第49話 まだ


身ぐるみを剥がされ拘束されていたレオポルドに駆け寄ったバルテは、手早く鎖を外すと、身体を拭くものと着替えとを手渡した。



「遅くなりました。偽帳簿を見つけ出すのに思いの外手間取りまして」



申し訳ない、と謝るバルテに、レオポルドは首を振る。



「こちらこそ済まなかった。俺がドジを踏んだせいで、余計な手間を」


「こちらとしては見張りの数を減らして貰えて助かりましたよ。まあ、主のご子息を囮扱いするのはマズいでしょうが」



その言葉に苦笑しつつ、レオポルドは手早く身支度を整える。

その間にバルテから報告を聞いた。既にこの離れ全体は抑えた様だ。



どうやら、ライナルファ侯爵家側から送り込まれたバルテたちと、ストライダム侯爵家側の影たちとで連携したらしい。



これまでずっと手に入れたくても出来ずにいた、ライナルファ侯爵家のものとして偽造した裏帳簿。


厳重に隠されていたそれを見つけるのは存外手間取ったが、夜半で使用人たちの大半が休んでいた事、そしてレオポルドの尋問のためにザカライアスたちが地下室にこもっていた事が良い方に働いた。



それでも、壁に埋め込まれた隠し金庫を探し当て、扉を開けるまでにかなりの時間を要したらしい。



偽の裏帳簿を手に入れた頃、連絡を受けたライナルファ家の私兵たちも到着。そうしてアレハンドロの離れ全体を抑えた。同時に、レオポルドを助け出したという訳だ。



ストライダム侯爵家のレンブラントは、テセオスことウヌカンからの一報を受け、まずはライナルファ家へと赴いた。そこで同じく報告を受けていたライナルファ侯爵家当主トマスと共に指示を出す。


送り出した私兵たちが離れの使用人たちを取り押さえた頃に悠々と姿を現したレンブラントは、満身創痍のレオポルドを一瞥する。



「ずいぶんと手酷くやられたな」



漏らした一言は、まずそれだった。



「ああ。けっこう酷い目に遭わされたよ」


「そう言う割には、存外いい顔をしている」



鞭傷の跡に痣に腫れ、あちこちがボロボロだというのに、それでもレンブラントはいい顔だと笑った。だが、それが嫌味でも何でもないという事は、その表情が物語っている。

むしろ褒めているのかもしれない。



実にレンブラントらしいと、レオポルドは思った。



その時、バルテたちライナルファ侯爵家付きの影の二人が傍に立つ。



「レオポルドさま」



影の手には、アレハンドロが指示して作らせたという、例の偽裏帳簿があった。



彼らは、まずそれを主の息子であるレオポルドに渡す。すると、レオポルドはそれをそのままレンブラントに渡した。



それがレオポルドとレンブラントとの間で交わされた契約だ。



「うむ、確かに」



中身を確認して、レンブラントが満足そうに頷く。



「船と共に沈んだ筈の商品、盗賊に奪われた筈の品、それらの正確な品目品名が、何故かレジェス商会の人間が作成した偽帳簿に記載されてる。これはもう、自分たちが全部仕組んでやった事ですと自白してるようなものだ」



裁判にかければ勝利するのは明らかだが、それをするのも面倒だ、金も時間もかけずに同じものが手に入るのなら最小限の労力でと言うのがレンブラントの主張。

これらの証拠を持って、この後レジェス商会の会頭、マッケイに交渉に行くつもりらしい。


もっとも、それが交渉という名の脅迫であることは、さすがのレオポルドでも勘づいていた。



どちらにせよ、これでーーー



「・・・これで決着がつくな」



レオポルドは晴々とした表情でそう言った。



やっとアレハンドロの力を削ぎ落とせる。もう自分たちに手を出すことも出来ない、そう思っての発言だった。



夜空は既に白み始めていた。


他の者たちもそうだろうが、レオポルドは特に睡眠不足やら疲労やら怪我やらでくたくただ。早く屋敷に戻って休みたかった。



なのに。



「いや、まだだ」


「・・・え?」



気の抜けきったレオポルドに、レンブラントは真顔で返す。



「よく見てみろ。肝心な奴がいないだろ?」



意味が分からず困惑するレオポルドに、レンブラントは拘束したばかりの使用人たちを右の手で指し示す。



裏の仕事用に使っていた離れの使用人たちと奴隷たちの一人ひとりの顔を見ていって、そして。


レオポルドもまた気づいた。



「あいつが、アレハンドロが、いない・・・?」


「言っておくが、別邸にもいないぞ。あいつは昨日からここに帰って来ていない」


「なんだと?」



目を見開くレオポルドを横目でチラリと見たレンブラントは、あからさまに大袈裟な溜息を吐いた。



「・・・流石に、付けると思っていたんだがな」


「どういう事だ?」


「お前がここに潜入するに至った経緯を、俺はわざわざ教えてやっただろう。だとしたら、真っ先に護衛を付けておくべき人物が居ただろうが」


「・・・え?」



呆れを含んだ指摘を受けても、レオポルドはその言葉の意味が直ぐには呑み込めず、数回目を瞬かせた。



レオポルドは、受けたばかりの指摘を反芻する。



ここに潜入するに至った経緯、それは。


目障りな自分を追い落とすために、ナタリアに執着しているあの男に妨害工作を受けたから。

彼女の恋人である自分が邪魔で・・・


真っ先に護衛をつけておくべきは ーーー



「ーーー・・・っ!」


「・・・そうだ。お前の恋人の、あの娘だよ」



一瞬で青ざめたレオポルドに、レンブラントは静かな眼差しを向ける。



「昨夜アレハンドロに連れ去られたらしい」


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