幕間2 深瀬ひなた、わんわんする
「んはぁ~……」
ママが帰宅した後、あたしはタオルケットに抱きつきベッドにころころ転がっていた。
MP回復のためである。
MPっていうのは精神力、心のエネルギーのこと。
あたしの場合、家族以外の人と会うだけでまず10000くらいの初期ダメージを受けた上、そこから猛毒作用で毎秒最大MPの250%ずつくらいダメージを受けてしまっていつでも致命傷なので、人と会ったその日はお布団に潜り込んでタオルケットに抱きつかないと死んでしまうのだ。たぶん。
世の中には人と会うとMPが回復するチート能力持ちもいる(しかも結構多い)みたいだけど、あたしには無理だし、人とあった後は誰にも知られないよう、こうして冬眠中のクマみたいに丸くなるっていうか冬眠したい。
まあ……蒼井君は、まだ、毒ダメージが低い方だけど。
「はあぁ~……」
丸まりながら、廊下で聞こえた話を思い出す。
「ひなたをよろしくね」というママと蒼井君の言葉は、もちろん聞こえていた。
昔から地獄耳というか、誰かが自分の悪口を言ってるんじゃないかな、っていう警戒心のせいか自分に関わる声はいやでも耳についちゃうし、気になってしまうのがあたしの癖だ。
――昔から、人が怖かった。
人があたしに聞こえないよう話をしているだけで「もしかしてあたしの噂をしてるんじゃ……?」と勝手にいやな想像をしてしまう。
空気も怖い。
みんなが当たり前のように出来ていることが不器用なあたしにはできなくて、でもそれを隠そうとあたふたしている間にだんだん追い詰められて、空気を汚してしまうんじゃないかと怖くなる。
みんなに変な目で見られるんじゃないか。
あたしは何もしない方がいいんじゃないか、っていうか居るだけで存在自体が迷惑? みたいに思われてるんじゃないか、なんて考え始めてしまうともうダメだ。
そこからどんなに頑張って笑おうとしても、金魚みたいに口がぱくぱく動くだけで「あの、その」となってしまい、どうにも喋れなくなってしまう。
一応、弱点を克服してみようとは思った。けどダメだった。
ネットで自己嫌悪が強い人について調べると「他人と自分を比較しない」とか「等身大の自分を受け入れてあげましょう」なんて自己啓発文がよく出てくるけどそんなもので解決したら苦労しない。
……そんなに、弱点って克服しなきゃダメなもの?
自分一人だけ未進化ポ○モンやってたら悪いの?
進化してなくても奇跡持ちポリ2自己再生で引きこもってもいいじゃない……
「…………」
頭のなかでぐるぐる嫌悪感を回しながら、スマホを開く。
”友達クエスト”公式HP。
ママがこの話を持ってきたのは、今年二月のこと。
試験運用されてるこのゲームには、もう一つ別の目的がある。
全国に十万人以上はいるらしい、引きこもり自立支援策の一環だ。
不登校者への自立支援策というのはあたしが知る以上に色んなことが行われてて、最近だとオンライン登校が出席代わりになる学校もあるらしい。
そのオンライン登校もダメなら最新のVRゲームで……という発想を、政府の偉い人が思い付いたらしい。
ちなみにあたしが良く見る引きこもり系まとめ記事では非難ごうごうだった。曰く”友達押しつけゲーム”だの”オンライン公認いじめゲーム”だの”ぼっち絶対殺すクエスト”だの。
っていうか政府指定じゃなくてそれ普通に他のネトゲで仲良くなればいいよね? 正直あたしもそう思う。
参加を希望した。
罪悪感があった。学校に行ってない、という、どうしようもない常識人としての後ろめたさがあった。
ママは強くは言わないけど、心配はしてると思う。
もちろんママの入院が重なってしまったり、その時期にあたしが苛められたりと色々重なったのも事実だけど、でも……
何もしない、っていうのも、やっぱり不味い、って思ったのだ。
だから形だけでも参加しようと思ってお願いし、友クエ運営から学校に話が進んで――その初期サポートとして、相方がつけられた。
(その相手が男の子で、たまたま、隣の家ってのはびっくりしたけど……でも蒼井君でよかった、かも)
蒼井君は気遣いの塊みたいな人間だった。
あたしがバカミスしても笑ってくれる、一緒に解決策を考えてくれるし……
なにより、彼は強要してこない。
――あたし達、友達だよね?
なんていう、脅迫めいた言葉で迫ってこない。
それどころか、過剰なまでに遠慮してくれている。
スマホを開く。
彼から届いたフレンド申請は、宙ぶらりんのままだ。
いつでも良いと言われた言葉に甘えて、返事を保留している。
(友達。友達。でも……)
どう考えても、あたしと蒼井君は、友達、という関係には遠かった。
だって友達というのは普通カラオケでうぇいうぇいして、帰宅中にファストフード店でポテトを囲って実のない話に盛り上がるような関係のはず。あたしにそんなムーブが出来るとは思えない、よって友達ではない。
……じゃあ、あたしと彼の関係って何だろう。
彼は何で、あたしに付き合ってくれるんだろう?
先生に言われたから? 放っておけないから? 或いは――
(もしかして……子供扱い、とか……?)
ワガママな犬か猫がわんわんきゃんきゃん吠えてくるから、仕方なく餌を……餌?
あれ。あたし、実は人扱いされてないのでは?
(でも、よく考えたら家の掃除してご飯貰って喜んでる、って、ペットとご主人様の関係じゃない!?)
それはフレンドでなく愛玩動物である。
そんな馬鹿な。そんなはずは。蒼井君はいつもニコニコしてるし、そんな邪な考えは……
で、でも少女漫画だと、ああいう優男に限って、女を飼いたいっていう欲望があったり……
(うああ、どうしよう。犬だったらどうしよう)
一度考え始めると、とことん妄想が突っ走るのがあたしの癖だ。
真夏の入道雲のように不安がむくむくとわき上がり、限界を超えて膨れあがった末に爆発する。気になったらもう止められなくて眠れなくなる。
不安に突き動かされ、あたしは友達クエストを起動し、こっそり、ダイレクトメッセージを入力する。
『蒼井君。あたしのこと、犬だと思ってる?』
それから返事が怖くてふて寝した。
で、翌朝目を覚まして思ったのだけど。
「???」
犬だと思ってる、って一体どういう質問……?
あれよね、寝る前に送る文章って頭がおかしくなってるから一回見直すべきだと思うのに、深夜テンションで送っちゃって、あとで自分の馬鹿さに後悔するやつだわ……。
あああどうしようゲーム起動したくないぃ~返事どうなってるんだろう~もうあたしのバカ、と朝七時からもぞもぞして、返事見るのが怖くて現実逃避によーつべ見て、そのうちお腹がすいたので朝食のパンをもさもさ食べる。
気晴らしにココアんで、ママに『蒼井君に、あたしのこと犬って聞いて嫌われないかな』と意味の分からないメッセージを送ってから、結局スマホで友クエを起動した。
返事がきてた。
ドキドキしながら、開く。
『犬というのは分かりませんけど、ご飯を美味しそうに食べている姿は可愛いなと思いました。あと、夕食のししゃも美味しかった、とお母さんに伝えてください。昨夜はありがとうございます』
微妙に気遣われてる感満載の返事!!!
あああ、とあたしは結局寝転んで、なんかごめんなさい、って気分になって……
でも。
「……か、可愛いって思われてるなら、まあ、いいか……」
少しだけ頬が緩んで、よし今日もゲームしよっ、と起きたその時、運営からメッセージが届いてるのに気がついた。
【チュートリアル:警告 本ゲームは友達を作らずプレイすることを推奨していません】
【運営からのお知らせ:レイドボス グリフォン討伐開始予定についてのお知らせ】
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