第28話 クズの暴走

 先輩から助けを求められて、訳も分からないまま指定された場所に走る。

 声が聞こえていたのか、涼華も心配だって言って付いてきてくれた。危ないかもしれないのに、感謝しかない。

 指定されたのは学校から出てすぐの路上だった。

 何か起きている、というのは先輩からの電話と、スマホを片手に集まっている野次馬たちの存在ですぐに分かった。


「ヤバいトラブルじゃん。その白田先輩って人大丈夫なの?」

「危ない人に毒でも吐いたのかな?」

「毒吐けるの!?」

「無意識の悪口だよ。先輩の悪い癖」


 時々いい癖で楽しいときもあるんだけど。

 と、スマホを持った女性――白田先輩が俺の姿を見て慌てて駆けてきた。


「結翔くん!」

「あ、先輩! 大丈夫ですか!?」

「私は大丈夫。それより、瀬利奈ちゃんが大変なの!」

「瀬利奈が?」

「あの子何したの?」


 涼華が怪訝そうな表情を浮かべた。

 とりあえず、大変ということで先輩に案内されて問題が起きている場所に向かう。

 すると、そこにいたのは――、


「お前のせいなんだからな! 責任取れよ!」

「知らない! 君と私はもうなんの関係もない! 顔も見たくないからさっさと消えてよ!」


 瀬利奈と、葛谷が何やら言い争いをしていた。

 いや、言い争いとかいう優しいものじゃないな。葛谷は瀬利奈の服を引っ張ってかなり乱暴な様子だ。


「またあいつか……学生課からこっぴどく怒られたのに反省してないんだ」


 頭を押さえて心底呆れている涼華がため息を吐く。


「先輩。何があったんですか?」

「瀬利奈ちゃんのお買い物に付き合ってたの。そしたら、いきなりあの人が現れて瀬利奈ちゃんを殴って……」


 そこまでやりやがったのかあいつ。どこまで落ちれば気が済むんだ。

 葛谷が瀬利奈に掴みかかっている姿を見て、そして思わず驚きに目を見開いた。

 瀬利奈の唇が切れて血が流れている。

 よほど強い力で殴られなきゃあんなことにはならないし、そんな蛮行をした葛谷は許せない。


「てめぇがあんな大勢がいる前で恥を掻かせたのが悪いだろうがッ! おかげであれ以来誰も俺に近付かなくなっちまっただろ! せっかく上手くやってたのによぉ!」

「化けの皮が剥がれて本性が現れただけじゃない! 自業自得よ!」

「んだとてめぇ! 調子に乗るなよ!」


 ゴッ、と鈍い音が聞こえ、野次馬から悲鳴が漏れた。

 また顔を殴られた瀬利奈が蹲る。鼻を押さえている指の隙間からはちょっとどころじゃない量の血が零れた。


「いった……」

「もうてめぇは結翔先輩と別れた時点で俺のものなんだよ。この際お前で我慢してやるからありがたく思え! 逃げられると思うなよ!」

「……なんでよ……どうしてこんなことになっちゃうの……」


 両手を地面について瀬利奈が泣き出してしまった。

 葛谷の行動にはさすがに堪忍袋の緒が切れる。歪んだ思いで俺だけじゃなく瀬利奈や大勢を巻き込んで迷惑をかけたあいつには痛い目見てもらわないといけない。

 葛谷がまた手を振り上げた。

 拳が瀬利奈に当たるよりも早くに間に入り、いなそうと手を突き出した。

 けど、微妙にタイミングがずれて胸の辺りに拳が突き刺さる。すっげぇダサいし恥ずかしいし痛いしで散々だけど、瀬利奈は守れたからよしと言い聞かせる。

 自分の恥がどうこう言ってる余裕はなく、すぐに葛谷の腕を掴みこれ以上暴れられないようにした。


「なッ!? 結翔先輩がなんでここに!」

「あ……結翔くん……」

「いい加減にしろよ葛谷。瀬利奈の言うとおり、全部お前の自業自得だろうが。逆恨みで暴力とか最低だろ」

「うるっせぇ! 気にいらねぇんだよそうやって何でも持ってる立場で見下しやがって!」

「はぁ? お前何言ってるんだ?」


 葛谷の言う意味が分からない。

 葛谷のことを見下していないし、何でも持っていると言うがこれでもまぁまぁ貧乏な学生。持ってないものの方が圧倒的に多い。

 首を捻っていたら、後ろで瀬利奈が白田先輩に支えられながら立ち上がっていた。

 鼻血をティッシュで拭きながら葛谷を睨み付ける。


「そいつ、岩城さんのことが好きみたい。それで、岩城さんと距離が近い結翔くんが許せなかったって」

「はぁ? なんだその意味の分からない理由」


 実は知らないうちに大変なことをしてしまっていたのかと申し訳ない気持ちが心の奥底にミクロサイズくらいはあったんだけど、それも綺麗さっぱり消え去った。

 つまりあれだ。葛谷は本当にただの一方的な逆恨みで俺と瀬利奈の間を引き裂いて、彼女を奪ったと優越感に浸っていたわけか。

 馬鹿馬鹿しい。それと同時にやっぱりこいつ許せねぇ。

 葛谷が力任せに俺の手を振り払う。

 と、ここで今までずっと後ろで話を聞いていた涼華が鼻で笑う。


「いや無理無理。私のことちっとも分かってないのに付き合うとかありえないわ」

「涼華?」

「は……岩城先輩、それどういう……」

「普通に考えて、こいつが彼女と別れたら私が励ましに行くに決まってるでしょ。私狙いと言いながら私のことちっとも分かってない目的がブレブレの手段を取るなんて――」


 微笑を浮かべ、吐き捨てるように息を吹く。


「浅知恵もいいところね」


 それを聞いた葛谷がこめかみに血管を浮き上がらせた。

 ポケットから折りたたみナイフを取り出し、刃を出すと涼華に向かって走り出す。

 野次馬たちが悲鳴を発して一斉に散らばった。白田先輩も瀬利奈も口元を覆って叫ぶ。

 涼華は、迫る葛谷とナイフの切っ先をただ静かに見つめていて――

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