第73話「禁忌のスキル」
「正体は――存在しない子供だ」
その言葉の後、部屋は静まった。
聞き取れなかったわけでもないし、むしろ内心俺は声を上げたいくらい驚いていた。
ただ、俺の中の何かがそうはさせなかった。
胸の内に引っかかる違和感が俺をそうさせていた。
数秒ほどの沈黙を経て、隣で聞いていた黒崎さんが口を開いた。
「存在しない? それってどういうこと? まさか幻惑だとかそういうたぐいとかは言わないわよね?」
無論、当たり前の返答だった。
そんな彼女に加えて、斎藤さんと下田さんも口を開く。
「正直、魔法のにおいはしなかったから幻影魔法とかだとも思わないけれどどうなのかしらね?」
「……書類上では、存在しない…………とか?」
ピクリと肩が動く。
顎に手を当てながら真剣につぶやく下田さんににこりと笑みを浮かべるギルド長。
「あぁ、さっすが下田君。鋭いね?」
「まぁ、事務職に就いてましたからね。ていうか、そんな言い方して何がしたいんですか? 弄んだりでもしてるんですか? こんな時に」
むすっとした視線で睨みつける彼女。
それに対して全く表情を変えずに笑みを浮かべながら、部屋を歩き回り始めた。
正直な話、俺もその表情には少し嫌悪感を抱いた。
「あはははっ。部下に注意されちゃったね」
「ぎ、ギルド長。あなたに口を出したいわけじゃないですけど、俺もです」
「まぁまぁ、落ち着いてくれ」
「まぁ、落ち着いてはいますけど。とにかく、それでどういうことなんですか? 彼女が――莉里が――存在しないって」
「存在しない――それはさっき下田君が言ってくれた通り書類上の話のことだ」
そう呟くとギルド長は指パッチンをしながら頭上にデータを映し始めた。普段から見ているホログラムがぼっと浮かび上がり、そこには莉里の顔写真が大きく映っている。
「ただ、少し特殊ではあるがな? 時間にまつわるよ。時間にね」
「時間?」
「あぁ」
一体何が言いたいのかはさっぱりで、黒崎さんと顔を見合わせると「ああいう人なの」と一蹴される。
回りくどく言うのが好きらしいが、にしてもだ。わかりづらくて身内までも騙されると困ることしかないっていうのに。
ただ、思い出せば、確かにそんな人だったかもしれない。
「……つまり?」
「過去には確かに存在していたってことだな」
「は?」
「……じゃ、じゃあ。まさか」
「お、さすがっ!」
「……笑われるのはやっぱり不愉快なんだけど。まぁ、そうね。そういうことだわよね」
「そういうこと?」
なぜか伝わっている二人の会話の中に俺は訳もわからっず入り込む。
すると、黒崎さんが苦難の表情を浮かべながらぼそっと呟いた。
「死んでいたってことよ。書類上ではそうなっていたの」
「し、死んでいた?」
そんなわけがない。
なぜならつい今日だって一緒遊びに行って、ごはんまで食べて、家で仕事に行ってくるとお別れまで告げてきた。彼女のあの笑顔のお見送りは今でもしっかり頭の中に残っている。
もし死んでいたというのなら、俺が話していた相手はいないことになるし、そうなるとあれはかのじょの幽霊になる。
—―でも、なんてそんなばかげた話あるわけがない。
幽霊の存在など現代科学でほぼ否定できるようになっているのだから。あり得るわけがない。
じゃあ、なんで。
そこが肝だと言わんばかりに下田さんは呟いた。
「情報が間違っていたのか、それとも違うのか」
「いえ、情報が間違うことなんかないわよ。それはあなたが一番知っているでしょう?」
「ま、まぁ」
「人的ミスがないようにするための魔力だもの。常に監視して間違いをすぐに検出して修正しているはず」
「でも、今回はそれが間違っている」
俺がそう呟くと俺の背後に回ったギルド長は指を立てた。
「間違っていない」
「え?」
「間違っていないんだよ。調べたさ。もちろん、いろいろなところを当たって調べた。でも彼女の情報はなかった。まずは探索者のデータベースから。あの迷宮区にいた以上その可能性が一番あった」
「……いやでも、年齢的に免許はないはずじゃ」
「そう。それも相まってそんなのは存在しなかった。そうして、次に一般人の情報を調べたが――無論ヒットしなかった」
「じゃあ――」
「でも、そこで死亡者リストを見てみるとあったんだよね。名前がさ」
「……っ」
その言葉とともに浮かび上がってきたのは正真正銘、【死亡】と書かれた「涼宮莉里」の情報だった。
もちろん、信じたくはなかったがそこに書かれていたのは本当にそれだった。
「まじかよ」
「……信じたくないわねっ」
「これはやばくない?」
「……」
皆口をそろって呟いた。
書かれているのは名前、生年月日、死亡日時、そしてその詳細など。
―――――――――――――――――――――――
名前:涼宮莉里
享年:14歳
死亡日:2XXX年 9月1日
死亡原因:魔物による撲殺
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-------------
―――――――――――――――――――――――
「5年前に魔物によって撲殺されていたの?」
「—―いや、違う。この日見覚えがある」
黒崎さんはただそう言ったが俺は少し気がかりで、はっとした。
覚えているというか、引っ掛かった。
確か、そうだ。
俺が初めて探索者に助けられた日だ。
あふれるばかりの温かさを感じて、志した日。
「魔物移送事件があった日じゃないか?」
「え?」
「国が調べるために移送したBランク以上の魔物が脱走した事件だよ。覚えてないか?」
「……あぁ、そ、そんなのもあったような」
「そう、それだよ」
「でも、どうして彼女はいるのですか?」
後ろから指摘した下田さんに俺もハッとする。確かにその通り。
でも、それで死んだとするならいま彼女がいるのはおかしい。
そうすると、ギルド長が呟いた。
「—―この事件には裏があるんだよ。アンチスキルの影とともにね」
「裏?」
にやりと笑う。
「あぁ。涼宮莉里のスキル名は知ってるかな?」
「いや、彼女はまだ子供で発現していないはずじゃ……」
「スキルというのは発現しないと思われているけど、そうじゃない。知らないだけなんだよ。だからあっても使えない……でも、もしもそれが偶発的に使えたら?」
「そんなことが……あるんですか?」
「あぁ、あるさ。禁忌のスキルに至ってはね。あれは常に発動するのがデフォルトだから」
「禁忌のスキル……?」
はてなを浮かべながら、尋ねる。
ゆっくりと口を開きながら、ホログラムをパッと切り替える。
ギルド長はこう言った。
「—―幻惑のスキル。すべてを取り込み、すべてを塗り替えるスキルだよ」
<あとがき>
復活しました!
お待ちいただき申し訳ございません!!! 読んでいただきありがとうございます!
鼻水と喉がまだ少しだけ痛いんですけど熱は引きました! お話も第二章華僑と言いますか、一応いいところなのでここからまた頑張っていきますよ!
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