フツーに生きてるはずなのに、どうやらフツーじゃないらしい

月森 乙@「弁当男子の白石くん」文芸社刊

第1話 シュネバル

ちょっと昔。

長女は十歳でした。

とある国に行きました。


その地域に、「シュネバル」というお菓子がありました。スノーボール。雪玉、という名前らしいです。


 中世の結婚式の時に供されてきた伝統的なお菓子で、リボン状に切ったクッキーをぐちゃぐちゃに丸めて揚げ、表面にたっぷり粉砂糖をかけたものでした。娘の顔くらいある、その大きなボール状のものを買いました。


 娘がかじりつこうと大口を開けたら、口に入る前に、そのスノーボールが彼女の手から滑り落ちました。

 そこは坂道。スノーボールが転がっていきます。

「待てえええええええっ!」

 私は追いかけました。母は強いのです。人をかき分け、追いかけました。


 頃はクリスマス。たくさんの観光客でにぎわう中、

「待て! 待てえ!」

「ママ! やめて! お願い! もういいから!」

 娘が後ろで叫んでいます。

「待ってなさい! 今、ママがつかまえてあげるからね!」

「そうじゃないのおおおおお」

 転がるシュネバル。追いかける母。叫ぶ娘。


 人々は何を思ったか、道を開けてくれます。道を開けながら、笑われていたみたいだ、というのは、今になって思うこと。


 あけなくていい! あけなくていいから!

 だから、誰かそれを止めてえええええっ!


 坂はさらに急になり、シュネバルは加速します。


「まてええええええっ!」


 私は一体何を思って、追いかけていたのか。

 そのまま拾って食べるのか。拾った後で捨てるのか。

 でも、そんなことはこの際どうでもいいのです。


 とうとう、シュネバルはとまりました。


 すでに、人影はなくなっていました。街の外れに来てしまったのです。

 わたしはシュネバルを拾いました。


 勝利を手にした将軍の気分でした。


 片手にシュネバルを持ち、意気揚々と戻ると、誰かが拍手をしていました。そしてその拍手は次第に大きくなりました。


 わたしは拍手の意味もわからないままできてしまった花道を、一人、誇らしい気持ちで戻っていきました。


「拾ってきたよ!」

 旦那と娘の顔が見えたので、駆け寄りました。



 他人の振りをされました。


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