変態と全裸と、ときどき親フラ

 人はいつ死ぬかは分からない。それは誰だって同じである。

 突然の事故、病、報復等。中には回避できるものもあるかもしれないが、ほぼ不可能だろう。

 後悔なく死ぬことが出来るというのは、幸せな事であると思う。

 私には無理だろう、未練があり過ぎて現世に留まってしまうかもしれないレベルだ。

 後悔なく生きる、未練の無い選択を、日々していくことが出来たら。

 もしかしたら、それは凄く幸せな事なのかもしれない。


 ――先日、美紀が死ぬという何とも不愉快な夢を見て以来、今生きている幸せを実感している私。

 ただの平凡なこの毎日が、実は物凄く尊く、幸せなものであると。

 五体満足で、学校にも行けて、大事な人、友達が居て、怪我も病も無く生きている。

 当たり前と皆は笑うかもしれない、しかしこんな当たり前の生活がいつまでも続くとは、限らないのだ。


 あれから一週間程経った頃だろうか、私達は相変わらず一緒に居て、ちょうど授業も終わり帰宅途中であった。

「……暑いわ。これは地球に未来が無い事を予感させられるレベルね」

 開口一番申し訳ないが、それ程までにこの季節にしては暑すぎた。

 まだ五月後半、なのに三十度ぐらいはあるんじゃないかと思える。

「さっきから暑いしか言ってないよ姫華きはな……。確かに今日は、真夏日みたいな暑さだけど」

「もういっそ脱い……いえ、あまり変な発言は出来ないのを忘れるところだったわ」

「……どうしたの? とうとう自重し始めたの?」

「ふふ……意外と人間見られてるって事よ。あまり変な事をすると、変態のレッテル……いいえ、最悪軽蔑されかねないわ」

 徐に扇子を取り出し、扇ぎながら涼しげな顔で私は美紀に呟く。

「いやぁ、もう手遅れなんじゃないかな……姫華きはなの場合」

「何か言ったかしら?」

「いーや、なーんにも」

 私の台詞に、あからさまな態度を示す美紀。

「まあそれより……とりあえず、帰ってアイスが食べたいわ」

「そ、そうだね……」


 許斐家―自室


「いやー最高だわ! クーラー作った人を私は、誰よりも尊敬するわね!」

 家に着くや否や、すぐに自分の部屋に行きクーラーを十六度、風量強めでつけ始める。

「全く現金だなぁ……。そんな事より、部屋に入ってすぐ脱ぎだすのは女の子としてちょっと、どうかなと」

「しょうがないじゃない。暑いのよ」

 黒のブラのホックを外し、黒白の縞ぱんつを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿で堂々と立ちながら、淡々と呟く。

 汗ばんだ肌がエアコンの冷風に当たり、涼しく感じられた。

 控えめに膨らんだ乳房の先端が、ツンと上を向く。

 私はさらっと美紀の台詞を受け流す。別に異性が居るわけじゃないんだし、気にする必要もないでしょう。

「いや……だからって全裸は……。流石に下着つけようよ姫華……目のやり場に困るよ」

「特に下が……何もないからまる見えって言うか、その……」

 恥ずかしそうにそっぽを向いて、美紀が赤面しながら細々と呟く。

「えっ……もしかして美紀、そっちの気があったの?」

 わざとらしく挑発的な笑みを浮かべ、私は美紀を煽る。

「べ、別にそういうわけじゃないけどっ!!」

「ふふ……まあそれなら別にいいじゃない。むしろ美紀も全裸になっちゃいなさいよ、ええ! それがいいわ!」

「暑さで姫華が壊れちゃったよ……。そして私は全裸にならないよ! 一つの部屋に女の子が全裸で二人とか、どんなカオスな状況だよ!」

混沌カオスじゃないわ、むしろパラダイスよ! パラダイス銀河ー!」

 そう叫んで美紀に襲い掛かり、無理やり服を脱がそうと試みる。

「うわぁとうとう襲いにきたぁー!! ギャー! ちょっ!!」

 じたばた暴れる美紀に構わず、徐々に衣服を脱がしていく。

「ふふ……! 暴れると余計暑くなるわよ……!」

「いやそれ以前の問題だから! このままじゃ貞操すら危ういよ!! さっきまで自重がどうとか言ってた人の行動とは思えないよっ!!」

「私はありのままで生きるのよ!! 誰も私を止められないわ!」

「あぅっ……!」

 ――ブラを外し、零れんばかりの豊満な胸を露にさせ、ちょうど美紀をぱんつ一枚にひん剥いた辺りだった。


 突然、部屋のドアが開く。


姫華きはな、アイス持ってきたけど……」

「……あ」

 それは、義理の母だった。

 先程廊下でアイスがどうとか呟いていたから、気を利かして持ってきてくれたのだろう。

 思わず空気が固まり、沈黙する。私は目を合わせたまま、硬直していた。

 全裸の私が、ぱんつ一枚の美紀の上に馬乗りになっている、しかもベッドの上で。

 こんな状況で、どう弁解しろと……?


「ご、ごめんなさいね私ったら……ふふふふ……!」


 持ってきたものをテーブルに置いて、そそくさと扉を閉めた。

「普段は行為中は避けてたのだけど、今度からはもっと気を付けるわね姫華きはな

 それだけ言って、すぐさま階段を駆け下りていった義母だった。

「……どうしてくれるのよ」

「だから私かっ!」

「いつもだったらこの『タカトシ』みたいなツッコミで笑えるのに、今日は笑えないわ……」

「いや……全部自業自得だよ? なんなら私が一番の被害者ですらあるよ?」

 両手で胸元を隠しながら呟く美紀の正論が、心に刺さる。確かに、完全なる自爆である。

「暑さのせいにできないかしら……このままだと、変態って事に」

「ちょっと、待って。さっきのお母さんの口振りからすると、今までもそう思ってたような感じじゃなかった……?」

「た――確かに。じゃあ何、私は今まで美紀と部屋で遊んでいた時は、全部そういう事をしていたと思われていたの……!?」

 その事実に、私は思わず愕然とする。

 何てこと……今更だったって事なの……?

「あぁ……死にたい、死にたいわ……例えるなら少年が一人でしてる時に、親が部屋に入ってきた……そんな時の気持ちに近いわ」

 ベッドの上でうつぶせになり、絶望に瀕した私。

「うわっ何か凄い明確で分かりやすい……! と、とりあえず服着ようっと……」

 そんな私をよそに、そそくさと服を着始める美紀。

「というか今の姫華、お尻丸出しで、凄い間抜けな格好だから服着た方が良いよ……?」

「……分かったわ。下着は着けるわ……」

 先程の事もあり、流石に私は譲歩することに。

「あ、でも下着だけなんだ……って私のぱんつ脱がそうとしないでよ!! 自分のを穿いてよ!!


 ――四十分後


「……アイス、おいしいわね……ぺろぺろ」

「いや、そんな死んだ魚の目で言われても……。というか、擬音をわざわざ言わなくていいよ」

 あれから少し経って、私達はとりあえずシャワーを浴び、さっぱりしてから部屋着へと着替えていた。

 もちろん、美紀とは別々にシャワーを浴びたのは言うまでもない。

「それにしても……凄いよそよそしかったね……」

 シャワーを浴び終え、あらかじめ家に置いていた自分の部屋着に着替えた美紀は、苦笑いでそんな事を呟く。

「あの、一緒に入ればいいのにオーラが凄かったわ……。あの誤解は、当分解けそうにないわね……」

「何言っても流されちゃったもんね……これは深刻だよ」

「全く、どっかの誰かがふざけたことをしなければ……」

「いや、姫華だからね?」

 冷静な美紀のツッコミに、私はわざとらしく謝る。

「すいません私がやりました。反省はしていません、後悔はしています」

「いや反省してよ! 後悔だけとか性質たちが悪いよ!」

 流石美紀、こんな状況でもツッコミの切れは鋭い。

「さて、美紀のツッコミの切れ味を確かめた所で……とりあえず、考え疲れたから寝るわ」

「全然意味が分からないよ……確かに眠いと言えば眠いけど……また誤解を招くと思うよ?」

「いや、もう手遅れよ。もういっそ見せつけてやればいいわ」

 開き直った私の提案に、美紀が再びツッコミを入れる。

「何で姫華がやけくそになってるの!? そして何で見せつけなくちゃいけないのさ! 事実にするつもりはないよ!」

「お前先輩に向かってなんて口聞いとんねん! 勝俣ちょっとこいつ教育しとけ!」

「突然和田アキ子のモノマネされても対処に困るよっ! しかもそんな似てないし、タカトシといいチョイスが渋いんだよさっきから!」

 突然の物真似にも対応する美紀、芸人の鑑ね。

「ふふ、流石美紀……それじゃ一緒に寝ましょう」

 そう言いながら布団を広げ、さりげなく誘ってみる。

「はぁ……もうツッコミ疲れたよ」

 そう言いながら、まさかの布団に入ってくる美紀。

 あれ? ここはノリツッコミが来るかと期待していたのだけど……。

「おやすみー姫華」

 そう言って、本当に眠りに入った美紀。

「え、えー……これは予想外だったのだけど……。でもあれよね、据え膳食わずはなんとやら……いてっ」


 ふざけてそんな事を言って行動を起こしてみたものの、すぐに殴られた事は、言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る