6-11 こ、これで勝ったと思わないことですわ!


「――という訳で、証拠を持ってきました」


 翌日の放課後。

 僕はお昼休みを利用し、例のゲーム内社長室にて黒服さんと対面していた。


 ”友達クエスト”運営ゲームマスターの一人だという黒服さんは相変わらず厳ついサングラスをしているが、顔がひきつっているのは僕にも分かる。


 その彼の前で、僕は”上映会”を行っていた。

 先日僕らが戦った、グリフォン戦を撮影した動画だ。


 凄かった。

 僕らが善戦する中、グリフォンは途中からAIとは思えないフェイントをかけ始め、大声にびっくりし閃光弾にひるみ、最後にはグリフォンですらない合成獣に変化したのである。

 最後は深瀬さんの渾身の一撃が決まったところで、強制ログアウト。

 ブラックアウトした瞬間まで、きちんと撮影されている。


 ちなみに撮影器具はパソコン内モニターではなく、僕の部屋そのものを撮影した外部カメラだ。偽造は難しい。

 まあそのせいで、ヘッドセットを被ったまま興奮してる僕の姿も丸々写っていて恥ずかしいけれど……


「あ、一応藤木さんが撮影してくれたグリフォン戦動画もあります。比較すれば分かりますけど、他の生徒の時にはフェイントしたり変身する挙動はありません」

「し、仕様だ。本ゲームはフレンド数が少ない場合に限り、ハードモードに移行する仕様なのだ」

「サーバー落ちによる強制ログアウトも仕様ですか? そもそも、プレイヤーによってグリフォンの行動が変わるのは、人によって中間試験の内容が違うってことになりますけど……」

「んぐっ」


 同じ学年、同じクラスなのに一人だけ試験問題が違う、というのは公になったら不味いはず。

 少なくとも――友クエ活動で無償バイトしたことを漏らさないで、と訴えていた黒服さんに、この意味は十分伝わるだろう。


 その気になれば動画をSNSにUPしたり、公式HPに問い合わせることも出来ると思う。

 ……けど、


「ただまあ。友達クエストはまだβ版ですし、これってバグかなとも思ったんですよね」

「……なに?」

「なので僕としては、中間試験に不具合があったことと、試験の合格さえ貰えたらそれ以上のことは特になくて……」


 正直、SNSに上げて炎上事件にするとか、好きじゃない。

 下手すると深瀬さんに迷惑をかけるので、この話で追い詰めよう! なんて気はないのだ。


 なので、バグとして手打ちにしてくれません?

 と、暗黙のお伺いを立てる。


 黒服さんが押し黙った。

 腕組みをし、沈黙を保ったあと……そっと、サングラスを押し上げる。


「確かに……これは明らかなバグのようだ。本件については運営側の不手際とし、対策をさせてもらう」

「ありがとうございます!」

「ただ代わりに、本プロジェクトは政府公式の――」

「ああはい、動画は削除しておきますので」


 まあ僕は地味に人間不信の気があるので、動画のバックアップは保存するけど公開はしない予定だ。


 こうしてすんなり脅迫……じゃなくて和解が成立し、僕は丁寧に一礼をした。

 無事にクリアだ。

 期末試験ではまた別の課題が出るだろうけど、その時また対策を考えればいい。




 という事で、あとはログアウトし、彼と別れるだけなのだけど。

 ……一つだけ。

 個人的に、どうしても伝えたいことがある。


「あのぉ」

「何だね? これ以上何かを要求するなら、こちらにも考えがあるが」

「あ、そうじゃないです。試験とは関係ない話なんですけど」


 ……僕は基本的に、余計なことは言わないようにしている。

 そんな僕としては珍しく――つい、言葉が漏れた。


「グリフォン戦、バグはありましたけど、すごく、楽しかったです」

「……は?」

「一戦目も二戦目も、お互い火花散る戦闘! って感じで、あんなにドキドキしたのは久しぶりでした。あくまでバグでしたけど、死力を尽くした感じがあって、ほんと面白かったんです」


 僕はスポーツは好まないけど、激戦や接戦になると熱くなるのはわかる。

 敵が強いと燃えるし、その強敵を友達と一緒に倒した!

 っていう快感は最高だと思うし、そんな経験ができたのは――彼等が友達クエストという、面白いゲームを作ってくれたからに違いない。


「この前はフレンドシステムについて問題あるって言いましたけど、でも僕、友達クエスト自体は好きです。僕が単にゲーム好きっていう理由もありますけど……このゲーム、自由度がすごく高いですよね」


 開発者の意図としては、色んな方法で友達を遊んでくれ、という意味だろうけど。

 それでもゲーム内で建築物を作り、釣りをし、のんびり山道を散歩し、戦闘もダンジョン攻略もできる、と、本当に幅広く楽しめるのだ。

 しかもその全てが、友達クエストというメタバース空間で行えるのだから、本当にすごいし、ゲーム単体としてやり応えがある。


「あとこの半没入システムのVRヘッドセット、本当に凄いと思います! これ皆さんで開発したんですか?」

「いやそれは、とある天才科学者が作ったのだが――」

「じゃあその人にも是非お礼を伝えてください。楽しかったですし、これからもよろしくお願いします、と。まだゲーム内に結構謎もあるみたいですし」

「っ……」


 卒業までに魔王を倒す――学校授業の一環として続く以上、まだまだお世話になることだろう。


 謎もまだある。

 湖底に隠された白い城。

 モンスターが出現しない不思議なササラ山の存在価値。

 なにより深瀬さんが手にした【拒絶の剣】――友達クエストの趣旨に反するアイテムが実装されている理由――


「では、失礼します」


 僕はもう一度彼に一礼し、ログアウトを選択した。

 彼の姿がふっと消え、現実の進路指導室へと戻ってくる。


 担任の先生にヘッドセットをお返ししつつ、次はどんなクエストが来るのかと――

 ほんのり期待しながら、お昼休みの進路指導室を後にした。


*


 その彼が消えた後。

 一人残された黒服男の傍で、がちゃん、と硬いものが落ちる音がした。


 【偽装同期エラー発生】

 【モーションセンサーが外れています】


 吐き出されたエラーコードと共に黒服の姿が消え、代わりに、彼の本当の姿が再構築される。


 一目で外国人とわかる白い素肌に、小さめの背丈。

 白銀の髪はツインテールでまとめつつも、ちょっとおデコが出ているのが可愛らしい少女。

 その背丈に似合わない、床まで付きそうな長い白衣を着込んだ彼女が、がんっ、と机を蹴飛ばして。


「こ、ここ、こっ……これで勝ったと思わないことですわ――――っ!」


 誰にも聞こえない叫びとともにもう一度机を蹴飛ばし、足の小指をぶつけて悶絶した。



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