第10話 どんだけコンテナから出たくないの?
「立ち話もなんだ、近くに屯所があるから良かったら来ないか? 夜出歩くのは危ないし、子どもにも休憩が必要だろう?」
こんな誘いもあったので、僕はひとまず駐在さんの住む屯所に行く事にした。
ずっと歩きっぱなしで膝部アクチュエータが悲鳴を上げているし。
言われた通り、少女も休ませてあげないとね。
そうしてほんの少し歩くと、またあばら家があって。
どうやらここが屯所らしく、駐在さんに中へと案内してもらった。
すると、思いがけない物が目に入る。
「えっ、あれって……ヴァルフェル!?」
なんと建屋内の壁際にヴァルフェルが置かれていたんだ。
当然の如く転魂装置も一緒に。
ただ、型はとても古い。
確かこのタイプは初期量産型で、転魂二回しか出来ない機種だったはず。
なんだってこんな物がここに……。
やっぱり獣魔が近くに根城を張っていたから配備されたんだろうか。
にしては型が古すぎるよなぁ。
「ああ、この村を守る為に使っている物だ。賊や野良獣魔を追い払うには丁度いいんでね。村の外側にも動体センサーを設置していて、すぐに侵入者の情報が来るようになっている」
「寂れていると思ったのに随分と入念な警備システムだなぁ、すごいや」
おまけに警備システムも都会人でさえビックリの仕様ときた。
こんなに厳重な村があるなんて初めて聞いたよ。
まぁ確かに、獣魔が現れてから世界的に治安が悪くなったって聞くし、仕方ないのかな。
「さて、自己紹介が遅れたね。私の名前はフェクター。この村の警備を任されている者だ」
「あ、僕はさっき紹介した通り、レコって言います。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
その警備システムを引いたのはきっとこの人自身なんだろうな。
とても真面目そうだし眼鏡かけてるし、話し方が丁寧で眼鏡クイッてしてるし。
「で、さっきの話の続きだが……実は、私達には食料の備蓄がそれほど無いんだ」
「これだけの大きな畑を持っているのに?」
「……そうさ。なにせ今、この村にいるのは老い先短い年寄りばかりでね。みんな自分の分を確保するだけで精一杯なんだ。私も手伝ってはいるが、そう上手くはいかない」
「そうだったんだ」
ただ、こうして話している時はとても元気が無さそう。
きっと今日も農作業をして疲れているんだろうか、こう話している時に床へと腰を下ろしていて。
半分気だるそうに肩を回しつつ、僕に相槌の手を挙げてくれた。
「でも子供は余計に食べるものだからね、その分の食い扶持が増えてしまうと、私達は冬を越せずに飢え死にしてしまう。だから引き取りたくても出来ないんだ」
「それなら皇国に援助を求めたらどうなんです?」
「そうもいかない訳があるのさ」
「訳……?」
それに生活もあまり恵まれていない様で、俯いた顔に陰りが生まれていた。
建屋の中は明るいんだけどね、どうにも影が深いよこの人。
相当苦労してるんだろうか。
そこでそんな顔を眺めやすくする為に、僕も床へと腰部を降ろす。
しばらくこうしておけば脚部もクールダウンして調子が戻るだろうし。
そのついでに少女を外に出してあげようと、片腕を背中に回す。
それで扉開閉ボタンを押してみたのだけど。
「ほら、出ておいで」
「そうは言うが、開いた扉がもう閉まってるぞ?」
「えっ?」
そう言われてコンテナ制御の部分を確かめてみたら、確かにステータスが「閉」になっている。
おかしいな、今開いたはずなのに。
壊れちゃったのかな?
そこでもう一度ボタンを押してみる。
そうしたらステータスが「開」になったのに、まーたすぐ「閉」になってしまった。
なのでムキになって何度ポチポチ押してもダメ。
毎回同じ事が繰り返されてしまって。
「なんなんだこれ……あ、あれ!? 『ロック』になった!?」
しまいには施錠されてエラー音だけが響くハメに。
状況的にたぶん、コンテナの中から操作してたんだろうね。
一体どうやってやったのかまではわからないけど。
「すいません、なんか出たくないみたいで……」
「はは、なら仕方ないな」
なんにせよ締め出されてしまった事に変わりはない。
拾った少女が引き籠りだったなんて聞いてないよ僕。
「とはいえ、少しくらいなら分けてあげられる余裕はある。といってもパン二個くらいだがね」
「貰えるだけでもありがたいですよ。渡せるようなお礼が無いのは心苦しいですが」
「気にしなくていい。困った時はお互い様さ。ちょっと取って来るよ」
「ありがとうございます、フェクターさん」
でもそんな彼女の為にと、フェクターさんが早速パン二個を用意してくれた。
疲れているだろうに、動かさせてしまって申し訳ないと心に思う。
で、今度は受け取ったパンとお水をカゴごとコンテナ前に寄せてみる。
すると今度は自分から扉を開いて、腕だけ伸ばしてパッと取ってすぐ閉めた。
君、どれだけそこから出たくないの……。
「よほどお腹が空いていたんだろう。少しでも足しになれば幸いだ」
「お礼くらい言えばいいのになぁ」
「構わんさ。それとここでエネルギーも充填していくといい。皇都に行くにはまだ一日以上も歩く必要があるだろうからね。人間なら、だけど」
「何から何まで申し訳ない……では、お言葉に甘えさせていただきます」
それでも嫌な顔をしないフェクターさんは本当にいい人だ。
食料どころか、こうしてエネルギーまで補給させてくれて。
「僕が何か手伝えることがあればいいんですが……」
「なら少し思い出話に付き合ってくれないかい? なかなか人に言えない悩みがあるものでね」
「それくらいなら喜んで! 本体の僕は聞き上手で有名だったくらいですから!」
そのお礼が話し相手ってだけなら、むしろ望む所だ。
僕も人と話するのは大好きな方だからね。
確か本体がお嫁さんを口説いたのも、悩みを聞いた末の事だったはずだし。
……口説くって意味が何なのかまでは憶えてないけども。
さて、フェクターさんの悩みって何なんだろうか。
やっぱりこの村の自給率に関してなのかな。
「……実はね、私はこんな服を着ているが、軍人でも兵士でもないんだ」
「えっ……?」
「脱走兵、なんだよ」
「なっ!?」
最初はそう軽く思っていたのだけど。
いざ語られた時、僕は絶句するしかなかった。
まさか、この優しいフェクターさんが脱走兵!?
そんな馬鹿な話、ありえる訳がない!!
――なんて反論する事さえとてもできなくて。
だって、こう語るフェクターさんは何か物悲しそうな眼で虚空を眺めていたから。
そんな悲壮感の溢れた様子を前に、耳を傾けずにはいられなかったんだ。
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