第3話「来訪“甲鉄の氷姫”」
「……たs……て」
何かが聞こえる。
「たす……k……て」
何かが聞こえる。
うっすらと動く瞼。
「だ、れ……か……たs……けて……っ」
何か――ではない。
聞いた事がある声だった。
高くて、元気で、明るいそんな声。それが浮かぶのはもう一人しかいない。
俺の妹、
なんで、雫の声が聞こえる?
俺はそこで考えた。
昨日はご飯を食べて、学校から出た課題をして、雫の次に風呂を入って風呂を洗って、それで――疲れた雫がソファーで寝ちゃっているのを見て毛布を掛けて、一緒に隣で寝たよな?
じゃあ、なんだこの声は。
災害、なのか?
音が鈍い。まるで昔のCDとかレコードのような音だ。
すると、徐々に視界が明るくなってくる。
「っ……ぁ」
だんだんと視界が明るくなり、目の中に一面の光が一気に差し込んでくる。
ザーザーと降り注ぐ雨に、見えるのは瓦礫の山。空は黒々く染まっていて、噴煙や炎、そして雷や稲妻が連続で起きていた。
一体、何なんだよこれ。
「っ……し、zk……」
声が思うように出ない。
パッと下を見ると俺に身体はなかった。
体がない――というよりかは世界を俯瞰しているような感じ。まるで俺がその世界の観測者であるような感じで、そう考えるといつもよりも視界が広いような気がする。
前、横、後ろ。
広がっているのは一面の焼け野原だった。
なんだ、これ。
どこなんだよ、これ。
それに、雫はどこだ?
「っ⁉」
走ろうとするもやはり足がないため動けない。
手を動かそうにも動く感覚すらもない。
駄目だ、全然動かない。
呆然としていると——次の瞬間、一気に音が耳に流れ込んできた。
「っ誰か、助けてぇえええええええ!!!!!」
「うがあああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!」
何かに追いかけられながら誰かに助けを求める制服姿の女。
見たこともない魔物に身体を潰されて悲鳴を上げるスーツ姿の男。
魔物に小さな隙間に追い込まれながら現実逃避をする女。
それ以外にも多くの人間の怯える姿が見えてきて、その音が阿鼻叫喚を生んでいた。
「————⁉」
そして、俺の目の前にいたのは瓦礫の山に埋まっている雫だった。
息が荒く、目には色も少ない。
何が何だか分からない、助けに行こうとするも身体が動かない。
なんだなんだなんだ!!!!
「———————お兄ちゃん、起きて!!!」
バサッ!!
目を覚ますと目の前にいたのはムスッとし顔をした雫だった。
「え、あれ? どうして、雫が?」
「何言ってるの、お兄ちゃん。朝だよ? 学校遅れちゃうよ?」
ハッとする。
広がっていた景色がすっかりと変わっていて、どうやら俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
状況は何となく分かる。
どうやら、夢を見ていたらしい。
「ゆ、夢か」
「……?」
「あ、いや、こっちの話だから何でもないよ」
ボソッと呟く雫にそう言うと「そっか」とベッドを降りる。その様子を少し眺めていて、ふと違和感に気づいた。
——なんで俺はベッドにいるんだ?
「あ、あれ? 昨日って一緒にソファーで寝たよな?」
「何言ってるの? 途中で一緒に寝室いったでしょ?」
いかにも雫は真面目そうに言っている様で、騙されている感じはしない。もちろん、雫は嘘をつく子ではないし、そう育てた覚えはないけど……記憶と違うよな。
いや、普通に覚えていないだけだな。
考えすぎだよな。
「……そ、そっか」
「うん。大丈夫? ちょっと寝ぼけてるんじゃない? 早く顔洗ってきた方がいいよ」
「あ、あぁ」
結局、俺はその出来事に蓋をして高校に行く支度を済ませて、雫と一緒に家を出ることにした。
そうして、雫とは家を出て数分の二本道で別れて一人で学校に向かった。
雫と離れた俺が次に何をするのかは決まっている。イヤホンを耳に付けることだ。昔から形が変わっていないワイヤレスイヤホンを耳に付けて、今流行りの音楽をシャンシャンと流す。
特に好きな音楽ではないが、日課というかルーチンというか日常化していることでやめようにもやめられないのだ。
それに、そうしていればあのガラの悪い二人に襲われずに済むんじゃないのかって思っているのも少しばかりあるにはある。
普段からいじめられていれば多少ばかりは慣れるけど、さすがに気楽にいられるほどではない。辛いものは辛いし、やめてほしいとも思っている。
ただ、そう簡単に人って言うものは変えられないので俺も言い返さずに言われ続けているのだ。
実際、はむかっても勝てないんだしな。
暗い一日のスタートが幕を開ける。
高校の玄関で靴を脱いでいると後ろから肩をどつかれた。
「っよぉ、えっふ〜〜!」
「ぎゃははっ、こいつ体幹無さすぎだろっ!」
振り向くとそこにいたのはいつもの二人。
朝からいじめられるのはやっぱり辛いな。
「なんだよ……クサビ君、ジン君」
「どつきに来ただけ〜〜」
「ドF君ってか!?」
お互いに笑い合ってバシバシと俺の背中を叩いてくる。
痛い、普通に痛い。
「んじゃ、今日もパン買ってこいよなぁ〜〜」
「よろぉ〜〜!」
叩くだけ叩くと適当に俺の持っていたバックを蹴り上げて、去っていく二人。
正直、あの背中に一発拳を打ち込みたい。
ただ、どうせやり返されて終わりだ。逆らったらねじ伏せられる。それが今の社会の縮図。
それが分かっている俺はいつも通りの命令に飽き飽きしながらも、文句ひとつ残さず高校の一階にある購買に向かった。
購買でパンを買って教室へ向かう。
朝から気分が重い。変な夢見るし、パシリ任されるしで頭も少し痛い。
どうして俺ばかりなんだ。そんなことを思いながらいつも通りの朝の喧騒を混ぜ合った校内を歩いていく。
一歩一歩気分の重さを感じながら歩いていくと、階段のところで目の前から走ってくる何かとぶつかった。
「っ!?」
「っひゃぁ!?」
高く美しい声の悲鳴が聞こえて、俺はその何かに抱きつかれるような形で思いっきり地面に背中を打ちつける。
「がはっーー!?」
鋭い痛みが稲妻の如く背中を襲い、勢いで息すら吸えなくなる。
痛い、痛い、痛い。
やばい、これ死ぬやつだ。
死を悟っていると胸元にボフッとした感覚が舞い降りてきて、驚きで一気に肺に空気が回ってきた。
「かはっ……っけほげごっ!」
「いっ……な、何よ、いきなり……」
視界がうっすらと戻ってきて。俺は胸元の柔らかい感覚を辿って、視線を向ける。
「だ、誰……っえ!?」
俺は目の前の女の子を見て、ハッとした。
銀色の綺麗な長髪に、透き通ったエメラルドグリーンの瞳。
決して大きいわけでもないが綺麗な起伏を見せる胸に、すらっとした長く美しい脚。
まるで、テレビに出ている芸能人かのような見た目の彼女と目が合った。
むにゅり、もふっ。
俺の右手が何かを掴む。
そして、その瞬間。
二つの意味で俺の体に電撃が走った。
一つ目は頬に。
「何してんのよ、あんたぁ!!!!!!!」
「んぐふぁ!?」
鈍痛とともに熱くなる頬と真っ暗になる視界。
そして、二つ目は脳天に。
ーーそう、彼女を俺は見たことがある。
昨日、妹の雫との何気ない会話ででた一人の女の子。
S級探索者、ついに札幌来訪か?
彼女、黒崎ツカサ。
またの名をS級探索者「甲鉄の氷姫」。
日本でも数えられるほどしかいない、そして世界でも核兵器に勝る戦力としても数えられる有数の天才探索者の真っ赤になった素顔がそこにはあったのだ。
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