第5話 彼女の依頼で下着選び……?
優羽さんの部屋の扉が開いた瞬間、良い匂いがした。
なんとなく伏し目がちになりながらも部屋の中へ。
パッと見た限りだが、棚やテーブルなどの家具は黒を基調とした落ち着いた色合いの物が多いようだ。
昔はキャラクター物のシールがペタペタと貼ってあるような可愛らしい部屋だった気がするが、成長して趣味が変わったのだろう。
大人の女性が暮らす空間という感じが凄くて、緊張してしまう。
「なんだよ……ナオ。きょろきょろ……すんじゃ……ねーよ」
ワルミちゃんは窓際にあるベッドにもたれ掛かるようにして床に座った。
俺はどこに座るか少し迷ったが、カーペットの上で正座を選択。
ワルミちゃんとは小さな丸テーブルを挟んで反対側の位置になる。
ちなみにきょろきょろはしていない。
する余裕がない。
「あのさ、本当に大丈夫? 優羽さんの許可なしで勝手に入って」
「……だから優羽の部屋は私の部屋でも……あるんだって。気にする必要は……ねえよ」
そうは言ってもワルミちゃんはしれっとウソをつくことがあるので、慎重に対応しないといけない。
それはそれとして。
「なんで、途切れ途切れ話すの? もしかして具合が悪い?」
「うん? いや、なんていうか……まだ、馴染んでねえんだよ。久々に出てきたから」
「そうなんだ。どのくらいぶり?」
「3年くらい?」
「3年!? 3年も出てないの!?」
それは長い。
俺が引越してた期間と同じだ。
「なんでそんなに表に出なかったの? 自分の意思で出られるんだよね?」
「ああ、まあな。ただ、なんていうか……。ナオがいないのに出てくる意味ないよなって感じ?」
「う、うん、そっか」
なんか、普通に照れてしまった。
ワルミちゃんも恥ずかしそうに自分の頬を右手でこすっている。
「まあ、だから、ナオとまた会えたのは割と嬉しいっていうか、かなり嬉しいっていうか。うん……ホント嬉しいよ」
「俺もそうだよ。こっちに戻ってくるって聞いたとき、ワルミちゃんにまた会えるって一番最初に思ったからね」
「……この話はここでお終い! なんか、すごい照れるんだけど」
恥ずかしそうに俯いて目をパチパチさせる仕草が、とても可愛い。
一生見ていられるが本人が嫌がるのでは仕方がない。
別の話題を探そう。
「なんか、ワルミちゃんがそういう格好をしてるのって不思議な感じだね」
話題はすぐ見つかったが、言った後で失敗したと思った。
胸が強調された服が目に留まっただけで話の広げようが無い。
「ん? ま、まあそうかもな。なんていうか、清楚で大人っぽいだろ? ……優羽らしくて良いチョイスだよな」
「あー、うん、そう、だね」
なぜか自慢げなワルミちゃんを見て、言葉に詰まる。
彼女が着ている白いワンピース。
確かに大人っぽい服だが清楚かと言われると違うと思った。
「……おい、ナオ。言いたいことがあるんだったら、言えよ」
さすが、目ざとい。
「いや、特に無いけど」
「私に隠し事をしたって無駄なんだよ。どうせ、優羽に悪いから言えないとかそういうのだろうが、構やしねえよ。ほら、吐け、吐け」
ワルミちゃんはハイハイで移動して隣まで来ると、俺の肩に手を回して来た。
ワルミちゃんの顔が近い。
そしてなにより、胸が当たっている。
「いやあ、でも、優羽さんの悪口みたいになるから」
必死に目をそらしながら伝える。
「だから、気にする必要ねえって。あとで私が上手く伝えといてやるからさ、な!」
それでも言えないと拒否しようとしたが、ふと思った。
……考えてみれば身体を一緒に使う以上、ワルミちゃんにも言っておいたほうがいい気がする。
「えっと、今ワルミちゃんも着ているその服なんだけど」
「おう、なんだよ」
俺から離れ、胸を張るワルミちゃん。
やはり本人は気付いていないようだ。
「清楚っていうか、正直ちょっとエッチだと思う」
「……ハア!?」
ワルミちゃんは自分の服を慌てて眺めている。
「ど、どこが、その、エッチなんだよ。透けてる? 下着が透けてるの?」
「いや、そうじゃなくて、その体のラインが強調され過ぎるっていうか……」
「体の……?」
いまいちピンときていないようだ。
「だからその、胸とか、お尻とかが強調されてるなあって……」
俺がそう言うと、ワルミちゃんは余裕を取り戻したようで、ニヤニヤし始めた。
「なんだよ、そういう話か。それはナオが、その……エ、エロいからそう見えるだけだろ。服のせいにすんじゃねえよ」
「確かに、それはあるんだろうけど、でも……」
「……そんなに、アレかな?」
彼女はあまり納得していないようだ。
このままでは俺がエロいだけという結論で終わってしまう。
けれどこういうときに必死に主張してはいけない。
落ち着いて伝えよう。
「すごく似合ってはいるんだよ。ただ同時に結構アレかもって思う。エッチかもって。その、どうしても胸とか強調されてると視線がいっちゃうからさ。いやほんと俺は大好きなんだけどね、その服」
「そ、そっか……。じゃあ、部屋着にしようかな。外で着なければいいだろ?」
「いやあ、俺が決めることじゃないし」
「今さらなに言ってるんだか。ナオって意外と独占欲強いよな」
ワルミちゃんにだけは言われたくないと思ったが、否定できないことに気付いた。
結局俺は他人にこの姿のワルミちゃんを見られたくなかったのだろう。
「……確かにそうかも。うん、俺、ワルミちゃんに関して結構独占欲強いかも」
「ふふふ、ま、こういうのはお互いの相性だからな。私は独占欲が強いヤツ、好きだぜ」
……ワルミちゃんの今の発言。
実質、俺のことが好きって言ってない?
「……なんかこの会話、恋人っぽいよね」
どうにも、いい雰囲気な気がしたので探りを入れてみた。
まあワルミちゃんのことなので「バカじゃねえの」か「ハイハイ勝手に言ってろ」あたりの反応が返ってくるのだろうが。
「…………」
と思っていたのに、反応は無言だった。
しかしこれは良い無言のようだ。
頬をほんのり赤くして唇を尖らせたその顔を見ればよく分かる。
「確かにそう思うけど、恥ずかしいからわざわざ言うなよ」の無言だ。
ワルミちゃんの沈黙はしばらく続いたが、やがてなにかを追い払うかのように急に頭をブンブン振りだした。
そして俺の方を向く。
目は伏せているものの、口元が嬉しそうに緩んでいた。
「そ、そうだナオ、私の服選べよ」
「服?」
「ナオもさっき言ってただろ。こういう服を着てるのが不思議だって。この服は優羽の趣味であって私の趣味じゃないからな」
「じゃあ、好きな服を着たら?」
「……」
俺の指摘にワルミちゃんは黙ってしまった。
「俺、変なこと言った?」
「べ、別に変じゃねえけどよ。そうじゃなくって……」
ワルミちゃんはしばらく視線を彷徨わせていたが、ふふん、と言いたげな表情と共にこちらを見てきた。
「ナオに、私の着る服を選ばせてやる。久々に会っても私の事を覚えててくれたご褒美ってやつさ」
「でも俺、服選びのセンスに自信が無いしなあ」
「関係ねえよ。言ったろ? ご褒美だって。私に着て欲しいと思う服を選べばいいのさ。例えば、その……結構露出の激しいやつだって、まあ着てやってもいいぜ」
「えっ!?」
俺が選んだ露出の激しい服を着てくれる!?
どうもワルミちゃんは久々の再会でテンションが上がっているらしい。
そうでもなければ、こんな提案はしないだろう。
彼女は部屋の壁際にあるクローゼットまで進み、扉を開けた。
「ここから適当に選びな」
やはり、からかっている感じではない。
なら素直に従っておこう。
「えっと、じゃあ失礼します」
とりあえずクローゼットに近づいて中を眺める。
上部はハンガーラックになっていて、洋服が掛けられていた。
まだ肌寒いときもあるせいかコートばかりだ。
クローゼットの下部にはタンスとプラスチックの収納ケースが並べて置いてあった。
タンスは4段重ねで俺の腰くらいの高さがあったが横幅があまりないため、サイズ的には小さく感じる。
一方収納ケースの方は3段重ねで高さはタンスより少し低いが横幅も奥行きもあるためか大きい印象を受けた。
……いろいろな種類の服が入っていそうだ。
「おっと、悪いが訂正させてくれ。開けていいのはタンスの引き出しだけだ」
制限があるのか。
しかも収納ケースではなくタンスのみ。
まあ、見られたくない物もあるだろうし仕方がない。
せっかくのチャンスなのだから、機嫌を損ねないようにしよう。
言われた通りタンスの引き出しを開けることにした。
まずは一番上の引き出しっと。
「!?」
俺の目に飛び込んできたのは色とりどりの布。
……これは、まさか、下着……ではないだろうか。
じっと確認する。
うん、下着だ。
女性物の色鮮やかな下着たち。
露出が激しいのでもいい、というのはそういうことだったのか……。
いや、でも、本当に下着を着てくれるのか?
あの恥ずかしがり屋のワルミちゃんが?
思わずワルミちゃんを見た。
「ん、なんだよ、照れてんのか?」
「……」
いつのまにかワルミちゃんは真横にいた。
ニヤニヤと言ってくるワルミちゃんから目をそらさず思考を巡らす。
ワルミちゃんは照れ屋というか、天邪鬼なところがある。
「ホントに下着でもいいの?」などと聞けば、「やっぱダメ!」となる可能性は十分にあった。
それならば気が変わらないうちにさっさと決め、着替えてもらいたい。
お互い合意の上なのだ。
こんなチャンスが次にいつ来るか分からない。
彼女の下着姿を見たい。
いやほんとマジで、すごく見たい。
しかし……どれがいいだろう。
改めて引き出しにキレイに並べられた下着を眺める。
そもそも下着に手を伸ばすのに抵抗があった。
もちろんここにあるのは洗濯済みだろうが、そうではなく、俺が触れた瞬間穢れる気がするのだ。
存在価値がガクッと落ちる気がする。
悩んでいると引き出しの奥に白いポーチがあるのが見えた。
そのポーチは開いた状態で置いてあり、中に黒い下着が入っている。
他の下着とは明らかに扱いが違う。
そして普段から使っている感じではない。
――これは絶対エッチなやつだ!
俺の男としての本能が、全力でこの下着を推薦してくる。
うん、これにしよう。
「まったく、どんだけ悩むつもりだよ。ホント、ナオはエッチなところがあるよな」
「えっと、じゃあこれでお願いします」
ワルミちゃんに下着の入ったポーチを渡す。
「おう」
上機嫌のまま受け取ったワルミちゃんだったが、何を渡されたのか理解したようだ。
表情が一瞬で消えた。
「えっと……。これ、どこにあった?」
「タンスの一番上の引き出し。ワルミちゃんが言ってた通り、ちゃんとタンスから選んだよ」
なんとなく非難の気配を感じたので、言い訳っぽくなってしまった。
ワルミちゃんは再度クローゼットに目を向けたようたが、タンスの引き出しが開いているのを見て絶望的な表情を浮かべていた。
「なんでホントのタンス開けてんだよ! 私が言ったのはこっちのタンスだよ!」
彼女が指差した方を見る。
そこにあったのは……。
「これ収納ケースじゃん」
「私はタンスって呼んでんだよおおおおー!」
「いや他人には伝わらないよ、それ」
「ぐうう、ホントのタンスはダメってちゃんと言えば良かった!」
なるほど収納ケースを「タンス」と呼び、タンスは「ホントのタンス」と呼んでいたのか。
いや、やっぱり分かりにくいよ……。
それで伝わる人はいないって……。
ワルミちゃんは、頭を抱えてうずくまっている。
よほど恥ずかしかったのだろう。
と思うと急に顔を上げ、恨みがましい目でこちらを見てきた。
「そもそもなんで、ナオが選んだ下着を着ないといけないんだよ。そんなことするわけないじゃん」
「ええー、だって、露出が激しいのも着るって言ったし……」
「……言ったけど。それは、ミニスカートとか胸元の開いた服とかの話でさあ……」
「そもそも俺が『ホントのタンス』を開けたときに注意してくれれば良かったのに」
「……気付かなかったんだよ……」
いつの間にかワルミちゃんは体育座りになっていた。
「気付かないって、俺の真横で見てたじゃん」
「見てたけど……ナオの事しか見てなかったし」
ワルミちゃんはそう言ったあと、恥ずかしそうに顔を伏せた。
沈黙が流れる。
俺は静かにワルミちゃんのことを見ていた。
頬を赤く染めている、体育座りのワルミちゃんを。
誰だって、見惚れるだろう。
元気にはしゃいでいるワルミちゃんはかわいいが、黙って照れているワルミちゃんはもっとかわいいのだ。
……そういえば、俺はワルミちゃんに告白しようと思っていたのだった。
今この家には俺たち二人だけ。
ワルミちゃんの表情を見れば、彼女も俺のことを意識しているのが分かる。
これ以上のシチュエーションは今後ないかもしれない。
…………。
よし!
覚悟を決めた!
彼女に告白を――
「ね、ねえ、アレ、やりたい……」
告白をしようと勢い込んでいた俺だったが、ワルミちゃんの言葉で思考が止まった。
……アレ?
……アレってまさか……?
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