていた。

「では何時ものように」

「手続きはしてある」

警察絡みと言っても慈善行動ではない。仕事なのだから報酬を振り込んでもらわなければ廃業になってしまう。

警察絡みの仕事は犯人を捕まえた時点で賞金が振り込まれる事になっていた。

「捕まえたら、宜しく」


#15

車の中はヒーターで暖かかった。探偵のコートを借りて着ていたが、返してもよさそうだった。

刑事と話し込んでいる諭明と言う探偵は人造人間か何かだろうか。魔法使いと言うのも非科学的だし。

探偵が話を終えて車に近付いて来た。姿勢を正す。


運転席の扉を開いて乗り込んでくる探偵。

「これ。」

借りていたコートを畳んで差し出す。

「凍らなくてよかったね」

そう言ってコートを受け取る探偵。

「探偵業のバイトがしたいと言う話だけど」

「ええ」

「無理なんじゃない?」

あっさり否定されてしまった。

「……」

何て言い返そうか考える。

「志望動機は」

面接担当者のように尋ねてくる探偵。

触れられるのも嫌と言えばいやなのだが当たり障りなく言ってみることにした。

「探し物がある気がして」

「気がして?」

探偵のだからか細かい所に煩い。

やっぱり辞めとけばよかったかな。

「事情があって……」

言い淀むと沈黙が訪れた。

ヒーターの音が耳につく。

炎上した倉庫の一部の火が未だ少し赤く揺らいでいた。

保険会社が卒倒するほどの額にはならないだろうって言うけど。私には払えそうもない。今回の誘拐騒ぎで救出してもらっても払うお金などありはしない。

探偵は、ずっと此方を見ていたが思い出したように聞いてきた。

「そういえば、名前は?」

「爾名です」

未だ言って居なかっただろうか。

とある古い映画にあった仕草をワザワザ真似る探偵。

「ああ、則香さんの言ってた」

則香のバイト先ってこの探偵の処か。

「お知合いですか」

「うちの事務。」

「それ、私にも――」

諭明が右手で発言を制した。

「明日からシフト申請してくれるかな」

「採用ですか」

「電話番なら」

則香の処で則香と同じバイトになるらしい。

「宜しくお願いします」

営業スマイルすると諭明も少し笑った。  

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