後見人

「終わったか。いいや、終わらしたというべきか」

 クロス党首が呟いた。会食で私が辞任すると伝えた時だ。この会食は何度目だろうか。

 もう後、数えるくらいしかしないであろう。


 そう考えるとこのストレスフルな会食でさえ、懐かしく感じる。

「はい。議長をやめます。引継ぎとフェーニング連邦準備委員会の発足が完了し次第、辞任するので、大体一か月後くらいかと」

「選挙までにはやめる算段か」

「…国民の付託を得る選挙なのですから、新しい政権候補の下行われるべきでしょう。選挙が終わってから辞任というのは流石に品位がなさすぎます」

「それもそうか…。君が辞任してから、保守党の予備選か…これは大分カツカツなスケジュールになりそうだ」

「それは申し訳ないとしか言いようがありません」

「全くだ。若い人間だからか、それとも君だからか。君には随分と振り回された。やりたいことをやる人間だったようだからね」

「…今まで大変お世話になりました。クロス党首の後ろ盾がなければ、今日までのウォール政権はありえませんでした」

 私は立ち上がり、クロス党首に深々と頭を下げた。


「うむ…。やりたいことはやれたかね?」

 私は顔をうつむき考え答えた。

「はい。フェーム帝国からユマイル民族戦線を守り、ネルシイ商業諸国連合を引き込み、悲願だった大陸統一に道筋を付けました。私は議長として、人間が人間らしく生きられる豊かな社会という理想に、この国と大陸を近づけました」

「それは素晴らしいことじゃ。君を議長に推薦した甲斐があった。君のような若い力が、この硬直していたユマイルに必要だったのだ」

「…ありがとうございます。そう言っていただけるのはとても幸せです」

「君の行いが正しかったかどうかの客観的証明は歴史がしてくれる。それに、大陸統一の経済的恩恵が得られるのはあと何年か待たないといけないだろう。今はむしろ戦火と軍拡による負担の方が大きい気がする。経済成長をしても富が偏りすぎぬよう再分配をしなければならない。実際に民が豊かさを実感できるのはまだ先だ」

「先は長そうです」

 私はうんざりしてつぶやいた。これからのフィール優先委員長のストレスを考えると、私までお腹が痛い。


「その『フェーニング連邦準備委員会』の構築は順調なんだろうか?」

「もちろん。フェーニング連邦準備委員会優先委員長のフィール・アンブレラが頑張ってくれていますよ。彼女はとても優秀です」

「『フェーニング連邦準備委員会』がその大陸統一国家の礎になる。彼女が君の後継者ということでいいのかね?」

「ええ。その通りです。これからの大陸統一国家建国という難しく、相互理解の必要な作業をこなすのに適任な人物です」

 クロス党首がため息をつく。

「しかし、実際にフェーニング連邦が誕生するまでフェーニング連邦準備委員会優先委員長とユマイル民族戦線議長が並立することになる。連携が取れなければ悲惨なことになるぞ」

「そのことなのですが、私はウージ財務部長を次期議長に推薦しておきます。彼は大人です。フィール優先委員長とも面識がありますし、空気を読んで協調してくれるでしょう」

「君が議長を続けるのではだめなのか?」

「私ではだめです。私はもはやユマイルのナショナリストになってしまいましたから」


 私はバックに手を入れ新聞を取り出した。保守党系の新聞である。クロス党首に手渡す。

 クロス党首はざっと目を通してやめた。おそらく彼もこの新聞をすでに読んでいたのだろう。

「保守党系の新聞は君を宿敵フェーム帝国を滅ぼし、ユマイル主導の大陸統一を実現した愛国者だと持ち上げているな」

「逆に労働党系の新聞は相変わらず狂信的ナショナリストだと。さらに困るのはネルシイ商業諸国連合でも労働党系の新聞に近いような私の評価がなされている点です。ネルシイで反ユマイルが高まり造反されれば、それこそ大陸統一は破滅です。強力なリーダーシップの時代は終わり、今は融和政策が必要ですから。もう私の時代は終わりました」


「それにしてもウージ財務部長か…」

「彼はこれと言って政治思想がない実務家です。流石にエマリー軍代理を議長にするわけにもいきません、軍人ですしネルシイの反ユマイル感情が悲惨なことになりますよ」

「それもそうだなあ」

 クロス党首はうなって

「ともかくとして、ウォール議長が次期議長にウージ財務部長を推すのは保守党内に共有しておく。だが、保守党議長候補は予備選で決まるから何とも言えない」

「わかっています」


「…諜報長官の後任は最後まで選出しないのか」

「ええ。それは次の政権に任せます」

「リナ諜報長官の死がショックだったか」

 私は何も言わず黙ってしまった。

「いや、いい。君は頑張った。ここまでやったのだから、もう考えなくていい。辞任したらゆっくり過ごしなさい」

 クロス党首は私に微笑んだ。

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