”友達クエスト”の少数派 ―フレンド数=強さのVRMMOで芋ぼっち美少女の世話をしたら「と、友達なんかじゃないもん……」とデレてきたので一緒に攻略しようと誘ってみた―
エピローグ 2 油断した時の不意打ちは僕に効く
エピローグ 2 油断した時の不意打ちは僕に効く
そうして僕はスマホを片手に、市役所前で待ち合わせをしていた。
五月中旬、心地良い風がふわりと耳元をすり抜けていく。
市役所前。ただし――時刻は夜七時。
高校生が出歩くには遅い時間だけど、深瀬さんが「太陽の光を浴びると灰になる……」と頑なだったので、市役所の夜間窓口を調べてこの時間に待ち合わせた。
ほんとは家が隣同士なので、一緒に出ようと誘ったけど……準備がある、らしい。
彼女、本当に来るかな?
と思ったけど、深瀬さんは約束は守るだろう。彼女はああ見えて、律儀な子だ。
ふぅ、と道中にある石のオブジェに腰掛けつつ、何となく辺りを見渡す。
週末のせいか、同僚を小突きながら行き交うサラリーマンの姿や、大学生くらいのカップルがすれ違っていく。
週末の飲み会を楽しみに、或いは今からデートを満喫しそうな男女を眺めつつ――、ふと。
自分は彼等のようにはなれないなぁ、とぼんやり思う。
他人と初めて齟齬を感じたのは、小学校低学年の頃だった。
明確な理由はない。
ただ、クラスメイト達がドッチボールをしながらけらけら笑い、先生に叱られて大泣きし、体育祭で優勝して笑う彼らが――僕とちがって心の底から100%、本気でそう感じているのだと、少しずつ、少しずつ理解した。
もちろん自分だって楽しい時は笑うし、悲しいときは涙を流す。
ただ、僕が本心から100%ドキドキするのは、読書やゲーム、或いは漫画といった、一人で自由に楽しめるものと向き合った時だけで……
他人と一緒に共同作業をした時、心の底から「楽しい」と思えた経験が、ない。
――他人が一緒にいると、心の何処かで必ず遠慮が生まれてしまう。
他人がいると、僕はその他人に合わせて必ず擬態してしまう。
みんなが楽しく笑っていたら、たとえ自分が楽しいとは思ってなくても、僕は楽しいのだと思い込むことが出来た。
誰かが悲しんでいれば、僕は50%くらい同調しつつ、残りの50%で(この場をどう収めようか、どんな風に励ましたら効率的だろうか?)と打算を立てることができた。
不思議なことに、僕が面向きの優しさを見せて励ますと、多くの人は自然と好感を持ってくれた。
僕には友達がいる。
クラスメイトとの関係も、良好だ。
先生の覚えもよく、成績もよく、問題行動も起こさない優等生――そんな自分に、時おり違和感を覚える。
……本当の僕は、疑り深く人間不信で、けど、そんな自分を見せたくないからニセモノの善意を演じている。
正体は、地球に混じった宇宙人。
もし本性がバレたら、僕は地球人達に追い立てられ、きっと居場所が無くなるだろう。
と同時に自分を隠している以上、僕は他人と、本当の意味で友達になったり、ましてや恋人なんて出来ないんだろうな……と、何となく推測している。
(普通の人って、どうやってあんな風に付き合ってるのかな)
役場前を通り過ぎるカップル。
楽しそうに、飲み会に向かうサラリーマン達。
買い物袋を抱え、自転車で帰宅する奥さんらしき人。
僕は彼等のようにはなれない。
その内側にはどうしようもない人間不信が根付き、人と会うときは必ず、うっすらと壁を作っているから――
「あ、あの……」
(おっと)
聞き覚えのある声。
僕はすぐさま不穏な思考を閉じる。
僕は彼女を不安にさせないよう、いつもの笑顔で振り返り――
息を飲む。
「…………」
「……ぅ。なに、かしら?」
――僕が知る深瀬さんは、いつも黒淵メガネに芋ジャージという、野暮ったい姿だった。
布団の上でもそもそ転がり、或いはパソコンデスクにかじりつくオタク系女子――人に寄っては、だらしない、はしたないと言うだろうけど、僕はその姿の方が、彼女の素顔が出ているようで好きだった。
の、だけど。
「……へ、変だった? ママ……お母さんが買ってきた服、なんだけど」
もじ、と彼女が人差し指を合わせて俯く。
その黒髪はいつもの寝癖や枝毛もなく、さらりと風に流され揺らいでいた。
鼻先に乗せた、シャープで知的に見える四角い眼鏡。
白くふわっとした春物のワンピースに身を包み、そっと耳にかかった髪を流しながら不安そうに僕を見上げている姿に、不可抗力ながら胸がざわついてしまう。
僕は、らしくもない地球人的な感想――可愛いな、という意識を抱く。
その「可愛い」は、普段使っている「可愛い」とは違う、けれど同じ意味を持つ「可愛い」。
思考が乱れる。
自分の鼓動が高鳴っていく。
深瀬ひなたは、良き隣人だ。
先生に頼まれたから一緒に冒険に出た、ゲーム上の知人だ。
そのうち彼女が重度の人見知りだと気付き、ゲームオタクだと知り。
彼女の部屋の片付けをしご飯を用意し、彼女の母親にもお世話になる間に、良き隣人――たぶん、友達という関係になったと思う。
――本当にそれだけ、だろうか?
「……あ、あの。蒼井君? なにか言ってくれないと、こ、困るんだけど――」
「あ、いや、その」
僕は普段、人の前で100%の自分をさらけ出すことが出来ない、けど。
彼女の前でだけなら素の自分に近いものを出せたし、なにより彼女と一緒に課題をクリアしていくのは、とても楽しかった。
それは、もしかしたら僕にとって――
「っ……深瀬さん」
いけない、と頭を振る。
これ以上、その思考を深掘りするのは不味い、と直感する。
そして僕は乱れた空気を立て直すため、いつものように、にこりと笑顔を作り上げる。
「深瀬さんは現実だと、普通の服も装備できるんですね……」
「んなっ!?」
「てっきり芋ジャージで来るかなって」
「そんなわけないでしょ!」
ぽこんと叩かれた。重い空気にならなくて良かった。
僕は人当たりの良い委員長であり、ゲーム仲間であり面向きの友達である――それだけの関係だ。
「ほら、行くわよ蒼井君。前歩いて」
「深瀬さん、先行ってもいいけど」
「あ、あっ、あたしがっ……人より前を歩けるわけないじゃない……!」
頬を膨らませ、ふるふると僕の後ろに引っ込む深瀬さん。
この調子では、役場窓口での交渉も僕一人でやることになりそうだ。
それでいい、と思う。
その方が、気が楽だ。
彼女と僕の関係は、それ位の方が心地良いし、僕は――人の面倒を見ている側に立っている方が、自分の本心を探られなくて済むから、楽だ。
そう思うべきはずなのに――
さっき感じた違和感は、何なのだろうか。
*
で、市役所に顔を出すと。
「中間試験クリア、おめでとうございます。レッドオーブのデータは今し方送信しました」
「市役所まで来て結局データ送信なの!? 役所暇なの!?」
「私も不要なお仕事だと思うんですけど、お上に逆らえないのがお役所なので……」
職員さんも呆れていた。
やっぱりクソゲーかも、と正直思った。
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