第44話 息子が偏食な話
最近、レシピを書いたエッセイを連載し始めたんです。で、今日もせっせとありとあらゆる野菜をみじん切りにして、カレーに仕込みながら思ったんです。
あたし、なんでこんなに手、かけてんの?
そう。それはひとえに子供が偏食なせい! 野菜と名のつくものは食べない!
……というわけで、バレないようにこっそり食事に忍ばせているわけで(聞いてるか、そこのキミ!)。
でもね、アメリカって別にいいんですよ。食育とかないし。ランチだってみんなクッキーとかチップスとかジュースとか持ってきてるし。サンドイッチだって、ピーナツバターとジャムはさんだやつとか。学校にあるミルクだって、「全脂肪乳、無脂肪乳、オレンジミルク、イチゴミルク、チョコレートミルク」が標準装備だし。
何なら学校で出してるランチメニュー、ド〇ノとか、ネイ〇ンホットドッグとか、タイ〇ンの冷凍食品ですからね?
好きなもの好きなだけ食べて、誰にも文句は言われない。栄養なんてクソくらえ!
テストの時は、先生がみんなにミントキャンディ配って、口をもぐもぐさせながらテスト受けさせますからね。大型のテストの前には毎回、「ミントキャンディ寄付してくださーい」っていうメールが来るくらいだし。
なのに、なんでこんなに躍起になって子供に色々食べさせようとしてるか。
それはね、幼少期のことがトラウマになってるんです。多分。
うちの息子氏、離乳食始めた時からとにかく偏食が激しくて。アメリカの離乳食って、小さなビンに入ったペーストを使うんですよ。前は日本でも売ってたんだけど、子育てしてる方はご存じかと思います。
アメリカ人、そのビンにスプーン突っ込んで、そこからじかに食べさせる。それがまあ、まずいのなんのって。
もちろん、私は一応、ビンから皿に取り分けて出しました。
でも、食べるわけないですよ。
ビンからだろうが、皿に入ってようが、まずいもんはまずい。
そこで仕方なく、普通の日本人のお母さんがやるみたいに手作りしたんです。子供の分だけ取り分けて、軟らかく煮て……みたいな。
でも、うちの子供たち、食べなかったんです。
娘は、フルーツをおかずにして白飯食べてました。
息子は、白飯をおかずにして白飯食べてました。
わかります? このシュールな感じ。
この、母の努力を全否定されたむなしさ(笑)。
でもね、まあ、娘はすくすくと育ちました。フルーツしか食べないなら、色んな種類揃えてやろうと思って、常に五種類くらいは用意してましたから。
けど息子。
そりゃね、白飯に白飯オンして、塩も醤油もかけずにそれだけたくさん食べられるはずもなく。
めちゃくちゃ痩せてました。
でも私たち、ドイツに住んでたんです。フライドポテトとか、パンとか、ソーセージなんかもとてもおいしかった。
まあ必然的にそういう食事が多くなっていきました。
けど、すぐにお腹がいっぱいになってしまうみたいで、ちょっとしか食べない。私も捨てられるのわかってて、手作りの食事を作り続けてました。
そんなある日、こんなことを言いだしました。
「スイカが食べたい」
当時、息子は三歳。極寒の2月です。
あるわけねーっつーの!
あちこち探しました。でもね、童話の世界じゃないんだからふつうに考えて、あるわけがない。大都会のスーパーならどうにかなるかもしれません。けど、私たちが住んでたのは田舎なんです。
無理。
そしたら息子は言いました。
「スイカ以外は食べたくない」
ええーーーーーーっ!
でも、所詮は子供。私も言いました。
「やれるもんならやってみろ」
どっちが勝ったと思います?
息子、食事をボイコットしました。
口にするのは牛乳のみ。どんどん痩せていきます。それで、こっちも焦って、チョコレートミルクをあげたりしました。アメリカではチョコレートミルク、健康的なものに分類されてますし。
で、そんなとき。
予防接種を受けなきゃいけない時期が来ちゃったんです。身長も体重も、もちろん平均以下。身長は仕方ないですよね? うちは、両親ともに小粒なんですから。
けど、問題は体重。前回よりも痩せている。で、医者は息子のおなかに注目しました。
「なんでこんなに痩せてるのに、おなかだけ出てるんだ!」
わかります、言いたいことは。
でもこれは、皆さんが思っているのとはちょっと違う。
遺伝です。
その証拠に、彼は私のお腹にいるときからエコー検査のたびに、
「なんでこの胎児はこんなにお腹が大きいんだ! こんなにお腹の大きな子供は見たことない!」
と、先生から言われ続けてきました。
実際うちの息子、めちゃくちゃ健康なんですよ。風邪ひとつひいたことない。いまだに熱を出したことが一度もない。
それでも先生納得しないんです。
一か月ごとに病院に行って、体重と身長をはかることを強要されました。ついでに、「病気かもしれない」と言われて、色んな病院に行かされて、何度も血液とられました。
けど、何の異常もない。そして、体重も増えない。
先生、焦ってました。
「何かおかしい。おかしいに違いない!」
その姿は、意地でも疾患を探しているようにも見えました。
でもねー、ないモノはないんですよ。
もちろん、栄養指導にも行かされました。
だから、無理なんだって。どんなに栄養指導したって、「スイカしか食べたくない」んだから。
必要なのはむしろ精神科。
……というのを病院で言いました。で、先生、キレました。
「虐待だ!」
はい?
「来月戻ってきたときに体重も身長も増えてなかったら、虐待として警察に通報する!」
ちょっと待って。
息子、健康なんですけど。
ミルクだってわざわざ農家さんに行って搾りたてのやつ、買ってるんですよ。アメリカの化学薬品たっぷりの牛乳とか、飲ませてないんですよ。あんまり太陽は出てないけど毎日外に出て日光浴びさせてるからビタミンDの値だって正常だったでしょ?
と言っても、無理でした。
なので、息子に言いました。
「頼むから食べてよ」
「えー。だって食べたくないのに」
「ママ、逮捕されちゃうよ」
仕方ないので栄養管理士に連絡をとりました。
「じゃあ、粉末のプロテインにミルクとバニラアイスを混ぜてシェイクを作って飲ませなさい」
……マジか。
でも、背に腹は代えられません。
息子に、「ミルクシェイクだよ」と言って飲ませました。
一口飲んで吐きました。
そして一言。
「これだったら、マク〇ナルドのシェイクの方がましだ!」
なに?
おまえは、マク〇ナルドのシェイクなら飲むのか!
そこで、決戦の日。
病院に行く前にマク〇ナルドに行きました。けれど、問題がありました。飲める、というのと、体にキープし続けることができる、というのは別問題。
息子、あそこの食事をするとおなかを下します。それでもシェイクを買い、車に戻りました。
受付を済ませた後、
「今だ! 早く飲んで!」
半分溶けかけていたシェイクを飲ませました。
「いい? どんなにお腹痛くても、体重はかり終わるまではガマンすんのよ!」
「わかった」
息子も涙目です。
「ママが逮捕されないように頑張る」
(だったらふつうに食事してくれ、と思ったのは私だけではないはず)
息子、がんばりました。
真っ青な顔して我慢してくれました。
結果は、先月よりも100g増えていました。
子供をはく奪されることは、どうにか免れました。
息子は診察室から出るなり、トイレに駆け込みました。
おそらく100g以上出したでしょう。
でもいいんです。バレなければ。
その翌週、アメリカ軍基地の食料品店でスイカを見ました。
ようやく、息子は食事を再開しました。
……というのがずーっと頭の中にあるんです。
で、息子は今どうなってるって?
ちょっと太り気味。
なんでこうなったかというと……。
スイカ事件のすぐあと、日本に行きました。
街を歩くだけでいいにおいが漂ってきます。見るものすべてが彩もよく、おいしそうです。いろんな種類のものがあふれています。恐る恐る食べてみました。そしたら、意外とおいしいものが多かった(言い方!)。
一か月で4キロ太って戻ってきました。
それでもやっぱり偏食はなおりませんでした。ただ、食べられる「量」が増えました。
今でもフライドポテトは、ファーストフードと、生のジャガイモから作ったものしか食べません。冷凍のものは食べません。
ファーストフードに行っても、食べるのはフライドポテトとホットドッグのみ。
サンドイッチは食べません。
食パンにはバターもジャムもつけません。
ピザは肉(サラミとかソーセージとか)が乗っているもののみ。
パスタは食べるけど、ラーメンは食べない。
息子は今でも、出された食事が好きではなかったら、食事を抜くことも厭わない。
それでもいいんじゃない? 今ではちょっと太ってるんだから。
そう思う自分もいるんです。なのにやっぱり、息子にはいろんな種類の食べ物を食べられるようになってほしい。
その甲斐もあってか、最近、少しずつ食べられる種類が増えてきました。
それがいいことなのか、無駄な努力なのかはわからない。
だって、偏食してたって健康に生きてたんだから。ここには、咎める人はいないんだから。
トラウマみたいになってるんです。
もし、痩せてしまったら。
無実の罪で逮捕されるかもしれない、大切な子供を取り上げられてしまうかもしれない、って。
もう大丈夫だってわかっているのに、「食べさせなきゃ」って思ってしまう。
そして、知ってしまったんです。
アメリカでは簡単にピザが手に入るけど、そうじゃない国もある。プエルトリコに行った時、ペルーに行った時。
彼はずいぶん痩せて帰ってきました。
「そんなところに行かなきゃいいんだよ」「今まで食べ続けてきたものがなくなるなんてありえないんだし」
多分、そうでしょう。
でも、万が一。万が一そうでなかったとき。
君たちが少しでも楽に生きて行けるように、という願いを込めて、母は今日も野菜を刻み続けるのです。
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