第4話 白猫セム
「ははは! それで不良に喧嘩を売り、あの体たらくとな」
「はぁ、まあ……」
そう言って見た目に似つかわしくない、きりりとした低音ボイスを発しながら、俺の部屋、俺のベッドで、ごろごろと背中から転がる真っ白な猫がそこには居た。
猫好きであればその無防備な腹に一撫で二撫でと、好奇心から手を差し伸ばすのだろうが……。
とりあえず、俺は不良にボコられ、路地に投げられ、そしてこの白猫と出会ってしまった。
普通の猫ならば黙って無視すれば良いものを、俺が出会ってしまったのは一丁前に人語を解する化け物だったので、そうも行かなくなった。偉そうながらもあーだこーだと喋る奴を雨の中放ってはおけないし、しかも聞けばそいつはトイレが必要だと言うので(その辺でしろという提案は聞き入れてくれなかった)、とりあえず家に連れて帰ったという行き掛かりだ。
連れ帰ってこうして落ち着くまでの間、生意気にくつろぐこの毛玉に俺のことを話していた。俺が何故路地で天を仰いでいたのか。何故不良と喧嘩をしたのか。何故友人との行き違いが起きたのか。話をごまかすのも面倒だからと、話すごとにさかのぼっていく追及に素直に答えて、今に至る訳だ。
「なんだ、そんなに私が不思議かね?」
怪訝そうに見つめる俺を笑うかのように、その口は少し大きく、しかし出る音は「にゃー」ではなくて、日本語だった。
当然だろ。普通、猫を含むあらゆる動物が人語を解するようなそぶりはあっても、実際に理解していることは無いし、それは反応の一つでしかない。ましてや人の言葉を話すなんて。はっきり言って異常だ。
「ははは! バカだなあ君は。私がこの口で喋っているように見えるかい? 期待するのも程々にしたまえ」
俺が今向けているのは期待ではなく、ただの疑念の眼差しなのだが……。だが確かに、先程から冷静に見ていればコイツが猫の口で喋っているようには見えない。なるほど、誰かが遠くで通話しているな?
「おいおい。いい加減現実を直視するんだ少年。あぁ、いや、むしろこれを見せることで直視せざるを得なくさせるべきか……」
違ったらしい。違う上に、何か馬鹿にされた気がする。
白猫はごろごろとしていたのを止めて、ゆっくり、しかし鈍重ではなくとても滑らかに、体を起こして俺を見つめた。
「お、お前……それ!」
そして俺に見せたのだ。ソレはとても見覚えがあるし、いつだって求めていたモノだ。常に俺達の冒険の目的であったし、しかし今では、最早恨めしくもある神秘の象徴。
まぁ、見覚えがあると言っても俺達の見てきたモノは偽物で、恐らく眼の前にあるモノは……。
「ふふん。天使の輪、だ。君が話してくれたヘイローがこれにあたるのかな?」
そう話す白猫の頭上に浮かぶのは、確かに小さな天使の輪。てっきり本物は光り輝いているものだと思ったが、俺が見ているのはただの真っ白な輪っかだった。一瞬は目を疑ったが、こんな猫がただのおもちゃを隠し持っていたとも、目に見えない糸でそれを吊るしているとも思えない。なので、ふわふわとこいつの動きに合わせて頭上に在り続けるソレは、恐らくは本物の天使の輪なのだろう。
「まぁつまりそういうことだから、私は人語を操ることができる。他にも天使の力というものがあるのだが」
「何者なんだ、お前は……」
ただの野良猫。いや白猫。いや天使猫? 途端に風格が変化したその存在に、俺は畏怖の念を込めて後ずさりした。
「自己紹介が遅れた。私の名前はセム。人間を監視する天使の軍団『グリゴリ』の一員であり、神の使いであり――」
「――そして君のペットだ」
そう言い終えた後、ごろごろ、と喉を鳴らしながら、そいつは円形の白毛玉になって寝てしまった。
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