弐第39話 王都中央区-3
「君、ここでは許可のない者は販売できんぞ」
見回りの憲兵に、見咎められてしまった。
やばい……と思ったら、にこにこ顔の蛙の人が、俺と憲兵の間に立ちはだかった。
「いやいや、これは申し訳ございません。ちょっと熱が入りすぎてしまいまして、店を飛び出してしまいましたよ! 彼は、私の手伝いをしてくれているだけなのですよ、はい、こちらが許可証でございますよ!」
憲兵はその許可証を眺め、蛙の人が身分証を見せる。
「なるほど、許可はあるようだな。君も、身分証を見せてもらっていいかな?」
そう言われて、取りだした身分証を見て……いや、多分、身分証入れを見て、憲兵が驚く。
「……九芒星の……! 君、これは買ったものか?」
「いや、俺の依頼人が、えーと……『特派員証』……とか言って、くれたものだ」
「左様でしたか! 何も問題ございません。失礼致しました」
なんだ?
……あっ!
そーいえば、セレステで『皇国内どの領地でも協力要請ができる』……なんてこと、言われていたな。
俺は一等位魔法師の使いとして、ここに来ているって思われたのかもしれん。
この身分証入れのことも、各地に通達されているのか……
とんでもねぇな、あの一等位魔法師。
でも、聖魔法師なんだろうから当然なのかも。
「……ふぅ、よかったー。すまなかったねぇ、僕がこんな所で売ってくれなんて言ったから」
「いや、それは構わないが……さっきは助かった。礼を言う」
蛙の人に振り返った時、少しよろけた。
ちょっと身体を斜めにして描いていたからか、片足だけが怠いせいだな。
歩いていないからなぁ、最近……
「ははははっ、お互い様さ。僕達の方こそこの布であれば『タルフの赤』より、ずっといい値段で取引ができそうだ。感謝するよ……えーと、名前を聞いてもいいかい?」
「ガイエス、だ」
「そうか、ああ、僕はタセイームだ! 本当にありがとう!」
握手をされ、また、蛙を一個もらった。
今度は薄い青だ。いろいろな石で作っているのか。
……蛙、好きなんだな……変な人だ。
そして、商人達から、方陣札を是非とも王都の魔法師組合で売って欲しい……と頼まれた。
そうだな……これからはたまに来るだろうし、売ってもらってもいいかもしれない。
考えておくよ、とだけ言って俺は彼等と別れた。
腹が減って、少し早めだが夕食にすることにした。
歩き疲れてきたし、すぐに食べられる手近な食堂に……と思ったが、どこもかしこも混んでいる。
王都ってのは、本当に人が多いなぁ。
ふぅん『伝統料理の店』……か。王都じゃなきゃ食べられないのかもしれないから、物見の人達で混んでいるのかもな。
あ、あの角にも食堂があるみたいだ。
少し細い路地の角にあったその店に入ると、あまり混んではいない。
よかった。
まぁ、食堂で食えなかったとしても、宿で保存食を食べればいいんだけど。
なんだか店主がむすっとした顔をしている。
「……うちは『伝統的』って料理じゃねぇ。それでもいいのか?」
「俺はこの国の『伝統料理』ってのはよく知らない。旨ければいい」
「そうかっ! それなら、食っていってくれ」
急に笑顔になったぞ。
「『伝統的』……ってのはなんなんだ?」
「王都に物見に来るやつぁ、そういう料理を食いたがるからよ」
「旨いのか?」
「まずくは、ない。でも、俺ぁ毎日食いたいってものじゃないから、作りたくねぇんだ」
この食堂に来るのは、そういうのを承知している客だけなのだろう。
物見の客と言うよりこの辺の商店の人とかが、毎日食べに来ているってことか。
出て来た料理は、イノブタ肉の煮込みみたいだ。
青豆が一緒に入ってる。
……うん、普通に旨い。
そりゃ、物見に来たんなら、こういう『いつも食べてるもの』は態々食いたくないって思うかもなぁ。
ただ……パンが、めちゃくちゃ硬い……煮汁に浸してやっと食える感じだ。
この時期は、小麦が手に入りにくいのか?
作り置きなのかもしれない。
まぁ、冬場でパンが柔らかいなんてのは、余程南の方かセイリーレだけなのかもしれない。
隣の席のちょっと小太りの爺さんがにこにこ顔でこちらを見ている。
いや……爺さん、というよりはもう少し若いか。
そして俺の目の前に座り、話しかけてきた。
「君は、硬いパンはあまり食べないのかな?」
「……最近は食べてなかったな」
「どこから来たのか、聞いてもいいかい?」
「セーラントだ」
爺さんは『意外だ』とでもいうような顔になる。
もっと南の方だと思ったのかもしれない。
でも、セーラントだって、ここまで硬いパンは出してなかった。
セイリーレみたいに、ふわふわって訳じゃないけど。
「そうか、最近セーラントは食事が随分美味しいと聞くが……魚以外も旨いのかな?」
「ああ」
「なるほど……ああ、いや、すまなかったね邪魔をして。今度、よかったら私の店にも来ておくれ」
住所と名前が書かれている紙を差し出され、その爺さんは店を出て行った。
食堂の店主が驚いたような顔で、見送っている。
「あんた、凄いな! あの商会長さんに、直々に店を訪ねるように言われるなんて!」
「商会長……なのか、あの人」
「そうだよ! コデーオ商会っつったら、今は王都で一番の商会だ」
へぇ……住所が大通り沿いみたいだなぁ。
さっき眺めた中にあった店みたいだが、あんまり面白そうって感じでもなかった所だと思う。
あ、でも革製品があったら、馬具があるかもしれないな。
今使っているのが、ストレステで買った時のままだもんな。そろそろ傷んできたから、買い換えた方がいいかもしれない。
カバロ、連れて行って平気かな?
歩きたがるだろうし、王都は騎乗している人も多いからカバロと歩きやすい。
翌日、カバロを連れて宿を出ようとした時に厩舎番の男に『もう一泊ですよね? 戻っていらっしゃいますよね?』と念を押された。
頷くと、よかったぁと言いつつ、カバロに向かって微笑む。
……こいつ、また『世話係』を誑し込んだのか……
誰に気に入られたら、快適に過ごせるかっていうのを理解してるとしか思えん。
天才過ぎるな、うちの馬は。
どうやら懐いているみたいだから、この『世話係』には馬を食べる習慣はないのだろう。
カポカポと歩きつつ、大通りへ入ると騎乗している人も多い。
ふたり乗りで、簡単な屋根だけが付いた馬車もあるのか。
あちこち見て回るための、簡易馬車というものらしい。
物見の人達用に、時間貸しをしているみたいだ。
おっと、この店か。
うっわーーー……他の店の三軒分くらいの広さに入口がふたつもある。
馬寄せも付いているし、何頭か馬達もいる。
……カバロが、ちょっと足踏みしているのは……行きたくないってことか?
他の馬がいるから?
え、何おまえ、そんなに人見知り……じゃねぇ、馬見知りだったのか?
すまんが、おまえの馬具を見るんだ。
ちょっとだけ、待っててくれ。
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