第19話 文化祭と男子と女子:後日談

朝霧と葛西が付き合うことはなかった。告白自体は失敗に終わったが、最近は以前より距離感が近くなったように思える。特に変化があったのが葛西の方である。よく笑うようになった。


「で、幸ちゃん。いつ話を聞かせてくれるの?」


そうだった。あの後も、何やかんやで生徒会の業務に時間を取られ、辰巳と話す機会がなかった。自分でも上手く説明できるか分からないが、なるべく放課後までには整理しておこう。


あの日から暫くの時間が経った。休日と振替休暇を挟んだこともあり、まだ校内には少し浮ついた空気が残り火のように揺らついている。二人に限った話じゃないが、なんとなく男女二人組をよく見かけるようになった。文化祭マジックという奴だろう。


「然くん…今度見たい映画があるんだけど」


「分かった。来週なら空いてるけど、あさぎ――薫はそれで大丈夫?」


「…うん!」


本当に付き合っていないのか疑うくらいには、仲が良さそうに見える。元々、朝霧のほうについては直球な好意を持っているのだから、彼が歩み寄っている今では関係が深まるのは当然だ。


二人ともお互いをファーストネームで呼び合うようになったものだから、周りも当然その変化に気付かないわけがない。ただ、茶化すようなことはなくクラスメイトもにんまりと二人を見守る。


「ねー、聞いてるの?」


「はいはい」


ずいっと顔を覗き込みながら文句を垂れてくる。慌てなくても時間はたっぷりあるのだから、少しくらいは待てないものか。辰巳も俺のようにどっしりと構えて、余裕を作ってみてはどうだろう。


「お兄、私一緒に」


凛とした態度で、流すような視線でこちらに声を掛けてくる。里奈も相変わらずのツンデレ属性つん多めなのに、そのつんつんが何だか懐かしく思う。あの三日間があまりにも凝縮されていたから、妹と話す機会も碌になく、久々に言葉を交わした感覚に陥る。


指定された場所はお馴染みのファミレス。今日は半日授業だから、午後にはすぐにでも自宅へ直行したかったがしょうがない。昼時だから、ついでに飯も済ませてしまおうか。当然、連休明けで俺も授業へのモチベーションなど無い。時計を見つめ、針が早く進むことだけを願っていた。


そして、こういう時ほど時間というのはゆっくり刻まれていく。頭が空っぽの状態でぼーっとしていれば、勿論眠くなる。というか気づいたら寝てしまっていた。窓から差し込む陽気が心地よい。


「よーし、授業はこれくらいにするか。まだ切り替えられてないやつも多いけど、明日からは元の時間割に戻るんだから何とかしとけよー」


担任が喋り終えるとチャイムが鳴った。一つ欠伸をして、身体を起こす。物静かだった室内が一層と賑やかになった。俺と同じように転寝をしていた奴らも、睡魔を忘れたかのように騒いでいる。考えていることはみんな一緒、颯爽と荷物をまとめて教室から出ていく。


三人で校門をくぐるのも久々だ。他愛のない話をしながら、稲穂通りを抜けて、自宅と反対側にあるファミレスへと入店する。意外にも店内は空いていて、待ち時間なく席へ案内された。


「はー、取り敢えず注文注文っと」


辰巳はタッチパネルを慣れた手つきで操作する。いつものように人数分のドリンクバーと彼の好物であるポテトフライ、里奈は季節のスイーツパフェ、俺はハンバーグを頼んだ。


「さて色々聞かせて貰おうかな」


二人は俺をじっと見つめる。注文が来るまでの間、逃げられる場所はどこにもない。一呼吸を置いて、頭の中で整理しながら俺は話し始めた。


―――――――――――――――


「神田君、本当にすまなかった」


店内で深々と頭を下げるものだから驚いた。半個室のおかげで周りには見えていないが、その状況を良しとしたくないので頭を上げるように促す。こうして呼び出されたのは準備期間以来か。それほど日数は経っていないのに、遠い思い出になってしまった。


「いや、あの時は俺も言葉足らずだったよ」


あの時とは違い、葛西はすっきりした顔をしている。肩の荷が下りたのだろう。飾り気のない、本当の彼をこの目で見るのは二回目だ。


「君が助言をくれなかったら僕は酷く拒絶するように断っていたかもしれない。自分の都合で、自分の我儘で君に頼んだくせに、勝手に期待をして裏切られたと勘違いしてしまった。」


彼の中にあった矛盾。誰も信じられない、自分へ踏み込まれたくない。そのくせ人には頼って、出来なければ逆上する。怪我までさせてしまったことに、自分勝手だったとまた頭を下げてくる。


「嫌な選択をさせたと思ってる」


「僕にとっては必要なことだ。これからの自分と向き合うために」


お互いに顔を合わせる。そのうち、二人して笑い始める。ある意味で本音をぶつけ合ったのだ。今まで逃げ続けていたのは葛西だけじゃない。俺もまた、人と関わることを避け続けていた。そんな二人が物理的にもぶつかり合ったのだ。あとはもう仲良くなるほかないだろう。


「僕は、朝霧さんと友達から始めることにしたよ。告白は断ってしまったけど、まずは相手のことを知らないと好きにもなれないから。それに…好意を抱いてくれているなら、僕はちゃんと答えてあげたい」


恥ずかしそうに段々と声が小さくなっていたが、澄んだ彼の声はよく通る。俺はそれに黙って頷いた。当人の意思を、俺が受け入れたいと思ったから。そうすれば、彼はもう一人じゃない。


「また困ったことがあったら言ってくれ。今度こそ、友達の頼みに応えられるよう俺も頑張るよ」


「ああ、ありがとう」


自分から友人と口にするのは、もしかしたら初めてかもしれない。葛西然という男の誠意にあてられたのだろうか。後から恥ずかしくなるのは目に見えているが、今この時は、すらすらと言葉を紡ぐことが出来た。


「これからもよろしく、幸太郎」


「こちらこそよろしく、然」


―――――――――――――――


二人に話をしながら然とのやり取りを思い出す。大分恥ずかしいことを言ってしまった自覚はある。中々に格好つけてしまった。流石にこのやり取りを言うことはなかったが、大まか伝えることは伝えただろう。


「なるほどねー、よく一人で何とかしたね」


「男の約束だからな」


里奈も今回ばかりは刃を向けてくることはなかった。そっぽを向きながら「お疲れ」の一言だけ。こういう時に素直じゃないのは惜しいが、まあ及第点としてやろう。俺からは朝霧を二人に任せてしまったことを謝った。返答は「気にするな」と。


「やっぱり文化祭で告白とか多いんかな」


「僕も告白されたよ」


「私も」


言葉が出ない。そういえばこいつらもモテるんだった。そして自分の恋愛に全く興味のない人たちだから、普通に振るんだよな。これだけ縦横無尽に駆け回って頑張った俺には何もないのだと実感した瞬間、少しだけ気分が落ちる。本当に少しだけだよ。本当だよ。うん。


ぞろぞろと注文したものがテーブルに揃う。目の前に出された料理に、自然と腹が鳴る。話も切よく終わったことだし、ドリンクバーで乾杯をして、俺たち奮闘劇の幕を閉じるとしようか。


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