5-6 何それ―――――!
グリフォンの巨大なかぎ爪が深瀬さんに迫ったその時、僕はとっさに大声を上げていた。
「ログアウト!!!」
「っ!」
彼女の姿がふっと消えた。
ログアウト時の待機状態――丸い玉ころになり、地面に転がる。
本来なら無防備になるログアウトだが、一つだけ利点がある。
当たり判定が小さいのだ。
お陰で深瀬さんの上半身へと命中しかけた大爪が空振りし、グリフォンが転がった球を飛び越えていく。
直後、彼女が再ログイン。
「ちょ、避けたけど今のいいの!? グリッジくさくない!?」
グリッジとはゲームの不具合やバグを意図的に利用する不正行為のことだ。
まあ強制ログアウト状態にして当たり判定を小さくしたのは、インチキくさいけど……
「まあ、使えるものは使ってでも勝つのが、僕の主義なので。それより、敵の攻撃パターンが変わったみたいだよ」
グリフォンが再び空を飛び【ゼクスサンダー】を放つ。
さらに空中から飛びかかり攻撃を仕掛けてくる。
HPが10%を切ったことで、遠距離・近距離両方の攻撃パターンを織り交ぜたようだ。
(そういえば動画だと、10%切った辺りでグリフォンが気絶して、一気に仕留めてたっけ。パターン変化を見れてなかった)
けど、前回のガーゴイルのような理不尽さはない。
現状の攻撃パターンを足しただけだ。
「深瀬さん。空中から打撃に移るコンボは増えましたけど、行動パターン自体は変化がないみたい。分かってしまえば、避けにくい攻撃はないと思う。あと少しだから、がんばろう」
「う、うんっ」
むしろ魔法攻撃が増えた分、僕らが落ち着ける時間が増えた。
冷静に、着実に隙をつけば、勝てることに変わりはない。試験問題でいうなら応用編だ。
そう計算しながら、ふと――
僕は、自分の口元がうっすらと綻んでいることに気がついた。
(ああそうか。僕、すごく楽しんでるんだ、この戦闘を)
教室での僕は、いつもサポート役に回っていた。
クラス委員長として。先生の言うことを良く聞く真面目な生徒として。その場の空気を保つため。
文化祭や体育祭でみんなが協力できるよう立ち回りつつ、僕自身もヘイトを買わないよう、場にそぐわない態度を取らないよう心がけてきた。
それは他人とのズレをうっすら感じている僕にとって、必要不可欠なことであったけれど――
無意識のうちに、そんな自分に窮屈さを感じていたのかもしれない。
その抑圧感が、今は、ない。
グリフォン討伐は、僕の成績のため。深瀬さんのクリアをサポートするため。
理由はあるけど、同時にいまの僕は、素直に、一つのゲームを攻略するプレイヤーとして楽しんでいる。
素直に楽しめるのは、きっと、深瀬さんと一緒にいるからだろう。
(深瀬さんのサポートのために、僕がいるのも本当だけど。僕自身も、彼女と一緒に戦えるのが、楽しいのかも)
深瀬さんは――本人には言えないけれど、隙だらけな女の子だ。
よく勘違いして早とちりして、すごく怖がりで口が悪くて。
正直、この子大丈夫かな? と思うことはよくある。
けど彼女がすこし抜けているからこそ、僕は自分でも珍しいくらいに素を出せて、彼女と一緒に戦える――
くすりと笑いながら、僕はちまちまと敵のゲージを削っていく。
5%。
土曜日の、長い中間試験が終わりを迎える。
4%。
深瀬さんもここまで来て、ダメージを負うような無茶はしない。
堅実に、けどその口元にうっすら笑みを浮かべながら、討伐の瞬間を目指している。
3%。
宣言通り、ジャイアントキリングに王手をかけた。
最初は単なる手伝いのつもりだったけど、今は成績なんか関係なく、彼女と一緒にこの敵を倒すのが、本当に楽しい。
2%。
そう。終わるのが、ちょっと勿体ないくらいに。
1.0%
0.8。
0.5。
赤く染まったゲージが空に近づき、行ける、これは倒せる。
そう息を飲んで、最後の一押しの【爆炎弾】を投擲した、そのとき――
ぷつん
「え?」
画面がブラックアウトした。
”友達クエスト”の世界が消失し、アイテム欄やステータス表示ウィンドウも全てが消失。
ブラックホールに飲まれたかのように、世界が暗闇に包まれる。
なんだろう、これ。……撃破演出?
いやでも、敵の撃破演出もないし深瀬さんの姿もない。
自キャラの動作指示を出しても、うまく動かない。
っていうか、ヘッドセットと……感覚同期がされてない?
……え。バグ?
「???」
やむなくヘッドセットを外す。
パソコン画面に目を向けると――
【ゲームサーバー内でエラーが発生しました
強制ログアウトされました
しばらく後で再度お試しください】
その一文に、ぽかん、と僕が呆けたその時、
「はああああ―――――!? 何それ―――――!」
隣の部屋から、バカでかい悲鳴が響いてきた。
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