弐第11話 取引島からカシナへ

 船に上がると衛兵達から、そして乗船客達からまさに絶賛という扱いをされて身の置き場がない。

 船内にいるタルフ人達は外にいた連中と同じで、やはり化け物でも見るかのようだ。

 衛兵のひとりから怪我はなかったかと尋ねられて、大丈夫だと答えるとまたしても褒めちぎられる。

 ……皇国人は、魔法に対しては信じられないほどに称賛をおくる。


「助かりましたぞ、ガイエス殿。さすがは皇国の魔法師だ。だが、貴殿はまたお若い。無理だけはなさらぬようにな」

「ああ、気をつけるよ」

『冒険者』ではなくて『魔法師』として讃えられる、という点も皇国ならではだ。

 そして、俺を若者扱いするのも皇国だけだ。


 その日の夕食の時は、船の乗組員達から『魔獣から守っていただいたお礼に』と食事のあとに、蜂蜜がたっぷりと染み込んでいる焼き菓子を出してもらった。

 めっちゃくちゃ旨くて、添えてあったふわふわの乳脂と食べると絶品だった。

 魔沢鵟あいつ倒して良かったなー。

 こんな美味しい菓子を作ってもらえるなんて、思ってもいなかった。

 セーラントって、セイリーレの次に菓子が旨いところなのかもしれない。オルツに戻ったら、柑橘の菓子を買いに行こう。



 翌朝、俺は一度カシナの冒険者組合に行く為に『門』で隣国のカシナの港へと移動した。

 あの取引島迷宮にいた魔獣の牙と髭が、どれほどのものかが気になったからだ。

 船で行くのだから午後でも良かったんだが、入国とかしていたらオルツへ向かうのに乗り遅れそうだったから。

 船が着いたら混むからな。


 カシナの港からすぐの冒険者組合に入ると、いつも通りエンエスが迎えてくれる。

 ……まず、確認したいことがある。


「ちょっと聞きたいんだが……カシナでは『馬』を食べるってことはあるのか?」

 突然何を言っているんだという表情のエンエスだったが、すぐに、食べないっすねー、と返してきた。

 そうか、よかった……


「昔はよく食べたみたいですけど、今はあまり食べる人いないですよぉ?」

 ……少しは、いるのか。

「年寄りだと、食べる人が割といますね。じいちゃんとか、結構好きでした」


 食べることに抵抗はないんだな。

 そうか。うん。


「とりあえず……この牙って、なんていう魔獣か解るか?」

 俺が差し出した牙を見るなり、エンエスの顔がぱーーっと明るくなった。

「これっ、魔海驢まかいろですねっ!」

 そう言って教えてくれた特徴が、あの魔獣と一致する。


「こいつ、もの凄く獰猛で、この牙が刺さったらまず助からないくらいの猛毒なんですよ! 凄いですっ! この牙を持って来られる冒険者なんていませんよっ!」

「……毒があったのか」

「知らなかったんですか?」


「ああ、初めて見た奴だったから。売れるか?」

「すみません……うちじゃ高価すぎて買い取れないです……多分、皇国だったら買ってもらえます。薬が作れるらしいですから」

「なんの薬になるんだ?」

「この牙の中の方にある『髄』と魔鵲ましゃくの眼球の毒を【浄化魔法】と【薬効魔法】で精製して作るらしいです。確か、魔鼠まその駆除薬です」


 ……なるほど、確かに魔獣を殺せる薬だな。

 鼠だが。

 だが、魔鼠は完璧な駆除が難しく、聖魔法がない他国では深刻だろう。

 繁殖が早くてあっという間に増えるというから、確実に駆除できる薬は貴重品だろうな。


 でも、殺せたとしてもちゃんと焼けるのか?

 カシナでだって、魔鼠を焼くのは厄介で炎熱の方陣札が何枚も必要だって言ってた。

 何度か、俺に依頼が来たこともある。

 他国での魔法師組合登録がないから、方陣札を販売するとしたら冒険者組合になるので……俺は売っていない。

 他の冒険者に攻撃魔法を渡すのは、やはりちょっと躊躇する。

 浄化や回復なんかなら、別にいいんだけどな。


「カシナでもその駆除薬が作れればいいんですけど、そんな高位の【薬効魔法】持っている魔法師なんて滅多にいませんから、皇国じゃないと精製できないんですよね」


 カシナでは材料を皇国に渡して、精製された薬を買っているのだろう。

 じゃあやっぱりあの毒密売人達が魔鵲ましゃくの眼球を売っても、薬はできなかったって事なのか。

 薬の為といいつつ、毒が必要だったという事なのかもしれない。


 取り敢えず必要なことは確認できたので、俺はまた港から取引島へと戻った。

 出航まではまだ時間があったが、もう島には殆ど人影はない。


 俺も船に乗り込み、船室で寛ぐ。

『遠視の方陣』を書いた眼鏡を作りたいところだが、材料がないので今回は仕方なく片眼鏡の硝子一枚を書き替えた。

 疾風の魔導船の中なら、水質鑑定は必要ないだろう。



 昼の少し前、魔導船は取引島を離れ、カシナへと向かった。

 カシナの南西側には島が沢山あるのだが、殆どが無人島で船が行くことはない。

 早速甲板に陣取り、それらの島々を『遠視の方陣』で視て記憶していく。


 カシナの港に着いた時に一度下船し、覚えたばかりの無人島へと『門』を開いてみた。

 問題なく移動はできたのだが、いつもの移動より魔力が多く必要だった。

 ……これは、注意しないとまた移動先で昏倒、なんて事も有り得る。

 無人島でやらかしたら、それこそ命に関わるよな。

 魔石だけは、惜しむまい。


 そして、カシナでは入国せずにそのまま『疾風の魔導船』で、オルツへと向かう。

 甲板を渡る風が気持ちいい。


 聞き慣れない声が聞こえ、振り返ると子供が三人はしゃぐ声が聞こえた。

 あれ? あんな小さい子達、乗っていたか?

 どうやら家族連れのようだ。爺さんとご夫婦もいるから、家族でカシナから乗ってきた人達かもな。とても楽しそうだ。


 ……あまり、カシナ人っぽくない格好だな。

 あ、袖の長い服を着ているからそう感じるのか。

 カシナは暑くて湿気が多いせいか、長袖の服って殆ど着てないからな。

 おっと、ちゃんと視てなくちゃ、島を見逃しちまう。


 帰り道で覚えた島はみっつだったが、絶対に船が行かないような島々だ。

 魔導船は高い位置から見下ろすように見えるから、結構離れている島だよな。

 魔石、ちゃんと準備しなくちゃ。


 無人島かどうかは解らないけど、人がいなくても迷宮はあるかもしれない。

 楽しみがまた増えたなっ。


 あ、でも、カバロは嫌がるかな……無人島だったら。

 厩舎、ないもんなぁ。

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