第96話 一番悪いのは誰



「ナタリアさまが、もし良いと仰ったら。その時はお会いになった方がいいと思います」



そうメラニーに言われた時、レオポルドは本当に驚いた。


言いたいことはこの際すべて言った方がいいと指摘され、自分に遠慮しなくていいとまで言われたから。



「・・・だって、今は私ひと筋だと、そう仰ってくださいましたもの」



レオポルドはぐっと声が詰まる。そして何やら胸を押さえて呻いた。





約束の日、レオポルドはメラニーの屋敷に向かう。


案内された部屋で、その時を待った。


隠れて行動はしたくないと、続き部屋での会話が聞こえるように薄く扉が開かれている。


婚約者の元恋人を呼び出し、その近くに婚約者をも待機させるという普段のメラニーからは想像できない行動に、皆は目を丸くしつつも大人しく成り行きを見守っていた。



それからナタリアが来て。

まずはメラニーがナタリアと話して、彼女の希望を聞く。


その後、改めて俺の意思を再確認して。



--- やきもちを焼いてしまいますから、10分だけです



そんな可愛いことを言われて、妙に和んだ場から、レオポルドとナタリアは制限時間付きで庭園へと向かう。


誰にも聞かれたくないなら侍女なども側に置けない。

けれど二人きりで密室は流石によくない。外聞的にも、関係者全員の精神的にも。それで選択したのが庭園だ。


声が届かない距離に侍女たちが控え、メラニーたちはサロンで待つ。


この屋敷の構造にも随分と慣れてきたレオポルドは、サロンにいるメラニーたちから見える位置を選ぶ。


何度も何度も、「まず考えろ」と小言を言ってくれたレンブラントに、レオポルドは今さらながら感謝していた。たぶん前のレオポルドだったら、テンパって何を話すかそれだけで頭がいっぱいになってただろう。



ひゅう、と木枯しが頬に当たる。


ナタリアが小さく縮こまった。



制限時間の10分は丁度いい時間かもしれない、そうレオポルドは思った。


だって今は真冬、コートを着ていてもかなりの寒さだ。鍛えているレオポルドはまだしもナタリアは堪えるだろう、あとそれに侍女たちも。



レオポルドはナタリアへ目を遣る。



・・・それにしてもナタリア。

少し痩せたみたいだ。


顔色は悪くないけど、もともとほっそりしていた体つきが、更に細くなってしまっている。


援助金を使えと言付けても、生活のためには受け取ろうとしない。きっと毎日忙しく働いているのだろう。



そんなことを考えていると。





「・・・素敵な婚約者さまね」



久しぶりのナタリアの笑顔がレオポルドに向けられる。懐かしさが彼の胸を打った。


あの頃は、この笑顔のためならなんでもする、なんでも出来ると思って、がむしゃらに進んでいた。自分の未熟さも知らず。



自分がもっと大人だったら、もっとしっかりしていたら。そうたとえばレンブラントのように。


そうしたら、ナタリア、君も今とは違う生活を送れていたんだろうか。



いや、今さらだ。出来なかったことを『たられば』で後悔しても。



ああ、だけど。


君との別れの後に、あの子との出会いがあった。


だからきっと、自分とナタリアとの出会いは無駄じゃない。意味がなかった筈がない。




「・・・素敵だろ? 大切にしたいと、そう思ってる」



そう言うと、ナタリアが笑った。



「ふふ、そうしてあげて。あの方に不幸は似合わないわ」


「ああ」



10分。


メラニーがレオポルドたちのために作ってくれた時間。



「・・・ナタリア」



名を呼ばれ、ナタリアがレオポルドを見上げる。




「手紙にも書いた通り、彼女のお陰で俺は幸せだ。きっとこの先も、俺は幸せでいられると思う」


「・・・うん。きっとそうね」


「・・・俺が幸せになるのを、君は許せる?」



レオポルドがそう問うと、ナタリアは驚いたように目を見開いた。



「もちろん許せるわ、当たり前じゃない。なぜそんなことを聞くの?」


「だって」



そう、せっかくの10分。


二人きりでしか話せないことを、今話さなくては。



「巻き戻る前の時、ベアトリーチェを酷い目に遭わせたのは、そもそも俺だろ?」


「・・・っ」



歩いていた足の動きが止まる。


無言でナタリアはレオポルドを見上げた。



「違うか? だってそうだろ? 俺は、自分を慕ってくれてたベアトリーチェの気持ちを利用して白い結婚をした。彼女が病気で死ぬ前提で」


「・・・」


「しかもその目的は、最初から君と再婚することだった」


「・・・どうして、そこまで知って・・・」


「なあ、ナタリア」



冷たい風がまた吹き抜ける。



「一番悪いのは、誰だと思う?」


「・・・っ」


「・・・俺は、少なくとも君ではないと思う」


「・・・どうしてそんな」



「直接手を下したのが君だったとしても・・・その状況を作ったのは俺やアレハンドロだ。だったら、一番悪いのはやっぱり俺たちじゃないか? 間違ってるかな・・・?」


「・・・」


「ナタリア」



ナタリアは答えない。


薬を盛られて錯乱したことは、アレハンドロ以外知らない筈だ。ナタリアは聴取の際にそのことをレンブラントに言っていない。


なのに、どうして。


どうして、そんな優しい言葉を私にかけるの。




「・・・ベアトリーチェの死に一番責任がある俺が幸せになろうとしてる。ナタリア、君はそれを許せるか?」


「・・・許せるも何も、私はずっとあなたの幸せを祈っていたわ」


「そうか。君はベアトリーチェと同じことを言うんだな」


「・・・ベアトリーチェ、さま?」



予想外の人物の名がレオポルドの口から上り、ナタリアが視線を揺らした。



「ベアトリーチェに聞いてみたんだ。前に彼女を殺す原因になった俺は・・・幸せになる権利があるんだろうかって」


「・・・」


「今の俺を見れば、ベアトリーチェがなんて答えたか分かるよな」



ナタリアは無言で頷いた。



「だけどさ」



レオポルドはナタリアを見つめる。



「ベアトリーチェは、君のことも言っていた・・・心配してたよ」



一歩、ナタリアに近づく。



「君はもしかしたら、自分に罰を与えたいんじゃないかって」



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