第23話、すれ違い

「――ふざけるな!」


 俺は声を上げて起き上がった。

 周囲に神様の姿はない、白い空間も消え去っている。


 ここは神の領域じゃない……メアの部屋だ。


「夢じゃなかったんだな……」


 はっきりと覚えていた。神様との会話を、夢ではなかった事を理解していた。

 ふざけた事を言ってくれる。一ヶ月以内にメアに友達が出来なければ彼女を消滅させる? 俺が救った世界を壊して新しい世界を創造する? 自分勝手が過ぎるだろう、あの神様は。


 怒りと共に拳を握りしめた。だが目の前で眠っているメアを見て俺は冷静になる。


 壁にかけられた時計は朝の4時半を示している、外はまだ暗かった。メアの具合は大丈夫かと確かめる、熱も下がっていて気持ちよさそうに眠っている彼女の様子を見て俺は胸を撫で下ろしていた。


「あれ……?」


 俺の体に毛布が一枚かけられている事に気が付いた。

 寝落ちをする直前に毛布をかけたりした記憶はなかったのだが。


「メア、もしかして俺の為に?」


 俺が眠っている間にメアが起きて、彼女が俺に毛布をかけてくれたとしか考えられない。彼女はいつだって優しい、ただ本心を伝えるのが苦手なだけなのだ。真面目で頑張り屋で真っ直ぐだ。そんな彼女が道を踏み外してまた魔王になるなんて、あの神様は何かを勘違いしているとしか思えない。

 

 一ヶ月以内に友人を作る事が出来なければメアを消滅させる、あってはならないそんな事は。メアなら絶対に友達を作れる、本心を周りに伝えられるようになれば良いだけなのだ。そうすればみんな分かってくれる、自然と彼女の周りには人が集まってきてくれる。


 そしてその中で彼女が頼りたいと、一緒に居続けたいと思う人が現れるはずだ。俺は彼女の力になりたい。勇者としてその役目を全うするのだ。

 

 俺はメアを見つめる。


 彼女は俺が大声を上げた事にも気付かず、ぐっすりと眠っているし体を揺さぶられたりしない限りはこのまま寝ているだろう。


 これから彼女の為に作戦を練らなくてはならない。それに彼女の分の朝食を用意したり、俺も家に帰ってシャワーを浴びたり着替えたり、今日も学校があるから二人分の弁当を作ったりとやらなければならない事がたくさんあった。


 俺は彼女のために朝食を作ってラップをした後『温めて食べてくれ』とメモ書きを残し、彼女の家を後にする事にした。


 まだ薄暗い早朝、静かな街の中を歩きながら家へと戻り、メアに友人を作る方法をひたすら考えた。これからも変わらぬ日常と幸せな毎日を続ける為にも、何とかしなければいけないと思う一方で焦りだけが募っていった。


 そしてそれをメアに悟られるわけにはいかない。

 朝の勉強会も、一緒に昼食を共にする時も、放課後の時間だって、メアに与えられた試練について知られてはならないのだ。


 家での支度を終えた後、俺は平然を装っていつものように学校へと向かう。

 昨日の看病が上手くいったおかげか、メアは元気になって登校してきた。そんな姿を眺めながら、流れていく平凡な日常の中で、どうしたらメアに友人が出来るのか、それだけを考えていた。


 …

 ……

 ………。


「――ねえ?」


 メアの声がして振り向く。

 ああ……もう放課後なのかと時計を見て思った。

 昨日もそうだったが、今日も授業の内容は頭に入ってこなかった。


 メアが俺の瞳を覗き込んでいた。


「あの……今日も、部室に来る?」

「あ、ああ。そうだな、またお邪魔させてもらっていいか?」


「うん。それで今日……渡したいものが、ある」

「渡したいもの?」


「そう。だから先に部室で待ってて欲しい……」

「分かった。それじゃあ先に行ってるよ」

 

 こうしてメアの方から話しかけられるのは珍しい。

 一体何を渡されるのだろう? もしかして俺の異変に気付いてしまっていたのだろうか? 不安になりながら席を立った。


 メアは足早に何処かへ歩いていく。

 彼女の後ろ姿を眺めながら俺は文芸部室へと向かった。


 メアがいない文芸部室に電気を点けて、いつもの席に腰を下ろして鞄の中から小説を取り出す。彼女からプレゼントしてもらった栞で挟んでいたページを開きながら、俺は大きなため息を吐いていた。


 神様は言っていた。

 導く者ではなく共に歩む者が必要だと。俺の役目は勇者としてメアの力になって、彼女が共に歩みたいと思った者――友達を作らせる事、その為に今出来る事をしなければならない。


 だが、どうやってメアに友達を作らせよう。彼女が自らの意志で俺以外のクラスメイトと話す姿を見た事がない。俺も一学期の頃はそうだったから分かる。自分から話しかける事の大切さ、友達を作る為には自分から動かなければ駄目なのだ。受け身で居続けては親しくなれない。向こうがよっぽど興味がなければ関係はそこで終わってしまう。今のメアだって俺が積極的に動いたからこそ、こうして仲良くなれたのだから。


 俺以外にメアへ積極的になろうという生徒はいない。ならばやはり彼女から勇気を出してもらうしかなかった。そして本当のメアを知ってもらえれば友達になってくれる人は絶対に現れるはずなのだ。


「こういうのにも賢者の贈り物ブックオブウィズダムが使えたら良いんだけど……そういうスキルじゃないなんだよなあ」


 テストとかを相手にするなら100点満点が出せる便利なスキル。だがこういった人間関係に対する答えは、あのスキルでは出てこない。この答えは俺自身がちゃんと考えて出さないといけないものなのだ。


 取り出した小説も読まず窓の外を眺めながら考えていると、文芸部室の扉がゆっくりと開いた。


「おまたせ」

「よう、来たか」


 メアが来た。こうして迎え入れるのは初めてだ。いつもはメアが先に文芸部室についていて、後から俺が部室にやってくる。彼女はずっとこの光景を見ていたんだな。立場が入れ替わっただけなのに何だか不思議な感じがする。


 彼女は一枚のプリントを持ってやってきた。何か渡すものがあると言っていたが……あれがそうなのか? だがメアはそれを渡す事なく、そのプリントを裏返して鞄と一緒にテーブルの上に置く。


 そしていつものように窓際の席で本を開くのだった。


 そのままメアは何も話すこと無く文字を追い始めた。

 まだ渡すタイミングではない、という事なのだろうか? いや……メアの事だ、きっと渡したいけど緊張してまだ渡せないだけなのだろう。帰りの頃には渡してくれるはずだ。


 その内容も気になるが今はもっと別の問題を俺は抱えている。


 神様にはメアに内容を知らせるな、と言われている。もし詳細を伝えてしまったらその時点であいつがメアを消そうとするかもしれない。それは断じてあってはならない。だから俺は勇者として上手に彼女を導く必要がある。


「なあ、雨宮ってさ」

「なに?」


 ページをめくる手を止めて彼女は俺を見つめる。

 雲ひとつ無い晴れ渡った空のように澄んでいる、純粋な子供のような瞳。そんな彼女の瞳を見つめ返した。目と目が合った瞬間に彼女は頬を紅くして、弱々しく小さくなってしまう。


 やっぱり神様にあれだけ言われても、俺には恥ずかしがり屋の可愛らしい少女が、再び魔王になってしまうというのは考えつかなかった。だがどれだけ神様にそれを伝えてもきっと聞く耳を持たないはずだ。一ヶ月以内に彼女に友達を作らせる、絶対に成し遂げないといけない。


「雨宮ってクラスで話してみたい奴とかいないのか? 俺以外でさ」

「いない」


 即答だった。


「じゃあ仲良くなってみたい奴、とか」

「いない」


「で、でも仲が良い人が増えたらさ、学校生活ももっと楽しくなりそうじゃないか?」

「……わたしはこのままで良い」


 だよなあ。分かっていた事だ。彼女が転校して来てからの学校での様子は、ずっと彼女を見続けてきた俺が一番よく知っている。俺以外に話しかけようとした素振りは見せた事がないのだから。


 前途多難だ。本人が友達を作ろうとしていない時点でどうしようもない。

 神様はメア自身の意志で友達を作る事を強調していた。俺がメアの手を引っ張って友達を作らせても、結局それは俺の意志であってメアの意志ではない。


 どうするべきかと俺は頭を悩ませる。時間は一ヶ月、たったの一ヶ月しかないのだ。もうすぐ文化祭もある、そしたら準備も手伝わないといけないわけで――って文化祭?


 そうだ。文化祭は良い機会になるのではないか。クラスで決めた出し物を成功させる為、クラスメイトが一丸となって共同作業を行う。文化祭はそうしてクラスメイトとの仲を深めるとても良い機会。魔王として部下に色々な命令をした事はあるかもしれないが、同じ立場の人間と手を取り合って作業をする事はきっとメアにとって初めての経験になるはずだ。


 今は話したい、仲良くしたいと思っている相手がいなくとも、文化祭を通じて互いの理解が深まれば彼女も友達になりたいと思う相手が見つかるかもしれない。早速この話題を振っていこう。


「俺が聞きたかったのはさ、そうだ、文化祭についてなんだ。もうすぐ準備も始まるし雨宮も転校してきてから初めての学校行事だろ。仲良しな人が増えたらさ、雨宮ももっと楽しめるんじゃないかと思って」

「文化祭……わたしも気になってた」


「やっぱり雨宮も気になってたんだな。ちなみに文芸部は文化祭で出し物とかやるのか?」

「顧問の先生に言われた、部員はわたし一人だから……無理しなくて良いって」


「まあそうだろうな。それに雨宮だって転校してきたばかりで新しい生活の方も大変だろうし、俺も先生だったら同じ事を言うと思うよ」

「で、でも部員が増えれば……文芸部でも、何か出来そう……!」


 珍しい。メアがこうして何かをやってみたそうな素振りを見せるだなんて。

 だが部活動で出し物をすれば、クラスでの活動には参加出来なくなってしまう。

 

 姫月の案だとうちのクラスはメイド喫茶をやりたいと言っていたな。自分達でコスチュームを作っての接客業がしたいとそういう話だった。男子達は調理担当で作るのは焼きそば、女子達がコスチュームを着ての接客担当だ。


 となればコスチュームを作る際に他の女子とも話す機会はあるし、文化祭の当日はウェイトレスとなったメアが他の生徒達と交流する良い機会になる。文芸部での活動と言えば作品の制作だったりと忙しくはあるが、基本的には完成した作品を展示するだけで他の生徒達と交流する機会は少なくなってしまう。


 やはりメアに友達を作らせる事を考えれば、多くの人と接する機会があるクラスでの出し物に参加させた方が得策だ。


「あおいくん……あの」

「どうした?」

「文化祭……あおいくんは、何かしたい事あるの?」


 もじもじとしながらメアは聞いてくる。

 文化祭でしたい事はメアに友達を作らせる事――とは流石に言えない。けれど上手くメアと話をして、クラスでの活動に参加させる事はきっと無理じゃないはずだ。


「俺はクラスの出し物を成功させたいかな。クラスのみんなも俺に頼ってくれてるし、雨宮もクラスに馴染む良いチャンスだと思わないか? 転校してきてからほら、色々と大変そうだしさ。文芸部は一旦置いといて、俺達でクラスの出し物を成功させないか?」

「クラスの出し物……文芸部は……置いておく、そう」


 メアは俯いたまま黙ってしまった。

 文化祭での準備、不安なんだろう。それは仕方ないのかもしれない。同級生達との共同作業はメアにとって初めての事なのだから。でもきっと楽しんでもらえるはずだ、そしてそれを通じて友達が出来れば万事解決なのだ。そのはずだった。


「今日は、も、もう帰る……」

「あ、雨宮?」


 メアは本を閉じて立ち上がる。そして鞄を持って部室の扉に駆け寄って、勢い良く扉を開いてそのまま外へと出ていってしまう。俺は初めて見る彼女の様子に酷く動揺した、彼女の気に障る何かを言ってしまったのか?


 俺は彼女が持ってきたプリントを忘れている事に気が付いた。

 裏返しになっていたそれを手に取ってその内容を見てしまう。


 彼女が俺へと渡そうとしていた一枚のプリント。


 ――それは文芸部への入部届だった。


 ずきりと胸が痛む。

 俺に渡したかった文芸部への入部届。メアは文化祭を気にしていた、部員が増えれば文芸部でも何か出来そうだと言っていた、そして俺に文化祭で何かやりたい事があるかと聞いた理由――それが全部繋がった。


 メアは他の誰かとではない。

 大好きな本に関わる何かをしたかったのだ。


 それに気付いて文芸部室を飛び出す。だがメアの姿はもう何処にもなかった。

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