弐第19話 キエート-2
明け方近く、突然大きな地響きのようなもので飛び起きた。
地面が大きく揺れる感じがしたが、家の中のものが倒れたりはしていない。
何があったのだろうと、眠っていた二階の部屋から一階へと下りた。
するとアーシエの父親、サムナースさんが雨具を身に着けて外へと確認に行くところだった。
「済まん、ガイエスくん、様子を見てくるからワーノナとアーシエのこと、頼めるか?」
俺が頷くとサムナースさんはまだ暗い、雨の中を走っていった。
ワーノナさんが不安そうに見送る。
「厩舎の様子を見たら、俺が一階にいる。アーシエの側にいてあげてくれ」
「……ありがとう……うちの人が戻ったら、すぐに……」
「ああ、解った。すぐに知らせる」
カバロが怯えているかと思ったが、そうでもなかった。
他の馬達も大丈夫のようだ。
幾人かの男達が家を出て、北側へと走って行く姿が見えた。
サムナースさん達が戻ってきたのは雨が上がり夜が明けて、辺りが明るくなったころだった。
暗い面持ちのサムナースさんは、不安げにしているワーノナさんに何があったかを説明し始めた。
どうやら、地滑りがあったらしい。
村の家々までには達しておらず、犠牲者はいないが……葡萄畑の半分が、土砂に埋もれてしまったようだった。
「……今までも地滑りは何度か、数百年毎にあったんだ。初めての事じゃない」
「でも、葡萄畑まで駄目になる事なんかなかったのに……!」
「一昨年、日当たりをよくする為に東側の木を切っただろう? あの辺りが、崩れたんだ」
この辺りは西に向かって低く斜めになっている土地で、東側に小さめの森がある。
日当たりをよくする為に、その森の木々を少しばかり切ったのだそうだ。
雨が続いて崩れやすくなってしまったのだろうと、悔しげに呟く。
「折角……葡萄が売れるかもしれないって時に……半分も」
「いや、あの様子だと土に水が溜まりすぎている。来年は……葡萄は作れないかもしれない」
「葡萄の木は? 木は……どうなるの?」
「……このままだと、多分、腐っちまう」
ふたりの絶望の表情が、胸に刺さる。
なにか、何かできないか? 俺に、できることは……
「魔法で、土砂や水をどけられないか?」
思わず、そう口を挟んだ。だが、ふたりの表情は変わらない。
「そんな強い魔法が使える魔法師を呼ぶのには……金も時間もかかる。その間に、葡萄の木は全部駄目になる」
「俺にやらせてもらえないか?」
「え?」
ふたりが驚いて目を瞬かせる。俺が魔法師だとは思っていなかったらしい。
「しかし、ひとりでは……」
「ああ、俺だけじゃ無理だ。でも、俺が『方陣札』を作る。それを使えば、村中ですぐにでも作業ができる」
ほんの少し、ふたりの瞳に輝きが戻る。
「あんた、あたしがみんなに伝えてくるよ!」
「ああ、俺は村長の所に行く! ガイエスくん……済まないが、よろしく頼む」
「解った」
ふたりが家を飛び出し、俺は食卓を借りて方陣札を作り始めた。
絶対に必要なのは【土類魔法】【制水魔法】【植物魔法】。
そして『土類鑑定』『毒物鑑定』も有った方がいいし……そうだ『果実育成』も必要だろう。
作業中に怪我をするかもしれないから【回復魔法】とか【浄化魔法】も作っておこう。
次々と札を描き、魔力をギリギリまで入れておく。
なるべく発動の魔力を少なくすれば、作業が捗るはずだ。
全部、一等位魔法師が書き替えてくれた方陣だからな。
必要な魔力量が少ないのに、効果は従来のものより高い。
そうしてかなりの数の方陣札ができあがり、俺が一息つきつつ菓子をいくつか食べ終わった頃、村長達とサムナースさんが戻ってきた。
「ガイエスくん、と言うたか。すまなんだ……偶々寄ってくれたあんたに、ここまでしてもろうて」
「構わない。俺にできることがありそうだと思っただけだから」
「儂等には……その、対価は……」
しまった、そういうこと考えずに作っちまった。
押し売りになっちまうな。
でも、俺が今一番欲しいものをもらえればいいんだよな。
「そうだな。方陣札を作ると凄く腹が減るから……今日の食事を大盛にしてもらえるか?」
「……大盛?」
「ああ。できれば、イノブタの焼いた奴なんかあると嬉しい」
全員が不思議そうな顔をしているが、真っ先にワーノナさんが任せな! と答えてくれた。
俺はその声に取引成立だ、と告げて方陣札を村長に渡した。
なんの札かの説明が全て終わる頃、生姜の利いたイノブタと赤茄子の焼いた物が出て来た。
村中で札を使って早速作業に取りかかると言うので、俺も一緒に行こうとして止められた。
「ガイエスくん、こんなに沢山魔力まで入れてくれたんだ。まずちゃんと食事してくれよな」
サムナースさんにそう言われ、相当腹が減っていることに改めて気付いた。
俺はやっと起きてきたアーシエと一緒に、食事をしてから現場に向かう事にした。
焼いた赤茄子って旨いなー。
イノブタとめちゃくちゃ合う。
甘藍も焼いてあると、甘くなって旨ーい。
そしてワーノナさんからもっと食べなさい! と、どんどんと皿に継ぎ足され、大盛どころか無限になくならねぇんじゃ? とちょっとだけ後悔した。
……でも、旨い。
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