番外編「きっとナルナルの実」

 時は平日の午前、プールの授業。

「よーし、そんじゃ、取り敢えず五十メーター計ってくぞー」

 ひょろい体育教師がメガホン越しに言う。すると皆は笑い混じりに少し喋る。点数ハードルを低くするためだとか、今日チョーシわりーだとか。

 だが、

「はい、おまえらー。ここに去年の記録書いてあるから、手を抜いてたらすぐ分かるからな。本気でやれよー」

 この言葉でざわめきが立つ。決意を固めた者半分、それでも手を抜こうとする者半分。

 ガリ細メガネ教師がストップウォッチを押すのと同時に泳ぎだす。一人一人と、並ぶ人数が少なくなっていく中、成木はゾーンに入っていた。平良は思う。これは三十四秒台が出るな、と。そしてついに成木の番が来た。成木はスタート台の縁を前屈みで握り、その時を待つ。

「よーい、どー」

 ブレスレスな合図で成木は瞬発的に体を流線型にする。それはまるで狡猾なシャチのようで、獰猛なサメのようで、静かな水面を突き刺すファーストペンギンのようで、それは確かに野生本能を思わせるような力強さがあり、確かに社会的生物の理性に基づく効率的な姿勢だった。さぁ今、氷面とおぼしき水平面に体を入れる! 見よ、これが世界の新概念だ! 平良も瞳孔をかっぴらく。

「これは行ける」

 只今入水!

「へあー」

 成木は完全脱力し、背中だけが水面上に浮かんだ。

 平良は叫ぶ。

「って、ゾーンじゃなくてゾオン系かーい!」

 そんな一時。






作者です。

本編完全版はまだ先になりそうなので繋ぎとして楽しんでいただければ。

阿呆な内容でしょう?

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