待ち受ける期末試験

 ――季節は過ぎ、学園生活初の七月という夏の始まりを迎えた。


 いつもと変わらない日々を面白おかしく、怠惰に過ごしていたわけだけど、ここでとうとう壁が立ちはだかる。

 そう、入学して初めての期末試験だ。

 ちなみに、この美桜学園……実は偏差値が高く、学力が平均より高くないと入る事が難しい。

 入試も平均的な高校よりレベルが高く、桜崎市では有名なお嬢様校で有名だ。まあ、どうやって入ったか不思議な人も多々いるけれど。

 まあもちろんの事、この試験を乗り切らなければ楽しい夏休みはおろか、早速のドロップアウトすら射程範囲なのである。


 ――ちょうど七月の始まり、テストまで後二週間という日。


 先日行った期末前試験の結果が返ってきた時だった。

「ふふ……まあ、別に問題はないわね」

 美冬先生から渡された解答用紙を見つめ、自分の席で一人満足する私。

「ねえねえ姫華試験どうだったー? ちなみに私はこの通りギリギリ……」

 そう私に話しかけてくるのは、隣の席の藍。こちらに見せてきた解答用紙を見ても、確かにギリギリというのは本当みたいだ。

 七十点が合格ライン。私が九十四点で、藍が七十二点。

「藍は部活があるものね……陸上部との両立は難しいでしょう」

「まあね……あんまり言い訳したくないけど、確かに辛いかな」

「更に体育会系の部活だし、余計ね。親は何も言わないの?」

「うーん、正直お父さんの方は私が陸上やる事には乗り気ではないみたいなんだよね……」

 藍の顔色から、それなりに父親から小言なりを、言われているのだろうという予測ができる。

 もしかしたら厳格な父親なのかもしれない。それとも親バカなだけなのか。

「――あ、そういえば美紀はどうなんだろ」

 ふと気づいたのか、藍が私の前の席に位置する美紀に手を振って呼びかける。

 しかし、机に突っ伏したまま美紀は動かない。おそらく解答用紙は返ってきているはずだ。


「おーい、ビッグダディ……」


 私が背中をツンツンしながらそう呼びかける。

「そのネタはやめて。もう皆忘れてきてるんだから」

 これには返事がきた。しばらくイジられてたから、割と気にしているのかもしれない。

「美紀、藍が呼んでいるのだから返してあげなさいよ」

「姫華、分かってるくせに……」

 その言葉に、藍が不安の表情を浮かべる。

「あ、あれ……私何かしちゃったかな……?」

「ふふ、そうじゃないわ。美紀のガ〇ダリウム合金並のメンタルを壊すほどの、暴言を言っていなければ別だけど」

「そんな、白い悪魔の装甲並に硬くなんてないよ」

 私のさりげないネタにツッコミを入れる辺りは流石だが、やはりどこかキレがない。

「あれ、何だか今回キレがないね……。あれ、もしかして……」

 美紀の行動を総じて考えて、藍が原因を察したようだ。

「そう、もう言うまでもないけれど……美紀はね……」

 わざとらしく一息置いて、私は呟いた。

「バカ……なのよ、このビッグダディ」


「ビッグダディやめて」


昼休み――教室内



「……流石に、これは危ないんじゃないかしら美紀……」

 お弁当を食べながら、先程美紀から聞いた点数を振り返り、思わずそう呟く。

「た、確かにこの点は……ね」

 同じく隣に居る藍も、私と同意見の様だ。

「うっ……いや、勉強なんて出来なくても生きていけるし! 全然問題ないし!」

「まあその代わり、ここには居られなくなるわね」

 私の正論に、硬直する美紀。残念ながら高校とは、すべからくそういうものなのよ美紀……。

「理不尽だ……こんな、不合格だったら退学なんて理不尽だぁー!!」

「今更何を言ってるのよ……。入る前から知っていたでしょうに……」

 受験でもかなり苦労していたのに……まさか忘れたというのかしらこの子は。

「美紀って部活やってないんだよね……? 時間はあったんじゃ……?」

「藍止めなさい、美紀のライフはもうゼロよ!」

 有名な台詞をただ言いたかっただけの私に、すかさず美紀が食いつく。

「ちょっと待ってよ! 私それじゃ虫野郎の立場じゃん! 逆が良いよ!」

 抗議の内容が予想の斜め上をいっていた。そこじゃないでしょ美紀。

「いや美紀、今危ういのはあなただけよ……現実から逃げてはいけないわ」

「い、いつになく姫華が現実を突き付けてくるよ……」

「私はあなたに退学してほしくないから言っているのよ。愛情よ、愛情」

 そういやらしく妖艶に囁きながら、おかずの人参をフォークで刺し、美紀の口元に持っていく。

「いやらしく言う意味が分からないよ……とりあえず嫌いな人参を食べてほしいだけでしょ姫華……」

 そうぶつぶつ文句を言いながら、それでも食べてくれる美紀。

「本当仲が良いというか良すぎるというか……改めて見るともう家族ってレベルだよね二人」

 隣で呆れる様に藍が呟く。まあ……正直な所、家族みたいなものなのだけど。

「おやおやひょっとして藍、ヤキモチを妬いているのかな?」

 藍を茶化すように言いながら、卵焼きを持った箸を藍の口元へ持っていく。

「べ、別にヤキモチとかじゃないってば……!」

 目を逸らし照れた様子を浮かべながらも、差し出された卵焼きを食べる藍。

 あれ、もしかしてこれが有名なツンデレ……!?


「凄く……アリだわ……」


「ちょっと、ニヤニヤしながらこっち見ないでよ姫華……」

 割とドン引きされた。しかし、そんな蔑む目もまた――なんて事はなかった。

「ふふ……とりあえず、話を戻しましょう。美紀のテスト対策について」

「そ、そうだったね危うく忘れるとこだったよ」

「私的にはテストなんてもう忘れたい出来事だよ……。えーい、消えろ消えろ!」

 そんな美紀をよそに、私達は勉強会の計画を立てることに。

 藍自身少し危ないという事もあり、週末に勉強会を開く事が決定した。

「場所はやっぱり姫華の家が良いかなー! 私どんな部屋か見てみたいんだよね」

 何の気なしに提案してきた藍に、私は受け流すように承諾する。

「別に構わないわよ、特に何もない部屋だけ……ど……」

 言った瞬間、後悔が走った。そう、五月頃にやらかした事件を思い出したからだ。

 美紀の方を見るとどこか呆れた様子で、恐らく私より早く気付いていたみたいである。

 しかし、言ったからには今更撤回するのも怪しいし……これはもう回避不可能なレベルでは。

「あれ、今語尾が怪しかったよ? もしかして何か、見られちゃまずい物とかあるのかな?」

 ニヤニヤしながら私の詮索をしてくる藍。正直、物だったらどれだけ良かったか……。

「大丈夫よ、何かいやらしい物が仮にあったとしても、隠さず広げておいてあげるわ」

 開き直っていつものテンションでそう藍に言う。最近何かやけくそになるのが多くなっている気がするわ……。

「いや……流石に隠そうよ……というかセクハラに近いよそれ」

「新手の変態だね……見せる事で興奮する類の人と、同じ感じだ」


 酷い言われようだった。二人から容赦ない言葉を浴びせられるが、そんな事に動じる私ではない。


「週末が楽しみね。私、興奮して眠れなそうだわ」

「勉強会しかないのに興奮する意味が分からないよ……! 凄い行きたくなくなってきたよ!」

「えー……私行くのやめようかな……」

 相変わらず美紀はキレの良いツッコミをしてくるのだけど、こういう時の、藍の反応が割と本気で引いてる様に見えてならない。

「え、えーっと藍? じょ、冗談よ……念の為に言っておくけれど……」

 流石の私も少し動揺してしまった。こんなふざけたネタで誤解を招き友達を失いたくはない。

「もちろんわかってるってー! ほんの冗談だよー!」

「な、ならいいのだけど……」

 いや、冗談に見えないから言ってるんじゃない……。


 私が動揺するんだから相当本気に見えるって事を理解していただきたいわ……。

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