反攻計画

 そろそろ六時になる、私は早く会議室について一人座っていた。

 ノックが響く。


「どうぞ」

 私が声をかけると、聞きなれた声がした。

「失礼します」

 ドアを開け、エマリー軍代理と参謀本部のルム兵站課長が入ってくる。

 ルム兵站課長はどちらかというと冷淡な人間という印象を受ける。笑わず論理的に物事をつめる。

 極右的な思想を持ち良くも悪くも我が強いミュー・フラワー作戦課長とは正反対だ。


 ルム兵站課長はドアの入り口付近で私に敬礼をしてきた。私は答礼をした。

 こういう時とっさに敬礼できるのは、やはり私が軍にいた経験のおかげだ。当時叩き込まれたわけだし、今になってその経験が役に立っている。

「お待たせして申し訳ありません。ウォール議長」

「いいや。私が十分ほど早く来ただけだ。むしろ指令をきっちりと守った君たちは立派だ」

 私の愚痴にエマリー軍代理は笑ったが、ルム兵站課長はまっすぐ真顔で前を向いたままだ。


 うむ…ルム兵站課長と私は面識もない上に、コテコテの軍人ならば上下関係を重視するだろう。こんな軽口を叩かれてもルム兵站課長は迷惑だろうし、さっさと本題に入ってしまおう。

「第八次ユマイル・フェーム国境紛争の経過報告を聞きたいが、伝令使はこなさそうか」

「午後四時ほどに伝令使が到着しました。今日の早朝にはフェーム帝国の攻撃から態勢を立て直すことに成功し、反攻に転じ始めたと」

 私たちが夕方から出発し、伝令使から第八次ユマイル・フェーム国境紛争が昨日の夕方始まった事実を聞かされたのは今日の早朝。

 だから私たちが第八次ユマイル・フェーム国境紛争について混乱していた時には、すでに態勢を立て直し反攻へと転じていたわけか。

「やけに早いな。大丈夫なのか」

 先の第七次ユマイル・フェーム国境紛争の時は戦闘状態が二週間続いた。このペースだとフェーム帝国をユマイル領から追い出すのに一週間を切ることになるぞ。

「ユマイル・フェーム国境の指揮官は優秀な人間ですので、参謀本部としては彼の判断を信用しています。私たちは国防に力を入れてきましたから、素直にその成果だと考えます」


「エマリー軍代理がそう考えるならそれでいい。問題はこの後だ。単刀直入に言うと、私はフェーム帝国を解体させたい」

 エマリー軍代理が緊張した面持ちをする。

「第八次ユマイル・フェーム国境紛争が起きた以上、議長は祖国を守るため軍事権を行使することができる。これほどの大きなチャンスはないだろう」

「私は軍人です。ウォール議長の決定に従い、それらの要件を満たすため作戦を立案し実行するまでです」

「ああ」


「大まかな方針はあるんですか?フェーム帝国の崩壊を誘発させるといっても色々なすべがあるでしょう」

「時間がない。分かっているとは思うがフェーム帝国はネルシイ商業諸国連合とも戦争中だ。フェーム帝国が弱い状態でちんたらしていると、ネルシイに利権を奪われてしまう。直接的な軍事アプローチになる。具体的には皇帝をフェーム帝国の首都から排除し、占領することだ」

 そう。このフェーム帝国の解体における最大の敵はフェーム帝国ではなくネルシイ商業諸国連合なのだ。

 ネルシイ商業諸国連合よりも早くフェーム帝国を解体させ傀儡国家を作らなければならない。

「皇帝は我さきへと逃げるでしょう。担ぎ出され抵抗されれば結局全土を占領する必要が出てくるのでは?」

「ユマイル軍が首都に入った時点でフェーム帝国に代わる新国家を樹立する。フェーム帝国は皇帝との封建主義国家であって、結局のところ各地の施政権を握っているのは領主たちにすぎない。彼らを集めて新政府を作る」

 エマリー軍代理が心配そうに黙る。正直不安が多いプランであるのは認める。エマリー軍代理も軍人であるから、政治的判断にあまり口を出したくないのだろう。

「リスクの多いプランなのは認めるが、これが大陸の統一を実現する上で最善手だと自負している」


 エマリー軍代理は息を吐いた。

「分かりました。フェーム帝国の首都を陥落させて見せればよいのですね?」

 エマリー軍代理は先ほどと打って変わって自身に満ち溢れた顔をして、微笑んだ。おそらく開き直ったのだろう。

"軍人は最高指揮官の命令であればいつでも、たとえ時の政権が誰であっても、命を捧げますよ"。

 かつてのエマリー軍代理の言葉を私は思い出す。軍人は軍人の枠組みに囚われている、シビリアンコントロールが存在している。ならば軍人という枠組みの中で最大限暴れまわるのが彼らにとっての最適解だろう。

 そしてこんな狂った方針を提示されたのならばなおさらだ。

「ああ。いくら動員しても構わない。金は戦時国債でたんまりだ。どんな手段を使ってでもフェーム帝国の首都を潰し、偉そうに宮廷で胡坐を組む皇帝を引きずりおろせ」

「はい!!」

 エマリー軍代理から力強い返事をいただけた。


「ルム兵站課長」

「はい」

「おそらく君が現地司令官になるだろう。第七次ユマイル・フェーム国境紛争の死線を乗り越えたのは君だ。エマリー軍代理としっかりと意思疎通を図り、職務を全うするように」

「お任せください」

「他になければ解散だ。参謀本部はフェーム帝国の首都攻略作戦を立案し、第八次ユマイル・フェーム国境紛争終了直後に決行を行う」

「はい」

 エマリー軍代理に私が相槌を打つと、二人は一礼して会議室から出ていく。

 私も帰ったほうがいいな。後ろからついて行って会議室を出る。


 廊下でエマリー軍代理に呼び止められた。

「どうしました…?」

「いえ…。まさかとは思いますが…」

 沈黙が襲う。エマリー軍代理も私も居心地が悪い。何を言おうとしているのだろうか。

「自分は先に参謀本部へ戻ります」

 見かねたルム兵站課長は私たちに敬礼をすると、駆け足に去っていった。残されたのは私とエマリー軍代理だけだ。

「私は何を言われても怒らない」

 私がそういうとエマリー軍代理は口を開く。

「実は…」

「エマリー軍代理!現地司令官を立てるというのは本当ですか?!」


 大きな声がしてエマリー軍代理の言葉はかき消されてしまった。

 振り返ると私の後ろにミュー・フラワー陸軍中将が立っていた。走ってきたようで、見るからに怒っている。

「本当です。まさか盗み聞きをしていたの?」

 エマリー軍代理もキツイ言い方をしている。話を邪魔されたせいだろうか。

「いえ。ウォール議長が議会の演説でフェーム帝国に対する懲罰的攻撃を示唆していましたので、参謀本部はその話題で持ち切りです」

「軍人が噂話に現を抜かすな!情けない!」

「申し訳ありません。ですがもし懲罰的な攻撃を行うならば、フェーム帝国侵攻は国運をかけた重大任務です。参謀本部直轄で師団を動かすべきです。現地司令官を立てるなどと」

「まだ私は何も言っていない!!正式な命令が出るまで余計なことを考えなくていい。今の軍務を全うしなさい」

 ミュー中将は随分と食いつく。

 エマリー軍代理は私の顔を見た後、ため息をついて、自分をクールダウンさせた。


「あのですねミュー中将、今回は先行する師団がフェーム帝国の首都まで進軍する。参謀本部から指揮するのであれば、一体どうやって部隊に命令を伝達するつもり?」

「そのために伝令使がいるのではないですか」

「伝令使が命令を伝えるまでどれだけの時間を要すると思う?今回の作戦の目的はネルシイ商業諸国連合より早くフェーム帝国の首都に入り、出端をくじくこと。速度が命なのだから、意思決定は迅速に行われるべき」

「ならば現地司令官を私にやらせてください。私は真の愛国者であり、誇り高きユマイル軍人です。なぜルム兵站課長なのですか」

「誰もルム兵站課長とは言っていないでしょう。現地司令官が」

「現地司令官にならないのであれば、わざわざ最高指揮官直々にお声がかかるなんてあり得ません」

 最高指揮官とは議長のことだから、私のことだろう。


「彼は第七次ユマイル・フェーム国境紛争で師団長を務めている。実戦経験が豊富だからよ」

「私は"実戦経験が無い素人"だとでも言うんですか?」

「あなたが素人だとは言わないけど、実戦経験の無いものに"国運をかけた重大任務"は任せられないということ。そのくらい分かるでしょう?」

「では、我々参謀本部は一体何をすればいいのでしょうか?」

「正式な命令は追って出すけど、おそらく現地部隊から伝令使によって報告される戦況の解析ね」

「我々は庶務課か…」

 ミュー中将は小声で吐き捨てた。


「首都陥落後の占領地の軍政は参謀本部直轄になると思うから。いじけていないで粛々と軍務を務めなさい」

 ミュー中将は無言で敬礼をし、去っていった。

 このような時でも美しい敬礼をしていて、やはりコテコテのエリートなのだなと思った。

「全く…」

 エマリー軍代理が離れていくミュー中将の背中を見ながら、小さなため息をついた。

「相変わらずミュー中将は元気だな。お若い」

「そうですね。十八で参謀本部に入ってしまったんです、ああなるのも無理はありません」

「私はああいった若者は好きだ、まだ理想を諦めていない」

「直属の上官としてはこの上なく迷惑ですけどね」

「…まあ、心中お察しする」

 血気盛んな若者を制御するのは極めて難しく疲れるだろう。


「そういえば、エマリー軍代理は先ほど何か言おうとしていなかったか?」

 ミュー中将に横やりを入れられて結局何の話か聞けていなかった。エマリー軍代理は少し考えた後に

「いいえ、大丈夫です。多分疲れた自分の妄想だと思います」

 とだけ返してきた。

「各幹部の連携は行政運営において極めて重要だ。躊躇せず、これからも何かあれば報告してほしい」

「…はい」

 エマリー軍代理は頷き、私に敬礼をした。

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