すばらしき人

星分芋

第一話『待ち望んだ希望』





―――――――来るわけがない。

そんな事は重々承知しており期待をしているつもりもない。

だが、心のどこかでもしかしたらと思考が働く自分もいた。








 西田悠人にしだ ゆうとは終礼が終わると即座に席を立ち教室を後にする。

「悠人!」

 教室を出てすぐに声を掛けてきたのは東洋一あずま よういち――悠人の唯一の友人である。

「今日ゲーセン行かね!?」

陽気に話し掛けてくる洋一は陰りのない笑顔で言葉を述べてくる。

「行かない」

 悠人はそれだけ呟くと軽く片手をあげてまた明日と挨拶をする。洋一も追いかけてくる様子もなく「そうかじゃあまたな!」と元気よく返事をすると教室へ戻っていった。

洋一が声を掛けてくるのは日常茶飯事だった。悠人も洋一もお互いを気遣うわけではなくただ自分が思うままに行動をしている。なので誘う時も断る時もその時の自分の気分で返答をするのが当然となっている。

お互いが遠慮のないやり取りを認識している為安心感がある事を悠人は心のどこかで感じていた。

 学校を出ると悠人は自宅と反対の方面へ足を向ける。向かう先はかつて住んでいた大きな城だ。


 悠人は小学五年生の時、父親と母親を同時期に亡くしている。父親は最低な男だった。悠人が幼少の頃から女癖が悪く、母親以外に女がいた事を悠人は知っていた。父親は何の前触れもなく、不慮の事故で死んだ。その後父親の遺品整理をしていた母親は、遺品から見つかった不倫相手への愛を綴った数多くの手紙やプレゼント、そして不倫相手との写真を目にしてしまい、その一週間後に自ら命を絶った。

 それが三年前の出来事だ。三年前までは家族三人で暮らしていた大きな城だけが悠人に残された。だが悠人がその城に戻る事はなく、母方の祖母に引き取られ今はマンションで暮らしている。

 今は誰も住まず管理もされずただ所有権だけが悠人の祖母にある古びた城。住んでいた三年前までは綺麗に整備されていたが今は大分古びてきていた。数年前までは綺麗だったこの城も時が経ち、何も知らない人々から化け物屋敷と呼称されている程には見栄えが良いとは言えない城に変貌していた。

 城に到着する。しかし悠人は中に入る事はしない。敷地である庭に足を踏み入れることもない。ただ、城の周りを一周して城を囲う庭に人影がないかを確認する。

 分かっている。人がいるはずもない。泥棒が入る可能性はなくはないが、噂が噂で元々人が寄り付く場所ではない。それに悠人にとってはむしろ泥棒でも良かった。

 悠人は軽くため息を吐くと踵を返して城を後にする。今日も誰もいなかった。分かりきっていたことではあるのだが。

 悠人は二年前からずっとこの行動を繰り返している。休みの日も必ず一度はここへ来て城を一周し人影がないかを確認する。それには理由があった。

 悠人は城の庭に人が来る事を望んでいた。泥棒でも何でも構わない。誰か一人でいい。この庭に足を踏み入れてほしかった。馬鹿馬鹿しい事だと思う。そもそも人の敷地内に勝手に入る事は犯罪だ。そんな危険を犯してまでこの庭に人が来るとは到底思えない。だが、望まずにはいられなかったのだ。

 しかしそんな望みが叶う事はあり得ないだろう。悠人は理解しながらも毎日来ずにはいられなかった。




「なあ悠人! 今日母ちゃんがオムライス作るって! 食べに来るか?」

 今日も洋一は陽気に悠人に話し掛けてくる。オムライス自体は悠人にとっても好みの食べ物だった。

「放課後は用があるから、終わってから行く」

 悠人はそう告げると洋一はうんうんと嬉しそうに頷き悠人の肩に手を置いた。

「よっしゃー! じゃあ決まりな! 六時までには来いよ!」

「うん」

 学校から庭へは距離があるが庭から洋一の家までは割と近い。六時までなら余裕だろう。


 放課後になり悠人は城へと足を運ぶ。いつものように城の周りを一周し庭に人がいないか確認をする。城の門には鍵を敢えて外しており悠人は誰かが入れるように意図的にそうしていた。しかし今日も誰も庭へ来た様子はなかった。

 悠人が人影を実際に目にしていなくても芝の具合で誰かがきたかどうか判別できるくらいには悠人は芝を何度も見てきており、その為訪問者の確認も兼ねているのだが、どうやら今日も誰一人訪れなかったようだ。悠人自身、誰も訪れない事は理解していた。

 そのまま洋一の自宅へと向かうと夕飯をご馳走になり洋一と談笑して自宅へ戻った。悠人は悩んでいた。城を確認したい自分を抑えられずこれまで城の巡回を行ってきた。しかし訪れるはずのない人影を探すのに疲れてきていた。どうせ来るわけがないのに誰か来ていないだろうかという期待を裏切られるのに疲れたのだ。

 もういいのではないか。もうあの城の事は忘れて前を向いた方が絶対に良い。事実、悠人の祖母はこの城を嫌っているし悠人がこの城に毎日来ている事を知っているものは誰一人としていない。悠人自身が城に行く事を反対されると理解していたからだ。後ろめたい行動をしていることはよく分かっていた。

 二年も続けて一度も訪問されることのない古びた城。もうこの先誰かが来る事はないだろう。悠人は激しい葛藤の末、城に行く事をやめる決意をした。




「悠人! 今日ダンプの発売日だから立ち読みしねー!?」

 今日も陽気に話し掛けてくる洋一の誘いをいつもなら断るのだが、今日は違った。

「うん」

「おうそうか! じゃあまた…って行くのか!?」

 自分で聞いておきながら悠人の返事に驚く洋一。悠人は特に大きくリアクションするわけでもなく淡々と答える。

「うん」

 たったそれだけなのだが洋一は嬉しそうに悠人の肩をポンポンと叩きじゃあ行こうぜ! と元気よく歩き出した。

悠人はこれで良いと思いながら奥底に眠る城への未練を追い払った。




 そうして城に行かなくなって一ヶ月が経った。しかし悠人は城の存在を忘れきれずにいた。放課後になると表にこそ出さないが内心落ち着かずあの庭に誰か来ていないかどうかを確かめたくなる。けれど思いとどまり行く事はしていない。

だがそれも限界がきていた。悠人は洋一からのいつもの誘いを断り城に行く事にした。


 城に着くと悠人はいつも通り巡回を始める。今はまだ生い茂る木が邪魔をして庭の中が分からない。しかし悠人はいつになく鼓動が高まっているのを感じた。理由は不明だ。

 まだそこまで猛暑ではないこの六月に全身から汗が出るくらいには体は強張り緊張していた。ドクンドクンと煩い鼓動を必死にしずませながら悠人は足を進める。

 すると視覚の前に聴覚が過剰な反応をみせた。声がする。他でもなく庭の中からだ。そしてすぐ声の主が姿を現した。泥棒だろうかと考える暇もなくその主の姿を目が捉える。

 



―――――そこには一人の女子高校生が居た。




 悠人は目を疑う。これは夢ではないだろうか。しかし何度瞬きしても頬をつねってもこれは現実だ。間違いない。悠人は視線を女子高校生から離すことができなかった。女子高校生がこちらに気付く様子はない。ただじょうろを持ちくるくると踊るかのように植物に水をあげていた。女子高校生は常に笑っていた。




―――――天使だ





 その姿に魅入られた悠人はそう思った。女子高校生がただ植物に水をあげているだけだ。それだけの姿が悠人には眩しくて仕方がなかった。本物の天使のように視界から広がる彼女の姿は色鮮やかで煌びやかで美しく何よりあたたかく感じた。

 悠人は我に帰ると改めて女子高校生の姿を見る。どこかで見た事のある制服だ。女子高校生は変わらずこちらの視線に気づく事なく鼻歌混じりに植物へ水をあげていた。

 なぜここへ足を踏み入れたのかは分からない。でもそれはどうでも良かった。絶対に叶うはずのない願いが叶ったのだ。悠人は高揚する気持ちを抑える為にその場を立ち去った。

 たとえ今日だけの訪問だったとしても満足だ。悠人は女子高校生の姿を思い出しながら心の中で感謝していた。


 もうあの女子高校生が来る事はないだろう。本当に期待はしていなかった。だが、昨日の今日でひょっとするとまた誰かが来ているかもしれない。女子高校生をというより誰かを内心待っていた。この時も来てくれるなら誰でも良かった。

 しかし昨日のような出来事はもうあり得ないだろう。期待と否定を交互に抱きながら悠人は城へ足を向けた。


「…いる」

 誰にも聞こえない小声で悠人は呟く。

何とそこには悠人が昨日目にしたはずの女子高校生がいたのだ。

また夢でも見ているのかと考えをよぎるがすぐに現実である事を認識する。そして悠人はまた女子高校生に気付かれないようそっと彼女を観察した。

 昨日はそれどころではなかったが、よく見ると整備のされていない雑草だらけの花壇は綺麗に整えられている事に気がつく。一部ではなく全てだ。悠人は前の酷い有様をよく目にしていたので整備された事は間違いなかった。それを行った張本人が彼女かどうかは断定できないが、この状況を見るに彼女しかいないだろう。花壇だけならまだしも城の周りを囲っている木々まで整備されているのには正直驚きを隠せない。彼女は庭師志願者なのだろうか。手入れもよくされており悠人が庭に来なかった一ヶ月の間に大分庭の様子が変わっていた。

 彼女の方にもう一度目をやると彼女は突然大の字になり庭の芝に全身を預けていた。悠人は呆気に取られるが見られている事に気が付かない彼女は気持ち良さそうに目を瞑り楽しそうに鼻歌を歌っていた。




―――――庭が好きなのかな




 彼女はどんな人なのだろうか。悠人は女子高校生に少し興味が湧いてきていた。何故この庭に訪れたのか、この庭には今後も来てくれるのか、彼女の名前は…そこまで考え悠人は浮かび上がる数々の疑問を振り払った。

 質問などしてどうなる。何より質問は悠人自身が一番嫌いな行為だ。悠人は全ての疑問を打ち捨てるようにその場を立ち去った。





 翌日も城へ足を向け始めた悠人だが、途中で引き返し自宅へ戻った。昨日一昨日と奇跡のように現れた訪問者が、もしかしたら今日はいないかもしれない。そんな恐怖が突如襲いかかってきたからだ。確かめたい気持ちはあったが、もし庭にあの女子高校生がいなかったら悠人は間違いなく落胆する事を理解していた。気が付けば悠人は他の誰でもないあの女子高校生が庭に来る事を望んでいた。たったの二日ではあるが、それほどまでにあの女子高校生の登場は悠人にとって光だった。

 そのまた翌日も悩んだ末に城へ行く事はせず洋一と放課後を過ごす事を選んだ。内心庭の事で頭が満たされてはいたが、やはり行く勇気はなかった。次の日も同じ理由で城へ足を運ぶことは叶わなかった。


 日曜日、絶対にいるはずのない休日に悠人は城へ行く決心をした。悠人が女子高校生を目にした二日間はどちらも平日の放課後の時間帯で休日である日曜に庭へ訪問などするはずがない。それも重々理解していた。悠人は心のどこかでこれ以上期待したくなかったのだ。そして何より、確かめたい気持ちがピークに達していたのも事実だ。今は早朝の七時の時間だ。これであの女子高校生がいなければ悠人は庭への未練を捨てようと考えていた。そんな決意は口先だけになりそうな事にも気付きながら。


 歩く速度は一般よりも早い方だと自負している。そんな悠人でも今日の歩幅は狭く、足取りも重い上に歩速速度は遅い事を自覚していた。それでも向かう限りは時間の問題で目的地に到着する。悠人は無自覚に息を呑むと城の周りの茂みから庭を覗き込む。物音や人の声など全く聞こえなかったため、悠人はいないだろうと思っていた。

―――――しかし

それは杞憂だった。

 そこには庭の芝に座り込み頭を俯かせて読書中の女子高校生の姿があった。悠人は初めて見た時の衝撃と同じような感情に包まれ心底安堵した。そしてまた女子高校生の訪問に喜びを感じている自分に気が付きその気持ちを受け入れた。

 この二年間の中で一番嬉しく感じた事を悠人は実感したのだ。彼女はいつもの制服ではなく私服を身に付けランチバッグのようなものまで芝に置かれている。もしかしなくてもこの庭で一日を過ごそうとしているのかもしれない。悠人は顔にこそ出さないがそれが嬉しくて仕方がなかった。彼女はこの庭を無条件で好いてくれている。それだけでもう充分だった。




 それ以降も悠人は三日に一度の頻度で城の巡回を続けた。三日に一度の理由はやはり、もしかしたらもう来ないのではないかという恐怖が消えなかったからである。しかし全く訪れないのも不安であり、丁度良いのが三日に一度という理由からだった。

 悠人の不安が的中する事は一度もなく、女子高校生は毎回庭へ訪問をしていた。ある時は芝の上に筆記用具を広げて勉強を始めたり、いきなりスキップをしながら花壇の周りを歩き回ったりと奇怪な行動も否めなかったが、必ず植物への水やりだけは欠かさなかった。

 悠人は今日も女子高校生に気付かれる事もなく日課になりつつある訪問者の確認を終えるとこんな事を頭に浮かべた。

(どんな奴なんだろう。明日、姿を見せてみようかな)

 今までは考えなかった大胆な行動を悠人は頭の中で考え始めていた。約一ヶ月、女子高校生の姿を確認してきており彼女の陽気さや大胆な性格は何となく理解していた。だが、会話を全くした事がないため実際の彼女自身と話をしてみたいと思う気持ちが生まれ始めていた。


 悠人はこれまで『女』という存在に興味を示した事が一度もなかった。その理由はやはり父親の影響であり、父親の不倫相手の存在を認知してからは『女』という概念に対し嫌悪感しか抱いてこなかった。元々恋愛や異性に対する興味も薄く、好意を寄せられた経験もなかったわけでは無いが、悠人は常に拒絶していた。その時までは『女』に対する感情は『無』であった。

 しかし父親に不倫相手がいる事を認識してから『無』の感情は『嫌悪感』へと変わり、必要最低限自分から異性へ関わる事はしなかった。特に不便もなくその行動に後悔や罪悪感は全く持っていない。

 だが、今回初めて悠人はあの女子高校生に自ら関わろうとしていた。待ち焦がれた庭への訪問者という補正のせいなのか、はたまた別の意味でもあるのか、それは定かではないがそんな事はどうでも良かった。ただあの人に会ってみたい。関わってみたい。悠人は女子高校生に接触する決意を固めた。




 土曜日の朝。悠人は目覚ましもなく朝方の四時には目を覚まし支度をすると颯爽と城へ向かった。流石にこの時間に城への訪問はされていないと踏んでのこの時間帯であるのだが、案の定女子高校生はまだ来ておらず悠人は安堵した。

 女子高校生との接触を図ろうとしたはいいものの、どのように接触しようか試行錯誤した結果、悠人は門の前に立つ事を決めた。自分から話し掛けにいくのはどうにも慣れないからだ。

 悠人は何時に来るか分からなかったが、とにかく城の門の前で立ちながら待つ事にした。側から見たら可笑しな行動なのは分かるが、幸いにもこの城の近辺は別荘ばかりで人通りが少なく、通行人は一日に一人来るか来ないかの通りであった。




「ねえちょっと」

 視界の隅から聞こえる聞き慣れない声は悠人の鼓膜を刺激する。自分から始めた事ゆえ分かってはいたが、やはり体は一瞬強張る。柄にもなく緊張している自分がいた。

 あくまで表情は崩さず声の方へ顔を向けると目の前にいつも目にしていたあの女子高校生の姿があった。彼女と初めて目が合った。不思議な感覚である。

「入らないで何してるの?」

「ここの住人?」

 悠人は疑問に疑問を返す。女子高校生を咎めるつもりは微塵もなかったが、この庭へ通っている意図くらいは確かめておきたかった。すると女子高校生は動揺したのか、急に目を逸らししどろもどろになりながら「いや、違うけど…」と溢す。

 別にこの城の住人であると嘘をつかれても良かったのだが、女子高校生は目を泳がせながら否定をした。

「なのに入ってんの? ダメじゃん」

 悠人は女子高校生が気に食わないわけでもこの場から消えてほしいわけでもない。むしろその逆なのだが、性格ゆえなのか素直になれず一般論を口にした。

「バーカ」

 そう言うと女子高校生は急に眉毛を吊り上げ悠人へ向ける目つきが変わる。何となく勘づいてはいたのだが、この女子高校生は中々に分かりやすい性格をしている。

「なっ…ちょっとあなたあたしより年下でしょ!? その言い方どうなの!?」

 暴言を吐いた事は自覚しているが、年下相手にムキになるこの女子高校生も女子高校生ではあると思う。そして年下という単語を出してくるのも年齢で上下を決めつけているようでどうなのだろうか。悠人は再び口を開いた。

「バカに年はカンケーないね」

 表情は崩さずしかし彼女から目を逸らす事もせず悠人は両手を後頭部に回しながらそう答える。彼女はどんな反応をするだろうか。

 すると、女子高校生は急に悠人に背を向けて予想外の言葉を口にしてきた。

「も〜〜〜いいっ!」

 キイーッと声を漏らしながら女子高校生はズンズンと城から遠ざかり始める。悠人はまさか帰るとは思わずどうしたものかと考える。少し言い過ぎたかもしれない。しかし焦る様子を見せるわけにはいかずとりあえず頭に浮かんだ言葉を発してみた。

「ねえおねーさん」

「何?」

 そう呼び止めると無視される事はなく意外と素早い反応が返ってきた。内心安堵するものの悠人は表情を維持しながら「入らないの?」と聞いてみる。

 女子高校生は怪訝な顔をしながら「あんたがダメって言ったんじゃん!」と先程と同じ敵意のある声で返答してくる。女子高校生が「もういいから…」と言い始めたところに悠人は言葉を重ねた。

「入ろうよ」

 あくまでもポーカーフェイスで。表情は崩さず接しよう。それは悠人の生き方であった。喜怒哀楽なんて必要ない。他人に見せる必要などない。見せたくもない。そんな気持ちをいつしか抱くようになった悠人は感情表現を他人に見せる事を嫌っていた。

 しかし、今この瞬間彼女を帰してしまえば二度とこの城へ来てくれることはないかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。悠人は自然と歯を見せニッと笑って見せると女子高校生に言葉を投げかけた。

「一人より二人の方が楽しーよ!」

 これは紛れもない本音なのだが、久しぶりに口角を上げたせいか違和感は拭えなかった。失敗したら困るこの状況下で女子高校生の顔色を伺うと女子高校生は呆気に取られたように「………まあ…いいけど」と口をこぼし庭へ足を運び始めた。


 庭の中へ入ると女子高校生は先程とは真逆の陽気な雰囲気を纏い出し幸せそうに両指を絡め浸っていた。この光景は悠人にとってはもはや見慣れた光景でもあるのだが女子高校生は知る由もないだろう。質問を嫌う悠人ではあるが、やはり聞きたいところはあった。悠人は女子高校生の方を見やると疑問を投げかける。

「ひょっとして庭好きなの?」

 一番気になっていた事である。一ヶ月間の光景を見ていれば確信したようなものなのだが、それでもこの女子高校生の口から真実を聞きたかった。

「もっちろん! 植物関連は雑草含めて全部好き♡」

 女子高校生は先程悠人に見せることの無かった満面の笑みを悠人に向け幸せそうに庭を眺める。悠人は「ふーん」と呟くと女子高校生をじっと見つめる。先程はあんなに悠人に対して敵意を見せていたのに今ではそれが全く感じられない。庭に夢中で忘れているのかもしれない。そう考えていると女子高校生は急に「あ、お水あげなくちゃ!」と口に出して庭の隅に置かれていたじょうろに鞄の中から取り出したペットボトルの水を注ぎ込み、じょうろを手に取り水やりを始めた。準備が良い。この光景を初めて見た時は驚いたが、今ではもはや習慣になっている。

 じょうろは女子高校生が持参したものを庭に置いているようでペットボトルの水は毎度持ってきているようだ。用意周到な女子高校生の姿に感心すらしている悠人はいつも見ていた光景を目の当たりにして思わず「習慣だなっ!」と笑ってしまった。ここで笑うつもりも口に出すつもりもなかったのだが、なぜか自然と口角は上がり言葉が出ていた。

 女子高校生も悠人の発言にさすがに驚いたのか「え?」とこちらを不思議そうに見るので悠人は「いや、何でもない」と再び口角を元に戻し淡々と口にした。一ヶ月程女子高校生を見ていたなんて事は今告げるべき事ではない。

 それでも女子高校生は不思議そうにこちらを見ており、悠人は質問される事を覚悟した。予想は的中し女子高校生は水やりをしながら悠人へ質問を出し始める。

「そういえば君、名前は?」

 ここで素直に答えるのが一般的に正解で一番無難な答え方なのだろう。しかし悠人は素直になれず先に名乗るのは気が向かなかった。生意気なのは承知だ。それに、質問される事はやはり好むものではないので悠人はあえてまわりくどくこう返した。

「おねーさんそういうのは自分から言わなきゃ」

 すると女子高校生は心外だとでもいうかのように眉を吊り上げて言い返してくる。先程から表情の変化が激しい。

「なっ…やっぱりかわいくないのね!」

 女子高校生の表情は明らかに不満そうだ。しかしムッとした顔を全面に出しているかと思えば急に自身の胸元に手を当て目を伏せて笑顔を取り繕い出し面白い事を言い出す。額には冷や汗が見受けられた。

「まあいいわ。あたしは年上だから我慢してあげる。あたしは梅宮菜乃葉うめみや なのは

 また年上という単語を彼女は口に出す。癖なのだろうか。彼女はどうにも年上ぶりたい節があるようだ。悠人は彼女が段々面倒臭い女に思えてきた。しかし悠人の言う通り先に名乗ってもらったので無下にするわけにはいかず悠人は素直に思った事を口にする。

「へー名前がもう植物だね」

「いやギリギリ植物じゃないわよ…」

 悠人の素直な感想に呆れ半分に答えたのであろう彼女は苦い顔をしている。悠人も名前が植物ではない事くらい知っているのだが、名前の響きが庭に通い続ける彼女に見事に当てはまっており物凄い説得力があったためそういう表現をしたのである。

 女子高校生、菜乃葉が名乗った為、悠人も自己紹介をする。

「オレは西田悠人。」

 すると菜乃葉はすぐさままた別の質問を投げかけてくる。

「学校は?」

 何故ここで学校を気にするのか悠人は理解に苦しんだ。聞いたところで何になるのか。悠人は無駄な情報を他人に知られるのも嫌いだった。不満げな顔を隠す事はせず菜乃葉を見やると呆れた表情で「質問ばっか」とため息と共に不満を口にした。すると菜乃葉はまた眉毛を吊り上げムキになったように声を荒げる。

「だって!気になるんだもん!突然現れたりするから!」

―――――その発言は間違いだ。

「それは違うね」

 悠人は無意識に声を出していた。

「え?」

 まるで悠人の言葉に合わせるかのように風が吹き始める。花壇の花は風に揺られ城を囲む大きな木々たちがザアザアと音を奏で始める。

「突然現れたのは、アンタの方」

 そう告げると菜乃葉は驚いた表情をしたまま固まった。悠人はまた口を滑らせた自分をカバーするように足下に落ちていた毛虫を見つける。

「見なよおねーさん。ケムシ」

 にこっと笑いながら小枝の葉に佇む毛虫を小枝ごと持ち上げ菜乃葉に見せつけると菜乃葉は顔を真っ青にして「ひいっ!」と奇声をあげ勢いよく後退りをした。毛虫が好きな女が少ない事は理解しており高い確率で嫌がられるのは予想していた。そして悠人自身、今まで『女』に対してこのような無駄な行為をしようと思った事は一度もなかったのだが悠人は何故かこの女子高校生をからかってやりたくなったのだ。

 しかしこの行動が菜乃葉の癇に障ったようで彼女は悠人をキッと睨みつけてきた。

「何がしたいのっ!?」

 また質問だ。だがこの疑問は当然ではある。

「別に」

 悠人も何故このような事を自分がしたのか正直よく分からなかった。菜乃葉から目を逸らし悪戯っ子のように舌を出すとそのまま小枝を芝の上に放り投げた。菜乃葉はその返答に呆れたのか「あほらしっ! あたし帰るから!」と大股で芝の上を歩き門へと向かい始めた。悠人は最後にもう一つだけ聞きたい事があった。菜乃葉の背に向け声を発する。

「また来る?」

「来るに決まってるでしょ!?」

 もう! と言いながらこちらを振り返り即答した彼女はしかし自分が言ったにも関わらず不思議そうな顔をしてその場で静止した。恐らく条件反射で答えたため、自分で自分の言葉に驚いたのだろう。その様子がどうにも面白くて悠人はまた自然と口角が上がり笑って言葉を投げかけた。

「じゃ、またね。」







 率直に言うと正直期待外れだった。いや期待しすぎていたのかもしれない。菜乃葉と接してみて悠人が得た情報はどれも最初に見た時の感動に比べると天と地ほどの差があり、菜乃葉と接触しない方が良かったとすら思っていた。菜乃葉と接してみて思ったのは『年上ぶりたがる面倒臭い女』これに尽きる。

 初めて菜乃葉を見た時の天使のような印象は全く面影もなく、話せば話すほど彼女への期待は下がっていた。まあ、つまらなかったわけではないのだが。やはり過剰に期待しすぎていたみたいだ。だが、そんな感想を持っていてもやはり庭にはあのまま訪れてほしいと思っている自分がいた。

 彼女自身に問題があろうがなかろうが、庭への彼女の執念は本物でありそれに対してだけは間違いなく尊敬の念があったからだ。だというのに今回の件で彼女が来なくなってしまったらどうしようか。それを考えると不安に襲われる。悠人は彼女が口でこそ来ると言っていたもののもう二度と来ないのではないかという不安に襲われ暫く庭へ行く事が出来なくなった。


「悠人、最近なんかあったのかー?」

 洋一がいつものように悠人の机の上に両手をつけると悠人を心配そうに覗き込んでくる。悠人は感情を表に出さないようにしているのだが、洋一は頭脳が低いがこういうところは鋭かった。悠人は「別に」と呟き元々読んでいた植物の本を読み進める。

 洋一はそれでも席から離れることなく悠人の肩をポンポンと叩くと「今日はゲーセンでも寄るかー!?」とニコニコ提案してくる。悠人は「うん」とだけ返すと洋一は「じゃあまた後でな!」と満足げにその場を離れた。


 菜乃葉との接触から一週間が経とうとしていた。悠人は未だに葛藤の末城まで行けずにいた。怖いのだ。菜乃葉がもう来ていないのではないかという不安は時間が経過しても拭えず、あの時やはり菜乃葉に接触するべきではなかったのかもしれない。悠人はそんな気持ちを抱えながら日々を過ごしていた。

「西田くん」

 聞きなれない声が悠人の名前を呼ぶ。悠人は声の主を見向きする事なく「何?」と声を出した。

 話しにくそうに躊躇う様子を音から察したが、悠人は特に気遣う事なく黙々と本を読み続けた。別にこのまま立ち去ってくれても構わない。

「あのね、キャンプ合宿に行くって本当?」

 悠人が心の底から止めてほしい事は質問だ。悠人は声の主を一切目視せず、「関係ないじゃん」と冷たく言い放った。すると声の主、山咲愛やまさき あいは「ご、ごめんね」と焦った様子を見せそのまま悠人の席から立ち去っていく。悠人はため息を吐くと読んでいた本を閉じ、教室を出た。

 キャンプ合宿とは◯◯市に住む中高生であれば誰でも参加可能な宿泊行事の事であり、一万円で参加が可能な事から毎年人気のある恒例行事であった。悠人は絶対に参加したくなかったのだが、祖母から勝手に参加の申し込みを提出されており洋一も乗り気であった。

 悠人は仕方なく参加する事になったのだが、馴れ合い行事に全く興味は湧かなかった。今では行くだけ行って帰ろうという気持ちにはなっているが勝手に参加を決められた時に心底腹を立てたあの気持ちは忘れないだろう。

 何故山咲がキャンプ合宿を気にしているのかは理解できないが悠人は興味が元々ないのでそれ以上考えることはなかった。それよりもどのタイミングで城へ行こうかずっと迷っている始末だ。菜乃葉は今日も城にいるのだろうか。今日こそ確かめに行こうか。いや、やめておこう。そんな事を繰り返していた。





 あれから数週間が経ち、悠人はようやく決意した。菜乃葉が来ているか今日こそ確かめようと思い至ったのだ。行くのは怖かったがずっと確かめないのも恐ろしかった。悠人は放課後になると洋一の誘いを断り城へと向かった。


 城には誰も来ていなかった。悠人は呆気に取られた。

(やっぱり、オレがあの時関わったから)

 そんな考えが頭をよぎったが悠人はとりあえず庭の中に入る事にした。芝の様子でどのくらい来ていないのか確認する為だ。キィ…という錆びた音と共に開かれた門の先には花壇の周辺に芝が広がっている。

 芝には最近踏み込まれた痕跡が見受けられた。いつかまでは断定できないが、間違いなく一週間以内にはこの敷地内に誰かが入っている。悠人は安堵の息を吐くとその場に座り込む。

「おねーさん、来たんだ…」

 無意識にボヤく自分に気付き悠人は不思議な気持ちになった。悠人の態度で城に来なくなったわけではない。今日たまたま来なかっただけなのだ。それが分かっただけでとてつもなく安心する事が出来た。次に彼女と対面した時は、言葉に気をつけよう。そう思った悠人だった。

 暫くして植物の様子を見ると悠人は今までしていなかった水やりをしようと思い至った。城の巡回をしていた時は水やりなど全く頭になかったのだが、菜乃葉の水やりする姿を見るようになってからはこの庭に訪れると水やりを意識するようになったのだ。今日は時間的に菜乃葉も来ないだろうし今日くらい代わりに自分で水やりをしよう。悠人はそう思って菜乃葉の私物であろうじょうろを手に取り近くの公園で水を注いで水やりを始めた。


 水やりも終わり、今日はもう帰ろうと思ったのも束の間、何となく城の玄関へ足を向けた。中に入る勇気はまだないが、やはりいつかは入らなければならないだろう。悠人は玄関から離れ裏側の玄関へも足を運ぶ。

 念の為戸締りのチェックをしておこうと確認していると門を開ける音が聞こえた。その後すぐに何かを話す声も聞こえる。菜乃葉の声だった。

 表へと戻り菜乃葉の方へ歩を進めるが菜乃葉は集中しているのか足音に気づく様子が全くなかった。不用心だなと思いながら菜乃葉の背後へと回る。菜乃葉は一人でぶつぶつと「植物にもう水やりしてある。しめってるし」と言いながら花壇の土へ手を当てていた。

「一体誰が…」

「オレだよ」

 そう言うと驚いたのか「え?」と間の抜けた声を上げ拍子抜けした顔で振り返る菜乃葉。その後すぐに「悠人くん」と悠人の名前を口にした。悠人はまさか名前を呼ばれるとは思わず内心驚くが、顔には出さず菜乃葉へ話し掛ける。

「今日はもう誰も来ないと思ってた」

 本当に菜乃葉が今日来るとは思っていなかった。いつもなら菜乃葉は四時頃にはこの城にいるのに今日は五時になってもいなかったのだ。その為今日彼女がくる事はないだろうと決め付けていた。悠人は純粋に菜乃葉への賞賛の意味を込めて「アンタ皆勤賞だね」と菜乃葉へ言うと菜乃葉はキョトンとした顔をしながら「だって」と声を発する。

「あたし、この庭大好きだもん」

 大きく伸びをしながら立ち上がった彼女の言葉には信憑性があった。今までの菜乃葉の庭への態度を見てきたからだ。

「雨が降ったって槍が降ったって必ず来るわ」

 菜乃葉は目を閉じながら嬉しそうにそう呟くと庭の空気を感じているのか暫くそのまま立っていた。

「へ〜〜〜」

 悠人は菜乃葉が庭が好きである事を理解していたが、この城の庭を好きだと言われたのは初めてであり、それは他でもない悠人にとって心底嬉しい台詞だった。菜乃葉の庭への想いを素直に受け取り喜ばしく感じていると突然菜乃葉は何かに気付いたのか「あっ!!」と大声を上げ悠人を指差してきた。人を指差すのはとてつもなく失礼な事ではあるのだが、悠人はあまりの迫力に「な、何だよ?」と返す事しか出来なかった。

 すると菜乃葉は顔を綻ばせながら嬉しそうに悠人へ近づいて来る。

「悠人くんって野沢中だったんだぁ〜!」

 その言葉に悠人は拍子抜けした。まだそんな事を気にしていたのかこの女は。心底呆れて「へーえ」と嬉しそうに呟く菜乃葉に苦い顔を向けてやる。呆れながら「おねーさん、そーゆう話好きだな…」と口に出すと「え?」と聞き返され面倒なので「いや…別に」とはぐらかした。この手の話題で無駄なやり取りはしたくなかった。

 すると菜乃葉は特に掘り返すこともせず悠人の方を見るとまたもや不思議な発言をしてくる。

「あたしもう悠人くん来ないかと思ってた」

 それはこちらの台詞なのだが、それを口には出さず悠人は菜乃葉に背を向け「毎日来るのはおねーさんくらいでしょ」と軽口を叩いた。これは嫌味ではなく菜乃葉への感謝の意味が無意識に込められていた。何故かは分からないが悠人は自分の口元が緩んでいる事に気付く。菜乃葉は面倒臭い女だと分かっているのだが、それでも彼女と会話をするのは不思議と嫌ではなかった。

「帰るの?」

 菜乃葉は門へと向かう悠人に問い掛けてくる。

「もう用は済んだから」

 実を言うともう少しいるのも悪くないと思っている自分がいた。しかし何だか自分の中で今の一連の出来事が充分すぎてすでに満足している自分もいたのだ。悠人はこんな気持ちは初めてで自分の感情に初めて色がついたような感覚になった。

 深い意味などはないのだが、何となくこの気持ちを生み出したのはこの菜乃葉という女子高校生なのだと思うと彼女へ何かしらの意思表示がしたいと思った。悠人は口角を上げるとにこっと笑みを浮かべ「じゃね、菜乃葉さん」と言葉を残して城を去った。菜乃葉の名前を呼んだのはこれが初めてだった。





 それ以降も悠人は三日に一度の頻度で庭へ足を運び菜乃葉と対面した。菜乃葉は必ず庭に訪れていて、きっと悠人が来ない日も欠かさず来ているのだろう。

 悠人は菜乃葉の庭への本気度を完全に認めていた。悠人は変わらず三日に一度の頻度で庭に通っていたが、いつからかその理由は菜乃葉が来なくなるのが怖いという理由ではなく、毎日通うのは恥ずかしいという理由に変わっていた。そう。菜乃葉に毎日庭に通うガチ勢の植物人間と思われるのが恥ずかしかったのだ。植物が好きな事は否定しないが、菜乃葉と同類に思われるのは癪だった。それを本人に言えば口論は避けられない為決して口には出さないが、そのため悠人は三日に一度の頻度を崩す事をしなかった。

 悠人はその内菜乃葉にこの城の話をするつもりでいる。それはこの庭を無条件で好いてくれている菜乃葉への最低限の礼儀だと思っているからなのだが、タイミングをいつにするかはまだ決めきれずにいた。焦らなくてもいいだろう。悠人はそう自身に言い聞かせた。


 菜乃葉との対面も何度か過ぎたとある日、菜乃葉の様子がいつもより可笑しかった。いつも可笑しいのだが、今日はいつにも増して表情筋はこれでもかと言うほどに緩み、頬は僅かに紅潮し誰がどう見ても阿呆な面をしている。悠人は率直な意見を菜乃葉へ投げる。

「どうしたの?今日のアンタきもいよ」

 そう言うと菜乃葉は先程の表情からは想像がつかない程一気に眉毛を吊り上げ「しっ失礼ね!」と抗議の声を上げてきた。言葉をつっかえてるあたり、心当たりはあるのだろう。

 しかしそのムッとした表情も一瞬で終わり、また阿呆な面に戻ると自身の両指を絡めながらまるで願い事でもするかのように天を見上げ「ま、お子様にはわかんないかな」と言葉を発した。フフ…という不気味な笑いと共に。悠人は子ども扱いされたことにムッとして思わず「ガキ扱いかよ」と言葉を荒げる。いつもならこのような挑発に乗る事はないのだが今回は別だった。

 菜乃葉と接しているといつもの自分と違うような気分になる。それが何故なのかは分からないが悠人は未知の感情と向き合う機会が増えた事に薄々気付きつつあった。

「あ、そうそうあたしね」

「明日から三日間来れなくなるから」

 菜乃葉は突然そんな事を言い出す。悠人は突然の発言に「え」と言葉を漏らすが瞬間頭の回転が働きとある行事が頭に浮かぶ。

「それって…」

 そう言いかけるも菜乃葉の「あ!! もう帰んなきゃ!」という大きな声でかき消されてしまう。菜乃葉はスマホを鞄にしまうと忙しなく悠人に背中を向け「そういう事だからじゃあね!」と言葉を残して勢いよく走り去っていった。悠人は呆気に取られながらも菜乃葉の背中を見て「まさかな…」と独りごちた。

 悠人の頭の中にはキャンプ合宿の文字が浮かんでいた。明日から二泊三日でキャンプ合宿なのである。菜乃葉が三日間来られないという事はこのキャンプ合宿に参加するからなのではないかというほぼ確信しつつある事実を悠人は認めたくなかった。菜乃葉に会うのはこの庭だけで充分だと思っているからだ。

―――――あんな面倒臭い女に庭以外で会いたくない。

 菜乃葉自体を嫌っているわけではなかったがやはり悠人にとって菜乃葉は庭に来てくれる植物好きの女子高校生にすぎないのだ。少なくとも今の悠人はそう思っている。

 悠人は菜乃葉がキャンプ合宿に参加するわけではない事を内心祈りながら帰路に着いた。





第一話『待ち望んだ希望』終



                 next→第二話



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