第26話「お持ち帰りしちゃった」

 

 正直な話、自分でもよく分からなかったが目の前にはブルードラゴンの死体が転がっていた。


 うん、これ……動いてないし、死んでるよな?

 まさか、死んだふりとかしてないよな……。


 って、俺がやったんだよな、これ。


 頭が潰されて、歯がぐちゃぐちゃになっているブルードラゴン。

 黒崎さんがやられそうになっているのが見えて、思わず体が動いたがまさかここまでやってしまうとは……俺のスキルも大したものだな。


 神様の悪戯とは言うが——一種のチートみたいだ。


 その証拠に、あの黒崎さんの顔がちょっと赤くなっていた。

 俺のことが怖いのだろうか。まぁ、あんなの見せられたらそう思うのも普通か。でも、それでも黒崎さんよりも強くなった自信はないけど。きっと油断してただけでブルードラゴン如きにやられるようには思えないし、むしろ黒崎さんこそよく戦っているだろうし。


 って、余計なこと考えてる場合じゃないよな。


「黒崎さんっ、本部に連絡できますか?」

「えっ、いやその前にあなたの……」

「また油断してると来るかもしれません。俺もさすがにあんなのが連発で来るとやばいので、連絡お願いしますっ」

「わ、分かったわよっ……」


 妙に赤い。

 普段のあの冷血なイメージとは真逆だな。


 俺が頼むと黒崎さんは渋々手元のデバイスから通信魔法を起動させる。


 ちなみに、魔法と言うのは魔力を用いた何かしらの事象の略称だ。実際の名前は魔力使用活動法、これだと長いから魔法と言われている。


 特に通信関連では暗号能力と傍受防御能力が高く、数十年前から電波通信から魔力通信に変っている。


 とにかく、傍受されにくい通信方法が魔力通信を用いた通信魔法だ。


 それを起動すると、電信音が鳴ってすぐに通信が繋がった。黒崎さんはまだ状況が呑み込めていないのかボーっとしていた顔をしている。


『こちらギルド長、無事か、黒崎君!』

「はい、こっちはなんとか……」

『さすが黒崎君だ、その様子じゃもう一人の方も大丈夫そうだな?』


 呼ばれた気がしたので黒崎さんのデバイスに顔を近づけて声を掛けた。


「俺は大丈夫ですっ」

『ははっ。さっすがだな!』

「まぁ、ありがとうございます」


 陽気なギルド長の笑い声に飲み込まれボーっとしてしまう。どうやら黒崎さんのボーっとした顔はこれが理由のようだな。


 って飲み込まれてる場合じゃない、とにかく現状の確認からだ。


「ギルド長、それはそうで――今の状況はどんなかんじになってますか?」

『あぁ、そうだな。今は割とどの地区も鎮圧化できている感じだ。魔物の総量もそこまで大きくないらしく、自衛隊と警察から原因の仮説の方が提出されてな。どうやらBランク迷宮区からの脱走だったらしい』


 Bランク……そうか、だからブルードラゴンが出てきたのか。

 

「数とかは大丈夫なんですか? 場所は一カ所からで?」


『一カ所じゃないが、数カ所って感じでギルド長としては情けないが発見が遅れて被害がここまで広がったという感じになる。一応、残りの魔物の対処を二人にはしてもらいたいがいいか?』


「それは大丈夫ですっ」


『あぁ、それじゃあ頼む。俺はちと上に報告しなくちゃいけなくてな。その間は副ギルド長に指揮を頼むから何かあれば聞いてくれ』


「了解です」


『じゃあ、二人とも。健闘を祈る』


 ブツ―—っと通信が切れて、「NO SIGNAL」と映し出される。


 どうやら、ひとまず状況的には好転しているようだ。まぁ、ブルードラゴンに襲われた時みたいなことがあるかもしれないから油断はできないけど、なんとかなったらしい。


 いつの間にか掴んでいた黒崎さんの手をハッとして放すと、なぜかじっと見つめられる。


 どうやら、俺に触られるのが嫌だったようだ。ギルド長との話に熱くなっていて気が付かなかった。


「あ、すみませんっ」

「いや……別に、いいけど」

「それならよかったです」


 こめかみをポリポリとかきながらそっぽを向いて否定する姿に少しほっとする。嫌われたわけではなかったようだな。


「……それで、ギルド長は何て言ってたの?」


 すると、黒崎さんは向き直って冷静にそう訊ねてきた。


「あ、そうですね。とにかく今は徘徊している魔物の掃討をしてくれとのことです」


「状況的には大丈夫そうなのね、それじゃあ。原因は分かったの?」


「一応、Bランク迷宮区から脱走したらしいです。数カ所で脱走してしまったのが気付かれずにここまで広がった感じで……まぁ、さすがにブルードラゴンに気が付かないのはどうかと思いますけど」


「……あぁ、まぁ日本の対空レーダーは優秀じゃないからね。自衛隊も陸上に特化しすぎちゃって。まぁ、魔物の発見に限った話だけれど」


「そう、なんですね……」


 いや、なんかめっちゃ知ってるんだな黒崎さん。

 ちょっとびっくりしちゃうよ。

 自衛隊はカッコいいし好きだけど、レーダーとか情報系のシステムは正直俺からしてみればちんぷんかんぷんだ。


「とにかく、掃討すればいいのね」

「はいっ——」


 黒崎さんに手を貸して立ち上がらせると、ちょうど空から轟音が鳴り響くのが聞こえてくる。


 ビュン――っと音を起てて飛び立ったのは戦闘機と偵察型オスプレイのようだ。


「——って、自衛隊も動員されてるんですかね?」


「ん、あぁ。そうみたいね。国の人たちからしてみれば、自衛隊を動かすよりも私たち探索者を動かす方が簡単だから、基本的にあとからなのよ。とにかく、私たちも手柄取られるわけにはいかないし、行くわよっ」


「あははは……いつでもあるんですよね、そういうの」


 高校生の俺からしてみればよく分からない話だが、いつの時代もそう言うことはあるらしい。


「っ——」


 俺の手を離して走り出す彼女の背中を追いかけていった。





☆☆☆



 結局その後は共闘してE,Dランクの魔物を数十体ほど屠り、副ギルド長からの連絡で作戦が終了したことを知らされた。残りの魔物や被害者数の確認などは自衛隊と警察に引き継がれるらしく、俺と黒崎さんはボロボロの制服のまま帰路に着いていた。


「いやぁ……疲れましたね」

「そうね」

「なんか、こんなに戦ったの初めてですよ。意外とやれるもんでびっくりです」

「……そういえば、そうだったわね。途中からあなたかF級探索者なの忘れてたわよ」


 ジト目を向けてくる黒崎さん。

 

「信じてくれましたか?」

「……信じるも何も、あんなの見せられたら本当じゃないなんて言えないわよ。とにかく、認めるわあなたの強さ」

「えへへ……S級探索者にそんなこと言われると照れますね」


 頭をポリポリ掻くも黒崎さんの表情は冷静そのもので変わらない。

 ただ、どこか打ち解けた雰囲気があって、俺も少しだけ気持ちが和んだ。


 すると、ブブブブッ。


 と電子音がなり、デバイスを開くと名前欄には「雫」と書かれてあった。


『お兄ちゃん! 大丈夫⁉』


「おう。俺は大丈夫だぞ、雫の方はどうだ?」


『私も大丈夫! 今丁度解放されたところで集団下校中!』


「そうか、それなら安心だな。気を付けて帰ってくるんだぞ?」


『うんっ。あ、でもお兄ちゃん、きょう外出ちゃ駄目って言われたから私ご飯作れないけど……どうしよう』


「ご飯か……それなら、帰ったら出前でも取るか?」


『出前……いいの、そんなに高価なの?』


 雫は探る様に訊いてくる。

 兄としては恥ずかしいが、普段から節約してもらていた妹の反応としては仕方がない。


 ただ、今日は違う。


「大丈夫だ。実は前の迷宮区で得たアイテムの換金額が高かったからな。任してくれっ」


 久々に胸を張る。

 本当のことを言えば、今日の分の手当てだけど。

 しかし、雫は納得してないようでさらに訊いてきた。


『でも、私たち二人じゃ多いんじゃない? それなら?』

「多いか……まぁ、それもそうだけど……」


 そして、ふと隣を歩いていた黒崎さんと目が合った。


「え、何?」


 そうか、彼女がいるじゃないか。

 

「なぁ、黒崎さんも家来る?」

「えっ」

『黒崎さん来るの⁉』


 電話からの動揺と、目の前の動揺がシンクロして俺は少しだけ笑ってしまったのだった。

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