第22話「S級探索者の実力②」


無限零度サーパスゼロ


 現代の科学を用いても解明できていない未知の物質、暗黒物質ダークマターを扱い、それ絶対零度(—273℃)の壁を超える異常なまでに低い温度の氷を作り出し、それを自由に扱うことができるスキル。


 そんなあからさまに危なそうなスキルを、彼女は当然のような顔で扱っていた。


 片手に作り出した氷の剣を握り締め、途轍もない速さで現れたアックスホーンの大群に突っ込んだ。


 ザァァァァァァァンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンッッ!!!!!!!!!!!!


 耳を劈くような轟音が響き渡る。


 空気と触れ合って、周りの気体を一瞬で固体にさせ、飛行機雲のような跡を辺りに巻き散らしていく。


 その姿はまるでジェット戦闘機のようで、目にも止まらぬ速さで突っ込んでいった。


 あまりにも速く、常人が見たら何が起こっているのかは絶対にわからない。


 彼女の姿が小さくなって、そのあとに轟音が響き渡る。


 音速を超えたのか、そこにさらに衝撃波も加わる。


 身体を引き裂くような音に合わせて巻き起こる突風。


 それによって屋根が引き剥がされ、設置されていた看板はたちまち空を舞う。


 コンクリートや下水管のマンオールまでもがひしゃげるように宙を舞って、それはもう辺り一帯は混沌としていた。


 その勢いに立っているのがやっと。

 空気を吸い込めなくなりそうで、口元を手で覆い、体を強張らせた。


 もはや、これを戦いと言っていいのか分からない。


 これは、というような代物ではない。

 圧倒的なまでの大差をつけた一方的なにさえ見えてしまう。


 しかし、そんな彼女を前にしてもなお立っているアックスホーンは何もやらずに負けるつもりもなく、近づいてくる危機的な”何か”を避けるように動き出して、一矢報いる。


 ただ、そんなの黒崎さんにとって豆鉄砲にすぎなかった。


 最初の数匹はもちろん、彼女の氷剣の餌食になり一瞬凍って体が壊死していくのが見えた。


 あまりにもだ。

 俺なんか、拳で一打するのにやっとだったのに。

 黒崎さんはスキルを扱って、一斉に相手にしていた。


 その数匹からなんとか逃げようとする10匹弱も氷剣が触れる空気に触れ、鼬ごっこの様に凍っていく。


 なんとか半数がその攻撃から逃れて右左から彼女の両側を囲うように飛びかかった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 まさに咆哮。

 俺と戦った時には上げていなかった命の雄たけびを上げて突っ込むも——それこそ、豆鉄砲、いや輪ゴム鉄砲のようだった。


 氷剣の連撃。


 ふわりと揺れる高校の制服。

 辺りの風が彼女を加工用に吸い込まれていき、一気に放出させる。


 その放出と共に身体を綺麗に一周させる。


 スカートが翻って暗闇のような刺繍でおおわれた黒パンツが目に入った。


「っあ、見えた」


 おっと、エロい。じゃなくて、やめろ俺。

 なんて思っているうちに、黒崎さんの持つ氷剣は彼女を中心に白い霧の花を空気に咲かせた。


 その衝撃でその光景を眺めている俺にまで冷気の突風が襲う。

 周りの建物はもちろん凍っていき、肺を駄目にしそうな冷たい空気が広がった。


 そして——飛び掛かっていたアックスホーン15匹は真っ赤な花火を散らしながら、無音で地に落ちた。


「っ——ふぅ」


 その間、10秒もなかった。

 まさに一瞬、瞬く間に起きた出来事だった。




「く、黒崎さんっ……」


 銀色の美しい長髪をはためかせながら氷剣を振り下ろす。

 そんな黒崎ツカサの横顔、立ち姿があまりにも美しく綺麗で目を奪われてしまっていた。


 すると、思い出したのか俺の方を向いて一言。


「——あなた、大丈夫?」


 冷酷な目で、冷たい声だったのに、彼女の表情はどこか柔らかかった。


「私の攻撃くらい、あなたなら見えたかもしれないけれど……。まぁ、あれね、私たちが戦うところはこういうところ」


「えっ……」


「何よ、間抜けな顔ね。もっとしっかりしなさいよ」


「あっ、す、すみません」


 目の前に広がる光景がまるで夢のようだった。

 俺とは比較すらできない。


 ステータスの値が高いとか、そう言う話ではない。


 黒崎ツカサの攻撃は洗練されていた。

 さっきの人々の間を抜けていく身のこなしも確かに綺麗だったが、この戦闘風景を見れば誰だって理解できる。


 あの速さ、スピード感、そして圧倒的なまでの力。

 

 それだけを兼ね備えながら動きは機敏で繊細。

 氷剣を持つ腕の動きは計算されていたかのように、水のような流れで連動して、足の動き、そして身のこなし、体の位置。すべて、花の様に可憐だった。


 俺の見様見真似の直線的な動きではない。

 美を極めた清廉潔白な従順な剣。

 それが彼女の動きだった。


「あまりにも美しかったので……」

「う、うつくしっ——⁉ な、何急に言ってんのよ……私を褒めたって何も出ないわよっ」


 感想をぽろっと口にしてしまうと黒崎さんは手で口元を隠しながら頬を赤くさせる。


 不意に見せた照れ顔が可愛かったが、俺は真面目に言っているつもりだ。彼女からの見返りが欲しいわけではない。


「いや、何か欲しいとかそういうのじゃなくて……初めて見ました。こんな綺麗な戦い方。俺の一点張りの拳とは全く話が違う。こんなの真似できませんよ……」


 見えたは見えた。

 でも、こんなの真似できるわけが無い。


 何年鍛えてできる攻撃なのか、興味が湧いてくる。


「本当に綺麗で美しくて、繊細な剣。まるで花のような華がある剣で……言葉にできませんが黒崎さんらしい動きだった気がします……」

「花って……は、恥ずかしいわよ。急に」

「急にって……だって、凄かったんですもんっ。それくらい!」

「ほ、褒めないで……」


 プルプルと肩を震わせていて、口元を隠していた彼女の手はいつの間にか顔全体を埋め尽くすように覆っていた。


 あれ、俺なんか変なこと言ったか。

 褒めただけだよな。


 しかし、その瞬間。彼女の目つきがまた変わる。


 ガルルルルルルルルルッ。

 ガルルルルルルルルルッ。


 と唸り声が聞こえて、氷剣を両手に作り出した。


「っ——」


 真っ赤な涎が口から洩れ、人の頭が牙に突き刺さっていた。避難逃げ遅れた市民なのか、悲壮な顔で胸にズキンと何かが圧し掛かる。


 それで、ふらっとする黒崎さん。

 しかし、立て直して握り直して氷剣を構え直した。


 俺や黒崎さんの体の数倍もある剛健な羽毛を覆った魔物、アックスホーンとは全く違う覇気を感じさせるような見た目が地を蹴った。


 雄たけびを上げながら、辺りに突風を巻き起こしながら突っ込んでくるのは————俺が昔読んだ探索者の伝記に書かれていたCランクの魔物「ディザスターウルフ」だった。




 

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