第18話、抜き打ちテスト

 その日のメアは酷く落ち込んでいた。


 今日の数学の授業で抜き打ちテストが行われたのが原因だ。


 うちの数学の教師は割と頻繁にこうしてテストを通して、生徒達の理解力を試そうとしてくる。二学期に入ってからは特にそういった動きはなく、最近は安心していたのだがまた突然に仕掛けてくるのだった。


 俺はいつ抜き打ちでテストをされようが関係ない。

 賢者の贈り物ブックオブウィズダムがあるから、抜き打ちテストの内容がどんなものでも100点満点は確実なのだ。


 しかし、メアの方はそうではない。

 初めての数学の抜き打ちテストを前にして、解答用紙に記入する手が止まっていたのと、頭を抱えて俯いていたのを俺は見ていた。

 

 そしてテストが終わると隣の席の生徒と解答用紙を交換し、後は教師の解説のもとで答え合わせをしなければならない。俺の隣の席はメアなので、メアと解答用紙を交換するのだが……なかなか悲惨なその内容に俺は茫然としてしまう他なかった。


 一方で俺の解答用紙を見た後にメアは驚いて目を丸くする。そりゃまあ全問正解の解答用紙だからなそれ。


 答え合わせの最中にメアは俺の解答用紙に○を付けながら、異世界の言葉で『すごい』『かっこいい』と称賛の声を漏らしてくれるのはとても嬉しかった。けれど俺の方はメアの解答用紙にバツ印と正しい答えを書き直すばかりで、正直言って辛いものがあった。


 この抜き打ちテストである程度の点数を取らないと、学力向上を目的になんと貴重な放課後に補習を受けるハメになってしまう。この点数では補習確実だった。そして教師が解答用紙を回収した時にとある事態が発覚してしまう。


 今回の抜き打ちテストに限って補習を受ける事になったのはメアのたった一人しかいなかったのだ。


 メアは以前からこういうテストをされた時には必ず補習を受けるはめになっている。他の授業でも似たような事は何度かあったのだが、それでも補習を受ける生徒は他にも何人かいた。けれど今回に限って補習がメア一人だけになってしまうなんて、これは困った話だ。


 メアは落ち込みながら小さくため息をつく。

 授業だって真剣に受けているし提出物だってちゃんとやっている。勉強はしているはずなのに、どうしてか成績にはそれが反映されない。


 数学の教師からこっぴどく叱られた後、メアは今まで見たことないくらいに落ち込んでしまっていた。元気づけてやろうと思ったが、かけてあげる良い言葉も見つからず、元気のないメアを見守る事しか出来なかった。


 俺は文芸部には入部していないものの、今日も放課後には部室でメアと一緒に昨日の本の続きを読もうと思っていたし、彼女が補習を受けた事で部室に来れないというのは心寂しいものだ。


 ――そんなわけで今日はメアの救出作戦を実行に移したいと思う。


 利用するのはもちろん勇者のスキル、これが抜群に便利なものなのだ。


 使うスキルの内容を簡単に説明すると『朝起きた時間』に戻れるというタイムリープが出来る超高等スキル。目覚ましで起きたあの瞬間に今の意識をダイブさせるのだ。ちなみに使おうと思えば前日、前々日と遡る事が出来るぞ。超高等スキル過ぎて繰り返し使えないのが玉にキズで、今日使えばしばらくは使えなくなってしまう。


 そして救出作戦の全容だが、朝の時間に戻った後に急いで支度を済ませて学校へと向かう。数学の授業が始まる前に、メアに抜き打ちテストで出る問題の範囲を叩き込むのだ。かと言って答えを教えるだけでは彼女の為にならず、ならばちゃんとその部分を丁寧に勉強させる必要がある。


 一応は俺だって勇者だ。彼女が合格する為とは言え不正は駄目だ。例えば答え合わせの最中に解答を書き替えるとか、そう言ったメアの為にならない事はしたくない。


 タイムリープして朝に戻ってテストの範囲をメアに勉強させるのは、まあズルと言われたらズルなのだが、これは彼女の学力向上を目的としているし、後から受ける補習を先に受けさせるようなものなのでこれは不正ではない、セーフなのだ。セーフという事にしておいて欲しい。


 俺は休み時間にトイレへと急いで、個室に入った後にタイムリープという超高等スキルを発動させる。


 スキルを発動させた瞬間、視界が歪んでいく。

 そして目を閉じて――スマホの目覚ましが聞こえてきた。

 時間は朝の6時、完璧だ。無事にタイムリープを成功した事を確認する。


 ここからメアが抜き打ちテストで合格する為の筋書きを考えよう。


 まずうちの高校の通学時間は朝の8時半までと決まっている。俺はだいたいその15分前には学校に着いている。メアがいつも俺より早く登校しているのは知っていた。俺が学校に着く時には必ず、隣の席に彼女が座っていた。


 一体何時頃にメアが学校に着いているのかは分からないが、俺が早く着けばそれだけ対抜き打ちテスト用の勉強をする時間が増えるというものだ。うちの高校は朝の7時にはもう開いているはずなので、出来る限り早く着いてメアが来るのを待つのがベストかもしれない。


 とりあえずすぐに支度を済ませて学校へ急ぐ事にしよう。

 あとは弁当を作るのも忘れない。午前中の抜き打ちテストで合格したメアを祝う為にも、今日の弁当はいつもより豪華なものにしてあげなくてはならないのだ。


 俺は朝早くから大急ぎで支度を済ませていった。

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