第20話:婚約破棄無効

神暦3103年王国暦255年3月5日17時:ジャクスティン視点


 俺様とリアムの交渉は激烈を極めた。

 実際に戦えば俺様の方が遥かに強いのだが、リアムも強かだ。

 こちらの弱みを執拗について利を得ようとしてくる。


 特に長年の友情、戦場での思い出話をされると困る。

 初陣前後の若さゆえの過ちを突かれると、言葉に窮する事もある。

 前世の記憶と知識を思い出す前なら平気で無視できたのだが……


「こちらの願いを聞き届けてくださった公王陛下には、感謝の言葉もありません」


 リアムの奴、俺様に無理難題を押し付けたくせによく言う!


「伯爵の強硬な交渉には正直怒りすら覚えたぞ!」


「何を申されますか。

 公王陛下が強敵に敬意を払われる事は、何度も戦場を共にした私が誰よりも知っております。

 陛下に評価してもらうためには、少々強硬な手段を取ってでも、厳しく戦うのが一番でしょう?」


「昔馴染みの戦友ほどやり難い相手はいないな」


「そのようにお褒めいただきますと、才なき身としては恐縮するしかありません」


「リアムに才がなければ誰に才があるのだ、重ね重ね腹の立つ奴だな!」


「仲良く会話されている所に申し訳ないのですが、急いで女王陛下に報告しなければいけませんので、取り急ぎお礼を申し上げさせていただきます」


「別にマーガデール男爵のお礼を言われる事はしていないぞ」


「とんでもございません。

 公王陛下がオメガ落ちした私の子供を救うために、公国内での新婚期間を一年にまで短くしてくださった事、感謝してもしきれません」


「余は孫で、マーガデール男爵は息子だが、愛する者がオメガ落ちしてしまい、王家に奪われる苦しみは分かる。

 王家に差し出すために拉致したのは俺様自身だが、弱肉強食はアルファの掟。

 今度は立場が変わったから少し配慮しただけだ。

 礼など不要だから、直ぐに王城に行って子供を取り返してくるがいい。

 男爵の子供が戻らない限り王女との結婚は行わない」


「ありがとうございます。

 無礼は重々承知しておりますが、これで失礼させていただきます」


「ああ、愛する子供の為だ、無礼くらい笑って許してやる」


 俺様がそう言うと、マーガデール男爵は小走りに会場を出て行った。

 立食式の無礼講に近い晩餐会とはいえ、流石にやり過ぎだ。

 俺様の家臣達が厳しい目で見ているが、俺様が良いと言ったら許されるのだ。


「随分と丸くなったな。

 今まで一度も負けた事になくて傍若無人だったジャクスティンも、愛する初孫がオメガになってしまったら、他人に優しくなるのだな」


「俺様が以前から勇士には敬意を表すと言っていたのはお前自身だろう!

 マーガデール男爵はオメガ落ちした子供のために勇気を示した。

 多少は敬意を払って手助けしてやる。

 俺様より遥かに弱い女王にも、王家を護ろうとする気概があったから、王家が続くように手助けしてやったのだ。

 今回も三人の顔を立てて婚約破棄を無かった事にして、公国での新婚生活を一年間に大まけしてやったのだ」


「大まけしてくれたのは助かったが、女王への最後の温情なのだろう?」


「当たり前だろうが!

 あれだけ無礼な言動繰り返した王女に怒りを覚えていない訳がないだろう。

 正式な結婚と言いながら、ジェネシスを性奴隷扱いするようなら、その場で首を捻じ切ってやる!」


「そんな事だろうと思ったよ。

 女王に配慮せずに王女を殺せるように結婚を認めるか。

 恐ろしいね、恐ろしい。

 ジャクスティンを本気で怒らせる奴は馬鹿だな」


「ふん、最近は外国の連中も大人しいからな。

 本気で暴れる事もなくなった。

 それに、新しく変化するアルファの連中も随分と大人しくなった」


「それりゃ当然だろう。

 ジャクスティンがアルファに成った直後は、才能あるジャクスティンを若い内に殺そうと年配連中が殺到した。

 ジャクスティンもあの頃は才能だけで実戦経験がなかったし、今のように激しい鍛錬や魔石喰いの上積みがなかった」


「ふん、昔話など聞きたくないぞ。

 それよりも王女を殺した後の話しをしたい」


「……ジャクスティンの中では王女を殺す前提なのだな」


「別に殺したくて殺すわけではない。

 あの王女の性格なら、俺様に隠れてジェネシスを性奴隷扱いするのが目に見えているだけだ。

 そうなったら王女を殺す以外に番の印を消す方法がない。

 だから王女を殺すしかないのだよ」


「俺もそう思うし、女王もそう考えていた。

 悪いが女王から王女を抑えるように頼まれている。

 一年間ここに居させてもらうぞ」

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