始まりの会議

「…ウォール…ウォール起きてよ」

「う…ん…」

 夢と現実の境界というのは実に気持ちが悪い。

 夢だと自覚してしまっているのだから、夢の続きは見れない、けれど現実に戻るのは意識があと少し足りていない。

もどかしい時間な気がする。


 起きると近くに女性の顔があった。

 すらりとしたシャープな顔、目元もきりっとしている。

 無造作に切られた短いショートヘア、髪はつやがありさっぱりとしていた。

 私は机に突っ伏して寝てしまったようだ。


「お疲れみたいだね、ウォール議長」

「…ああ。リナ諜報長官」

 リナ・オンバーン。私の政権下で諜報長官を務めている。

 そして幼馴染でもある、年齢も私と同じ25才だ。


「何か夢でも見たの?」

「議長就任演説を思い出していた」

「あったね」

「一年も前のことになってしまった」

「もうそんなに経つんだね。一年かあ…」


 リナがしんみりと言った。

「そうだな、とても一瞬に感じる」

「ウォールは何も変わっていないの?一年前と」

「変わっていない?」

「ええ、『大陸統一なくして発展なし』って言葉」

 私はリナの問いにまっすぐと捉えて答えた。


「何も変わっていない。我々の手で新しいフェーニング大陸統一国家が必要だと思う。大陸の未来のために」

「そっか…どうして?」


「弱いものが踏みにじられないためだ。争えば必ずそうなる。みんなが人間らしく生きるには平和な社会を実現する必要がある」

「大陸の統一は容易じゃない。必ずその過程で争いが起きるのに、ウォールはどうして統一したがるの?」

「未来の子供たちに、このだらだらとした争いを続けさせないためだ」

「そっか」


 そこでリナの言葉は止まった。

 うつむいて、何も言わず考え込んでしまう。

 時々何を考えているのかよくわからないということがある、私は他人の気持ちを察するのが苦手だが、リナの場合には特にそう感じる。

 近しく信頼できる人間であるはずなのにだ。


「何が用があってきてくれたんじゃないか?リナ」

 役職をつけない"昔の呼び方"にリナは嬉しそうにほほ笑んだ。

「ごめん、忘れていた。そろそろ会議の時間だよ、少し早いけど」

 会議。

 というと、行政調整会議のことだろう。


 国権の最高機関たる、ユマイル国民会議。

 そして、そのトップでありユマイルの国家元首に当たる"ユマイル国民会議議長"は司法・行政・立法・軍事を掌握する。

 具体的には議長の下、立法はユマイル国民会議、行政はユマイル行政機関、司法はユマイル司法機関として存在しているのである。


「そうだな、そろそろ行こうか」

 ドアを開け議長室から出ると、リナは後ろからついてきた。

 いつもそうだ、彼女は私の後ろを通りたがる。

 本当は私の前を歩いたって問題ないほどの、素質と能力を持っているだろうに。

 並んで歩くと幼き日々を思い出す、かつてリナのほうが少し身長が高くて、それがなんとなく恥ずかしかったのを覚えている。


 会議室には皆スタンバイしていた。

 議長席は奥の机の誕生日席。

 無駄に長い机のせいで人と人との間は尋常ではなく遠い、別に病気療養をしているわけでもないのになぜそんなに距離を開けてしまうのか。

 真っ赤に染められたカーペットと中央天井の高い位置にシャンデリアがある。


 議長席の左隣には、エマリー・ユナイテッド軍最高指揮官代理。

 私を見るなり会釈をした。

 女性でとても若く27才という年齢だ。

 それでユマイル軍の最高位にいるのだから、私がエマリーを軍代理に任命したときは与党の保守党の議員からも反発があった。

 軍最高指揮官代理という職業は少々特殊で軍人でありながら、行政機関の一員でもあり、行政機関の調整会議に常任で参加することが許されている。


 その隣にウージ・ボーン財務部長。

 42才、男。父はあの大物議員ザース・ボーン。

 銀行を勤めた後、保守党に入党し、議員として順当に出世している。

 特に才能もないどこでもいるであろう政治家だが、保守党からの圧力もあり財務部長に任命した。

親の七光りだと世間で叩かれている人間だ。

 しかし、財務部長をトラブルを起こさず粛々と続けられている時点で優秀である。

 目立たないだけなのかもしれない。


 私が議長席に座り、右隣にリナが座った。

 リナの隣に、フィール・アンブレラ外交部長兼庶務部長。女性で25才。

 髪が長く根暗で暗い表情をしている。

 貴族アンブレラ家の令嬢であり、とても高貴な出生だ。

 こちらも保守党経由でアンブレラ家から圧力があり、最初任命した時には不安だったが、さすが上流階級、教養と気品の高さは折り紙付きで外交もうまくこなせている。

 フィールの経歴を見ると軍に入隊経験があり少々不自然に思った、本来名門貴族が軍など入らないだろうに。


 会議室にはこの国の最高幹部5人が集まった。

 そして後ろにはそれぞれの部署の補佐官たちが控えている。


「今回の議題は緊張化するユマイル民族戦線・フェーム帝国間の国境紛争問題です。

リナ諜報長官、説明を」

 私が手で促すと、リナは後ろの官僚から資料を手渡された。

「昨年発生した第七次ユマイル・フェーム国境紛争は我が国の勝利で終わり、暫定的な国境協定でフェーム帝国側に大幅な譲歩を強いることができました。

競合国家と位置付けるネルシイ商業諸国連合どころか、ユマイルにすら負けたフェーム帝国では屈辱的出来事と捉えられており、今後新たな国境紛争の可能性があります」

 リナが説明を終えた。


「何か意見のあるものはどうぞ」

 私がそう促すと、エマリー・ユナイテッド軍最高指揮官代理が口を開いた。

「私も第八次ユマイル・フェーム国境紛争の可能性は十分にあると思われます。国境付近の軍備を強化するべきです」


 口を挟んだのは、ウージ・ボーン財務部長。

 ゆっくりと抑揚とのろまな声で喋りだした。

「しかし、あんな徹底的にやられたフェーム帝国が再び我が国に攻撃をしてくるなど、有り得ない。

それにユマイル・フェーム国境を警備しているのは優秀な師団なんだろ?エマリー軍代理?」

 エマリー軍代理に視線は向けられた。

「ええ、そうです。ですが、徹底的にやられたフェーム帝国が軍の近代化に乗り出す可能性は十分に考えられます。

国境紛争を全面戦争に発展させないため、争いを未然に防ぐためにも軍事力を誇示する必要があります」


 国境紛争は正確には戦争ではない。

 そのため第一次フェーニング大陸大戦以降、公式的には"国家間の戦争"は一度も起きていないのだ。

 しかし国境紛争が長引き両者が引けなくなれば、動員がかかり戦争状態に突入してしまうだろう。

 衰退のフェーム帝国とユマイル民族戦線が潰しあえば、ネルシイ商業諸国連合が完全に覇権を握ってしまうのは明白。

 すでにネルシイ商業諸国連合はフェーム帝国を経済力で抜き大陸一位なのだから。


 国境紛争は起きないほうがいい。

 ウージ財務部長は反論した。

「今の時代に皇帝を置いて騎士だのあるいは教会だの、そんな中世の亡霊のような国に火薬が扱えるとは思えませんな」

 ウージ財務部長は馬鹿にし高笑いをした。

「しかし、ウージ財務部長。油断は禁物、万全を期すべきです」

「万全といいましても国の予算には限りがあるのです。師団を移動させるだけでも随分と金がかかるんですよ。推測でことを運ぶわけにはいかないでしょう」

「何かあってからでは遅いではありませんか」

 エマリー軍代理とウージ財務部長の議論は平行線のままだった。


「リナ諜報長官、フェーム帝国の近代化はどうなっているのか?」

「実際第七次ユマイル・フェーム国境紛争以降、フェーム帝国が近代化に着手しているのは本当。

けれど諸侯・貴族やあるいは王族たちの強い反発にあって難航している。急速な近代化はないと思います」

「急な近代化がないなら要らないのではないですか、追加の師団なんて」

 ウージ財務部長がここぞとばかりにリナの説明に乗ってきた。


「待ってください…!」

 恐る恐る声を出したのはフィール・アンブレラ外交部長兼庶務部長だった。

「外交部としては…緊張を高めない程度での国境の軍備増強は賛成です…。

軍事的背景があれば帝国との交渉はやりやすくなると思うので…彼らフェーム帝国は我々ユマイルを見下しています。軍事的対等性は必須です」

 これで賛成派はフィール外交部長、エマリー軍代理で二人か。

「リナ諜報長官はどうなんですか?」


「私?私は賛成ですよ。そもそも、ウォール政権の目標は大陸の統一なんでしょう?

第八次ユマイル・フェーム国境紛争で負けたなんて、大陸統一が夢のまた夢になるし、世論や議会が許さないと思う」

 リナの主張は一理あったし、私の考えを代弁していた。

 思わず目が合った時、リナは私にウインクをしてきた。

 まるで私の考えがお見通しであるかのように。


「リナのいう通り、ここで国境紛争が起き負けるとなれば統一どころではない。国境の軍備は強化する」

 少数派…というより唯一の反対派に回ってしまったウージ財務部長は居心地悪そうに唸った。

「といっても一体どれくらい師団を増やすつもりですかね?」

 ウージ財務部長の質問に私は目線でエマリー軍代理に投げかけた。


「理想は五師団なのですが…」

 五師団という単語を聞いた途端、ウージ財務部長は露骨なしかめっ面をした。

「五師団とは一体何事だ。軍はどれだけ金を食いつぶせば済むんだ」

 ウージ財務部長の怨念じみた声にエマリー軍代理は安心させるように微笑んだ。

「二、三師団増やしていただければありがたいです」


 エマリー軍代理は私のほうを見てくる。

「二、三師団か。なら可能だろう。首都付近駐在の師団を転用しよう。

ウージ財務部長もいいですか?」

「まあ、その規模ならば悪くないですかね」

 ウージ財務部長は渋々縦に首を振った。

「ありがとうございます」

 エマリー軍代理は私に深々と頭を下げてきた。

 規律や礼儀というものを重んじる、彼女らしい行為だった。


「しかし内地の師団を減らしすぎると暴動や、あるいは戦線を突破された時の戦力の厚みが減るわ」

リナ諜報長官の私は指摘にうなづいた。

「ああ、本来好ましくないんだがな」

「だから、軍は師団数増加を提案してきたんです。現在の30師団ではこの先足りません。十とまではいかなくとも、五師団くらいは増やしていただかないと」

エマリー軍代理のポジショントークだった。しかし間違ってはいないと私も思う。


「その話は今与党と調整しているので」

「保守党ですか?調整って、前もそう言っていませんでした?」

「いや、党内でも財政規律派が多いみたいで」

「ああ、なるほど。そうなんですね」

 エマリー軍代理は当てつけのようにウージ財務部長をにらみつけた。

「何かね?」

 ウージ財務部長は心底不快そうな声を発した。

「いいえ何も」

 エマリー軍代理は平坦な声でそう答えた。


「そういうわけだ。国境付近に…三師団ほど増強する。首都付近の師団を転用。

エマリー軍代理は私に事後報告をするように。あと国境付近で軍事的な動きがあればすぐに私にも報告してくれ」

「分かりました」

「フィール・アンブレラ外交部長はフェーム帝国とのパイプを維持するように。

国境の軍備増強で反発してくるかもしれないが、出来る限り刺激しないように」

「了解です…」


「リナ諜報長官は継続してフェーム帝国の諜報活動。

あと、ネルシイ商業諸国連合が怖い。彼らは今や大陸一の大国になってしまった。ネルシイで軍拡の機運が高まらないように工作してほしい」

「了解。でも私たちが刺激しなくても、フェーム帝国がネルシイを刺激するのよね。そればかりはどうにもならないから」

「ああ、そうだな。フェーム帝国を意識したものとはいえ、ネルシイが軍拡を始めれば我が国もとばっちりを食らうのは間違いないからなあ…」

 私は憂鬱な気分になった。


「とにかく今回の行政調整会議を終える。お疲れ様です、各人解散」

 私の掛け声とともにそれぞれ立ち上がり、会議室を離れていった。

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