第53話「嫌いにならないの?」
そんな気合いの籠ったお願いから数時間。
家で色々と電子書類をまとめながら、すっかりと寝込んだ雫を横目に黒崎さんと今回の件について話をしていた。
「本当に、大丈夫なの?」
「まぁ、もちろん不安こそありますけど、俺的には結構ドキドキというかワクワクがありますよ?」
「ワクワク、ね。そんな楽しい場所じゃないと思うけどね」
やや仏頂面に言ってくる黒崎さん。不機嫌なのだろうか。
あ、いや、もしかしたら俺が同じパーティに入るのが嫌とか。
ギルド長があんな風にご厚意で言ってくれて、そこら辺はしっかりしてくれていたからあとは俺の判断次第だと思っていたのだが、そうじゃなかったらしい。
「というと? あ、でも、確かにあまり迷宮区行ってるとこ見たことないですよね、黒崎さんたちが」
「まぁ、ね。私たちはこれでも非公開の組織だし、私が悪目立ちしてるのはそういうを隠す意味があるのよ」
「悪目立ちって別にそんなことは……」
「悪目立ちでしょ? だって、別に顔で売ってるわけじゃないのにみんなもてはやしてくるし、学校行ったら格好の的じゃない」
「あははは。確かに、それは最近理解できましたね」
思い返してみれば3人で登校するときはどこを通っても好奇の視線にさらされていた。
ただ、皆その美しさに囚われていて、感じの彼女が公然と戦っているのをあまり見たことがない。
無論、俺もなんだかんだ言ってよく見るのはベテランの探索者が戦っているシーンばかりだったし、肝心のギルド長だって現役時代のエピソードトークだけで戦っている所は見たことがない。
迷宮区には自衛隊と警察官と探索者しか入れないからカメラマンがいない――なんて思っていたけど、それを売りにするなら入れてもいいだろうしな。
不自然ってやつだった。
「実際どんなことしてるんですか?」
「もちろん、迷宮区にいくわよ」
「でも、あんまりいかないってさっき」
「それはこの前、國田君が戦った組織が活発になってきてるからよ」
「俺が?」
「えぇ」
こくりと頷き、視線を合わせられてハッとする。
そうか、この前の組織というのは——
「——アンチスキル、ですか?」
――俺と雫の両親を殺した組織のことだ。
確かに、噂だがギルドにはそういうスキルを用いて犯罪を起こしている人を捕まえる機関があると聞いた事があった。
多分だけど、それは今俺が入ろうとしているものだということか。
「もちろん。それで、私がここにいるのはそれを抑制するって言うのもあるの」
「そんなからくりが……じゃあ、こっち来てからはパーティメンバーと一緒に普通にもぐったりしてないんですね」
「まぁ、そんなところかしらね。実際、それにいけないもの」
「いけない?」
別に行けなくはない。時間がないって程忙しそうでもないし、そんなことは。
しかし、彼女は続けて言う。
「私のパーティメンバーは全員東京にいるからよ」
「え?」
「だから、言ったでしょ? 私はこっちにきて牽制する役目だって」
「まじすか、じゃあ一人で来たってことですか?」
「だからそう言ってるじゃないの」
面倒くさそうに言う黒崎さんだったがこっちとしては驚きだった。
だって、あれだけ一人で迷宮区は攻略できないって言っていた人がこんなことするかね。
ただ、ふと記憶が戻ってきて疑問が湧く。
じゃあ、あの国への牽制とはなんだったんだ?
「え、前のじゃあ国の話とかの話は?」
すると、黒崎さんは真面目な顔で驚愕的なことを呟いた。
「——あぁ、あれは嘘」
「嘘!?」
「えぇ、でもぽかったでしょ?」
私、何かしました? ——みたいな、まるでいつしかのネット小説の主人公みたいな顔だった。
うん、でも、黒崎さんが言うと様になるな、カッコイイ。
「……そんな簡単に」
「だって民間人に秘密言えるわけないじゃないのよ。私が」
「いや、でもあんな脅すような言い方で言ってたし……」
「私が守るべき人たちに危害を加える人間に見える?」
「……まさか」
「んじゃ、そういうことね」
クールに言うのはかっこよかったがちょっとショックだった。
個人的には信用してほしかった――なんて思ったけど、口には出せないのも確かで、閉じ込める。
「いつもはどんなことを?」
「普段は真面目に迷宮区の攻略よね。今はSなんて半分も進めてないんだし、Aだってボス部屋がまだ残っているんだし。東京にいたときは毎日そんな感じだったわね」
「あぁ、俺が訊きたかった答えですね、それ」
「だから、言ったじゃないの。大して楽しくないわよって?」
「うぅ……なんか、そこまで言われるとちょっと不安になってきましたよ」
「んもぉ、自分から聞いておいてっ」
「すみませんって」
バシッと肩を叩いてくる黒崎さんはいつの間にか俺の後方に回る。
コーヒーカップ片手に、冷蔵庫から牛乳を取り出して注ぐ横顔は風呂上がりでちょっと色っぽい。
「それに、別にこっちきてから迷宮区に言ってないわけじゃないしね」
横乳が目に入ってスッと机に視線を移動させたところで、彼女はそう言ってきた。
「まぁ、そうですけど……って、あ、それじゃあ俺と一緒に迷宮区潜ったことは?」
「ん? あれは……そうね」
すると、意味ありげに頷いた。
持っていた牛乳と大きな胸がキャミソールを揺らす。
やや訝し気に俺を見つめて、くしゃりと口角を上げた。
「え、はい?」
「まぁ、言ってもいいのかしらね」
「何をです?」
「どうして、私があなたに近づくようになったのか、ね」
どうして。
確かに、言われ見れば気になるのかもしれない。
俺なんか雑魚にかかわりを持ってくれたのか、普通ならあのぶつかった廊下で終わっていたのだ。
それに、クラスでだって、憧れを持ってしまったあの日から話しかけられることもなかったのだ。
色々と会って、今こうして一緒に一つ屋根の下で暮らしているけど、それだって――いやそれの方がよく考えれば不思議なことだった。
「——どうして、なんですか?」
「どこから離せばいいか分からないけど、端的に結論だけ話すとね。私が國田君に声を掛けるようになったのは黒沢さ――じゃなくて、ギルド長からのお願いなの」
「え、ギルド長が?」
意味が分からない。
確かにギルド長は俺の憧れの探索者だったがそんな縁なんて今まで何もなかったけど?
「下田さんが國田君のスキルとステータスの事を話して、それを色々吟味して、私に引き入れることを命令したのよ。嫌な奴でしょ? 私」
「別に……そういうわけじゃ」
「でも、ほんと。だからちょっと反対なのよ、私は」
やや卑屈に笑う。
どうやら、機嫌が悪かったのはこのことだったらしい。
ただ、そう言われても不思議とムカつきはしなかった。
黒崎さんの手を掴み、見つめながら語るように言った。
「まぁ、不安になりましたけど。黒崎さんと一緒に仕事ができるのは嬉しいですよっ」
「っ~~、そ、そういうのは冗談でも言わないでよっ」
真っ赤になった頬を隠す様に、彼女は牛乳を流し込むのだった。
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