第7話 知ってると思う

 朝日が見えてきて、火事は消し止められた。野次馬は興を削がれたとばかりに解散し、その場にはメルとエトワールだけが残された。


 火の手の勢いは凄まじく、道場はすべて消し炭だった。人が住めるような場所ではなくなっている。

 

「ねぇ」不意に、メルが言った。「名前は?」

「僕ですか? エトワールです」

「入門希望、だったよね」

「は、はい……」


 入るはずの門はすでに真っ黒焦げだが。


「話を聞かせて……道場はなくなっちゃったけど……それでもいいなら、あなたの話を聞きたい」

「は、はい……」


 できれば道場があるほうが良いけれど……良い師に巡り会えるのなら、道場の有無は気にしない。


 立ち話も何なので、近くのカフェに入って話をすることにした。本来なら道場でもてなすつもりだった、というメルの悲しい話を聞きながら、エトワールは席についた。


「1つ、聞く」注文したアップルジュースを飲みながら、メルは言う。「道場はなくなった。それでも……私の弟子になってくれる?」

「……」一瞬、間があったが、「はい」

「無理しなくていい」

「無理をしているわけでは……」


 道場がなくても、彼女の指導力や実力が確かなら問題はない。むしろ道場だけが立派で、道場主の実力が伴っていないほうがエトワールとしては困るのだった。


「……嫌になったら、すぐに辞めていいから」

「は、はい……」


 なんだか悲しい雰囲気だった。自分の道場をなくした人というのは、ここまで悲しい雰囲気が出せるものなのか。まぁ悲しそうというのはエトワールの主観であって、メルの表情は変わっていないけれど。


「それから……キミの服だけれど」

「僕のですか?」エトワールは自分のボロボロになった服を見て、「なにか問題がありますか?」

「キミが気にしないなら良いのだけれど……もしよかったら私の道場で……」途中でメルの言葉が止まる。「道場は……ないんだった」


 どう反応すればいいのかまったくわからないエトワールだった。道場を火事でなくした人に、掛ける言葉なんて持ち合わせていなかった。

 いたたまれなくなって、エトワールは話題を変える。


「そうだ……その、受講料が必要ですか?」

「……取らない、つもりだったんだけど」話題が変わらなかった。道場がなくなって、資金繰りに困っているようだった。「……まだ、ギリギリ大丈夫」


 気まずいエトワールだった。さらにそれに追い打ちをかけるように、店内の客がメルについて、ヒソヒソと陰口を言う。


「あ……あの人。道場が燃やされたんですって」「まぁ恨みを買いそうな人だものねぇ……」「ちょっとかわいそうだけど……これでこの町から消えてくれると助かるわね……」


 陰口を言う人は、エトワールは好きじゃない。人の悪口なんてできる限り言わない方がいい。注意してやりたいところだが、気になるワードが聞こえてきた。


 そこはメルも気になったようで、ボソッと彼女はつぶやいた。

 

「……燃やされた?」


 そう言っていた。燃えたのではなく、燃やされたと。

 つまり……放火? 火の不始末とかではなく、誰かに火を放たれた?


 エトワールが悩んでいるうちに、メルが立ち上がって、その話をしていた客の前に行く。

 

「ねぇ……燃やされたって……」

「あ、ごめんなさい……」


 メルが近づいてきたのを見るなり、陰口を叩いていた客が逃げるように会計を済ませる。どうやらメルが避けられているというのも本当のようだ。

 逃げられたメルはといえば、


「……取って食うわけじゃないのに……」相変わらず無表情だが、エトワールには悲しそうに見えた。「……」


 かける言葉もない。


 メルはトボトボ戻ってきて、


「面接の続きをしても、いい?」

「はい……」


 面接だったらしい。ヘタな受け答えをすれば門下生になれない可能性があるらしい。


「エトワールくんは……どうして私の弟子になろうと思ったの?」

「それは……」エトワールは一瞬だけ下を向いて、「要約すれば、強くなりたいからです」

「強く……それはどうして?」

「……僕の両親は、10年前の戦争で亡くなりました。とても強くて優しい両親で、僕は両親に憧れていました」


 メルは黙って話を聞いていたので、エトワールが続ける。


「そんな両親も、殺されました。大戦の死神……って知ってますか?」

「……」長めの間が空いた。メルは会話が苦手だと知っているエトワールは、焦らずに続きを待った。「……知ってると思う」


 なんだか曖昧な言い方だったが、エトワールは気にせず続ける。


「その死神という魔物に、僕の両親は殺されました。その時から……僕はずっと魔物を恨んでます。いつかその死神を、自分の手で葬りたいと、考えています」


 エトワールの手に力が入る。それから意識的に脱力して、


「といっても……もう戦争は終わりましたけどね。その死神さんも、グラン様に退治されてると思います。だから……復讐をするっていう動機は弱いです」

「……」メルはまっすぐエトワールの目を見つめて、「もし……その死神が目の前に現れたら?」

「……考えたことなかったですけど……」エトワールはしっかりと考えてから。「きっと……襲いかかると思います。両親の仇が目の前にいて我慢できるほど、僕は大人じゃないので」

「……そう……」


 なんだかメルが考え込んでしまったので、少し待ってからエトワールは言った。


「それで……僕には妹がいたんです。妹はとても強かった。子供の頃から将来有望で、才能にあふれていて……村のみんなから期待されてました。でも……そんな妹も病気になっちゃって……」


 エトワールは少し鼻をすすって、


「妹はずっと言ってました。私は強くなりたいって。世界一強くなるんだって。でも病気が治らないってわかってからは、そんなことも言わなくなりました。それで……ついこないだ、僕のいた村が魔物の残党に襲われて……その時に妹も殺されました」


 エトワールはそこで一息つく。手元のオレンジジュースを飲んで続ける。


「その時に思ったんです。僕がもっと強ければ、妹を助けられたって。それに……妹の夢も僕が叶えてあげたい。僕が世界一強くなって……それで……その……」


 泣きそうになって言葉を止める。しばらく沈黙があって、メルが言う。


「最後に1つ聞く。キミにとって、強さって何?」

「強さ……?」考えたこともなかった。「……技術があったり、力があったり、相手に勝てたり……」

「……わかった。じゃあ、キミにとって本当に大切なものはなにか、しっかり考えておいて。強さってなんなのか、それを常に考えること」

「はい……」


 よくわからない忠告だった。強さとはなにか……そんなもの考えてどうなるというのだろう。


「稽古そのものは明日からでもいい?」

「は、はい……それはいいですけど……できることなら今日から……」

「今日はちょっと……いろいろと……処理があって……」

「あ、すいません。そういうことなら」


 道場が燃えた処理だろう。そういえばこの人は昨日、道場をなくしたのだった。


「ついでに……道場燃やした人に八つ当たりしてくるから」


 相当ご立腹のようだ。そりゃそうだろう。最近手に入れた自分の道場を燃やされたのだから。道場を燃やされているのだから、八つ当たりじゃなくて正当な裁きな気もする。


「じゃあ……また明日。朝頃に道場……道場跡地で待ってる」


 そんな悲しい言い換えをしなくてもいいのに。


 メルは立ち上がる。おそらく道場の処理と、八つ当たりにいくのだろう。


 そんなメルに、エトワールは言った。


「あの……僕もついていっていいですか?」

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